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『道徳感情論』と保守主義

 

道徳感情はなぜ人を誤らせるのか ~冤罪、虐殺、正しい心

道徳感情はなぜ人を誤らせるのか ~冤罪、虐殺、正しい心

 

最初に述べたように、アダム・スミスの関心は、感情がもたらす人間社会の不思議な秩序にありました。多くの場合、<道徳感情>はうまく機能しているのです。ときに悲惨な結果を招くのは、どんな場面なのでしょうか。

スミスさんは生涯を掛けて『道徳感情論』を六回も書き替えています。まさに絶えず修正を加えていく<公平な観察者>の姿そのものです。そして、死の直前に出版した最後の版でフランス革命の情報を取り入れることにより、<システムの人>という概念を生み出し、理論は完全なものとなりました。

冤罪を生み出す誰かを罰したいという欲求が高まる残虐な犯罪発生と、革命を生み出す格差の拡大。人々の<道徳感情>を強く刺激されるときこそ、悲劇が生れることを喝破したのです。

<システムの人>という名称からも、<道徳感情>を強く刺激されると因果推察の錯誤が起き、幾何学的な美しい物語に人々は取り憑かれて世界を大混乱に陥らせてしまうことをアダム・スミスは洞察していたと思われます。これは最先端の進化心理学をも超越した思想です。

道徳感情論』というのは、<共感>や<道徳感情>の大切さを説いた本ではありません。<共感>や<道徳感情>によって引き起こされる惨劇と、その克服法を説いた本なのです。つまりそれは、<道徳感情>のさらなる進化を説いた本でもあります。

ちなみに、スミスが『道徳感情論』を執筆したころのイギリス思想界では、人間には共感能力があるという話が流行ってまして、そのこと自体はべつに目新しい考えではありませんでした。<共感>があることは前提で、尋常ならざる洞察力により、それだけでは済まない人間の根源を抉り出していたのでした。

道徳感情論』と保守主義
アダム・スミスの友人で、『道徳感情論』に強い影響を受けたエドマンド・バークは、<保守主義>という思想を生み出しました。バークもまた、フランス革命を非難して徐々に完全を目指すことこそが重要だと説いたのです。

ふたりが警告を発したのは、まだルイ16世マリー・アントワネットが処刑されるずっと前、フランス革命最初期の段階でした。多少の混乱はあったけれど、民主化してうまく収まるだろうと見られていた時期なのです。

バークが危険視したのは、頭のいい啓蒙主義者たちが現実を無視して幾何学的に線を引いた行政区分や、再編成した統治機構など、無理のある机上の計画でした。そして、ふたりの危惧通りに、そこからフランス革命は急速に過激化して誰にも制御できない大混乱を引き起こしてしまったのです。

バークは、強権で国民を抑えつけようとするイギリス国王やその配下の大政党政権と闘っていた万年野党の立場でした。国王に敵対して革命を起したフランスの啓蒙主義者たちと、立ち位置は同じだったとも云えます。

バークを自分たちの同士だと思っていたイギリスの自由主義者たちも、フランス革命には大いなる期待を抱いていたのですから、彼の反応は多くの人にとって意外なものでした。

しかし、その方法論は決定的に違っていたのです。頭の中で考えた正しい完成図に無理やり合わせるのか。それとも、目の前の問題をひとつひとつ解決することにより正しい形が徐々に見えてきて近づいていくのか。

方法論の違いによって、最終的に到達する正さそのものがまったく違ってくるのです。何かを目指して進化するわけではなく、環境に合わせて徐々に変化する自然淘汰が、結果的にうまく行くのと同じやり方です。 

フランス革命の省察

フランス革命の省察

 

保守主義の消滅が引き起こした大混乱
ですから、左翼だけではなく右翼でも、唯一正しい目標を最初から掲げているのは、バークの云う<保守主義>ではありません。

たとえば、現代の日本で<保守主義>を自称する人のなかには、戦前に戻ることを理想とする者がいます。それ自体はべつにいいのですが、問題は彼らの語る戦前が現実の戦前とまったく関係ないことだったりします。

戦前は政官財や軍の腐敗が糾弾されていただけではなく、一般大衆の道徳退廃も嘆かれていて、昭和維新運動の目標のひとつは道徳を正すための教育改革でした。私の著作『戦前の少年犯罪』を読んでいただければ、どれほどひどい状況だったかはすぐに判るでしょう。最近はどこの図書館でも戦前戦中の新聞が簡単に閲覧できるようになっていますから、数ヵ月でもまとめて読めばより深く理解できます。

