1229夜:勤行要典の解説 寿量品第十六
【真読】
妙法蓮華経如来寿量品第十六
爾時仏告。諸菩薩。及一切大衆。諸善男子。汝等当信解。如来誠諦之語。復告大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。又復告諸大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。是時菩薩大衆。弥勒為首。合掌白仏言。世尊。唯願説之。我等当信受仏語。如是三白已。復言。唯願説之。我等当信受仏語。
【訓読】
爾の時に仏、諸の菩薩、及び一切の大衆に告げたまわく、諸の①善男子、汝等当に、如来の②誠諦の語を信解すべし。復大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。又復、諸の大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。是の時に③菩薩大衆、④弥勒を首と為して、合掌して仏に白して言さく、世尊、唯願わくは之を説きたまえ。我等当に仏の語を信受したてまつるべし。是の如く三たび白し已って、復言さく、唯願わくは之を説きたまえ。我等当に仏の語を信受したてまつるべし。
【通釈】
その時に、仏は、多くの菩薩をはじめ、一切の聴衆にお告になった。「すべての清浄なる者よ、汝らは、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」また重ねて、聴衆にお告になった。「汝らよ、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」。また、さらに重ねて、すべての聴衆にお告になった。
「汝らよ、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」。この時、会座にあった菩薩等のすべての聴衆は、弥勒を代表して、合掌して仏に申し上げた。「世尊よ、ひたすらお願いします、このことを説いてください。私たちは、まさに仏のお言葉を、必ず信じて受け持ちます」。こうして三たび申し上げ終わって、また重ねて申し上げた。「このことを説いてください。私たちは、まさに仏のお言葉を、必ず信じて受け持ちます」。
【語句解釈】
①善男子…仏法に帰依した在家・出家の男子のこと。
②誠諦…誤りのない絶対の真実。真理。
③菩薩…十界中、仏に次ぐ境界。大乗仏教で自利・利他を行ずる修行者。無上菩提を求める人。
④弥勒…弥勒菩薩のこと。阿逸多ともいう。南インドのバラモンの家に生まれ、釈尊の弟子となった。その後八万歳、釈尊滅後五十六億七千万歳の後、再び世に下生して竜華樹の下で成道し、釈尊の説法に漏れた衆生を再度するとされる。このように来世で釈尊の処(位)を補って仏の後を継ぐので一生補処の菩薩とも、弥勒仏とも称される。
【真読】
爾時世尊。知諸菩薩。三請不止。而告之言。汝等諦聴。如来秘密。神通之力。一切世間。天人。及阿修羅。皆謂今釈迦牟尼仏。出釈氏宮。去伽耶城不遠。坐於道場。得阿耨多羅三藐三菩提。然善男子。我実成仏已来。無量無辺。百千万億。那由他劫。
【訓読】
爾の時に世尊、諸の菩薩の、三たび請じて止まざることを知ろしめして、之に告げて言わく、汝等諦かに聴け、①如来の秘密神通の力を。一切世間の②天、人、及び阿修羅、皆今の③釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて、④伽耶城をさること遠からず、⑤道場に坐して、⑥阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり。然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億⑦那由他劫なり。
【通釈】
その時に、世尊はすべての菩薩が三度まで願っても止まないことを知って、彼らに告げて言われた。「汝らよ、はっきりとよく聞きなさい、如来のみが知っていまだかつて説かなかった神通の力を。すべての世間における天界・人界、そして阿修羅界の三善道の者たちは、皆、今の釈迦牟尼仏は、釈迦族の宮殿から出家し、伽耶城から去ることほど遠くない道場に坐して、無上の完全な悟りを開かれたと思っている。しかしながら、清浄なる者たちよ、私は成仏してからこれまで、実に無量無辺百千万億那由他劫もの限りない時が過ぎているのである。
【語句解釈】
①如来の秘密神通の力…仏のみが有する秘密の力。天台大師の『法華文句』には一身即三身を秘、三身即一身を、密、またいまだかつて説かなかったことを秘とし、ただ仏のみ知ることを密という。そして三身を本体、神通之力を三身の力有と説いている。日蓮大聖人は『御義口伝』において、これを無作三身の依文とされている。