戦前を理想と語る自称保守主義者たちは、戦前の新聞さえまったく読んでいません。こんなことまでは知らなかったとしても、さすがに大恐慌から来た格差拡大を背景に大臣や軍幹部、財界トップが何人も暗殺されていたことくらいは知られているかと思います。

しかし、現代の大臣や財界トップのなかには戦前回帰を唱えたりする人がいたりするのです。自分が道徳に反する国賊だとして天誅を加えられるような時代が理想なんでしょうか。

これはたんなる無知ではなく、頭の中だけで現実とは関係ない幾何学的な美しい図を描いて目標としているわけです。つまり、これらの人々は<保守主義>ではなく<システムの人>であり、その思想でフランス革命を引き起こした啓蒙主義者たちと同じ革命家なのです。

米国でも<保守主義>を自称する人々は、ベトナム戦争で疲弊する1970年以前の偉大なるアメリカ復活を唱えています。しかし、彼らの語る古き良き時代は、現実の1950年代60年代とは懸け離れているとたびたび指摘されているところです。

当時の米国は、経営者と平社員の給与格差が20倍でした。現代は300倍で、10倍以上に膨れあがっています。さらに当時は、金持ちの最高税率がなんと91%で、法人税も現在の何倍も高かったのです。その財源で教育などのインフラも整っていて、いまと比べると貧富の差がほとんどありませんでした。

その時代に戻りたいのなら、まさしくアメリカを偉大な国家たらしめていたその源泉を、まず真っ先に取り戻すべきでしょう。

それなのに、彼らは金持ちや企業の減税を推し進めて、いまよりもさらに格差を拡大することを目標としています。つまり、これらの人々も<保守主義>ではなく<システムの人>であり、革命家なのです。

ヨーロッパでも中東でも南米でも、世界中のすべてで、バークの唱える本来の<保守主義>が消滅してしまったことが、現代の激動の原因ではあります。格差が開いて不平等感に<道徳感情>が強く刺激され、改革を求める<システムの人>ばかりになってしまいました。

過激な右翼や左翼の台頭、ブレグジットトランプ大統領の出現など、すべては急進的な改革を望む人々の心が生み出した現象です。

これを放置すれば必ずや破綻し、フランス革命と同じ惨劇が起ることになるでしょう。<システムの人>は<共感>を失ってサイコパス化するので、理想のためにはどんな残虐なことでもやってしまえるようになるからです。

やっかいなことに、現代では貧民だけが<システムの人>になっているわけではないのです。何故か金持ちも、自分たちは搾取されていると思い込んで、不平等感から<道徳感情>が強く刺激され、<システムの人>になって改革を推し進めようとしています。

もっとも、パンが買えない貧民が暴れただけではなく、金持ちも増税による不平等感から<システムの人>になって、結果的にブルジョワ革命となってしまったフランス革命と同じ事態が進行しているだけなのかもしれませんが。

「若者が爆発的に増えると、なぜ国や社会は「甚大な危機」に陥るのか」で見たように、むしろ高学歴の者が不平等感から<システムの人>になったりします。不平等感とは絶対基準の貧困や底辺ではなく、自己評価とのギャップから生れるものなのです。

イスラムのテロリストや欧米の暴力的な右翼が、かならずしも貧困層ではないことから、格差拡大が原因ではないと云う人もいます。それは進化の過程で刻み込まれた人間の本質である<道徳感情>や、そこから生れる因果推察の間違いとはなんであるかが判っていないだけなのです。

アダム・スミスエドマンド・バークの思想は、本当はどういうものだったのか。いま改めて、真実を知る必要がここにあります。<道徳感情>理論が充分理解されていないために、彼らの思想はゆがんだおかしなイメージで語られています。そのために、現在、目の前で起きている現象さえ正しく見ることができなくなっているのです。

200年以上も前の著作に頼らざる得ないとは、人間の進化とはいったいどういうことになっておるのかと嘆かれる諸姉諸兄もおられるでしょうか。しかしながら、2500年前にブッダが説いていた最終回答を知れば、そんな繊細なる感傷も吹っ飛ぶでありましょう。

次回は、2500年ものあいだ、人類の誰ひとりとして気づくことのなかったブッダの真の教えについて説き明かすことになります。それは、民主主義なぞという非効率極まりない仕組みがなぜうまく機能するかという驚愕の秘密を、歴史上初めて開示することでもあるのです。

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