②天人及び阿修羅…十界の中の天上界と人間界と阿修羅界の三界のこと。三悪道に対して三善道という。ここでは弥勒等の迹化の菩薩も仏の本寿命を知らないので、この中に包括される。
③菩薩…十界中、仏に次ぐ境界。大乗仏教で自利・利他を行ずる修行者。無上菩提を求める人。
④釈迦牟尼仏…釈尊のこと。釈迦牟尼とは釈迦種族のなかの聖者との意。
⑤伽耶城…中インドの摩訶提国にある、釈尊成道の地の近くの金剛座を指す。
⑥阿耨多羅三藐三菩提…無上正遍知・無上正等覚などと約す。仏の無上絶対なる円満の悟りの意。
⑦那由他劫…那由他とは一般的に千億の単位、劫とは非常に長い時間の意。
【真読】
譬如五百千万億。那由他。阿僧祇。三千大千世界。仮使有人。抹為微塵。過於東方。五百千万億。那由他。阿僧祇国。乃下一塵。如是東行。尽是微塵。諸善男子。意於云何。是諸世界。可得思惟校計。知其数不。弥勒菩薩等。倶白仏言。世尊。是諸世界。無量無辺。非算数所知。亦非心力所及。一切声聞。辟支仏。以無漏智。不能思惟。知其限数。我等住。阿惟越致地。於是事中。亦所不達。世尊。如是諸世界。無量無辺。
【訓読】
譬えば五百千万億那由他①阿僧祇の②三千大千世間を、仮使人有って、抹して微塵と為して、東方百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽さんが如き、諸の善男子、意に於て云何。是の諸の世界は、④思惟し校計して、其の数を知ることを得べしや不や。弥勒菩薩等、倶に仏に白して言さく、世尊、是の諸の世界は、無量無辺にして、算数の知る所に非ず、亦心力の及ぶ所に非ず。一切の声聞、辟支仏、無漏智を以ても、思惟して其の限数を知ること能わじ、我等、⑦阿惟越致地に住すれども、是の事の中に於ては、亦達せざる所なり。世尊、是の如き諸の世界無量無辺なり。
【通釈】
譬えをもっていえば、五百千万億那那由他阿僧祇もの三千大千世間を、仮りに人が粉々にすりつぶして微塵にし、東方へ向かって五百千万億那那由他阿僧祇の国(三千大世界)を通過して、その一粒の微塵を下す。こうして、さらに東へと進み、これらの微塵をすべて下し尽くしたとしよう。清浄なるの者たちよ、汝らは、こうして微塵を下したすべての世界を、心の中で思いをめぐらし、計量して、その数を知ることができるであろうか、できないであろうか」。弥勒菩薩たちは、共に声をそろえて仏に申し上げた。「世尊よ、このすべての世界は無量無辺であって、計算して知られるところではなく、また私たちの心の用きが及ぶところでもありません。一切の声聞や辟支仏の、煩悩を離れた聖なる智慧をもって思いのめぐらしても、その数の限りを知り尽くすことはできません。私たちのように、仏道における不退転の位に到った菩薩でも、この実際の数量については、なお思い達することができないところです。世尊、これらのあらゆる世界は、まさに無量であり無辺です」。
【語句解釈】
①阿僧祇…無数・無尽数と訳と約す。一説には千億の千倍の千倍(那由他の千倍)とされる。
②三千大千世界…三千世界とも、三千界とも、大千世界ともいう。須弥山を中心とした四州・九山八海を一小世界とし、それを千倍したものを小千世界といい、さらに千倍したものを中千世界、またさらに千倍したものを大千世界という。三たび千倍するので三千大千世界という。この全世界を一仏の教化範囲とする。
③微塵…極めてこまかい塵のこと。
④思惟…考えめぐらすこと。思いはからうこと。
⑤校計…くらべ計ること。計量すること。
⑥無漏智…煩悩を断じて証果を得た清浄の智慧。
⑦阿由越致…阿毘跋致ともいう。不退転の意。菩薩の位。
【真読】
爾時仏告。大菩薩衆。諸善男子。今当分明。宣語汝等。是諸世界。若著微塵。及不著者。尽以為塵。一塵一劫。我成仏已来。復過於此。百千万億。那由他。阿僧祇劫。自従是来。我常在此。娑婆世界。説法教化。亦於余処。百千万億。那由他阿僧祇国。導利衆生。諸善男子。於是中間。我説燃燈仏等。又復言其。入於涅槃。如是皆以。方便分別。諸善男子。若有衆生。来至我所。我以仏眼。観其信等。諸根利鈍。随所応度。処処自説。名字不同。年紀大小。亦復現言。当入涅槃。又以種種方便。説微妙法。能令衆生。発歓喜心。
【訓読】
爾の時に仏、大菩薩衆に告げたまわく、諸の善男子、今当に分明に、汝等に①宣語すべし。是の諸の世界の、若しは微塵を著き、及び著かざる者を、尽く以て塵と為して、一塵を②一劫とせん。我成仏してより已来、復此に過ぎたること、百千万億那由他阿僧祇劫なり。是より来、我常に此の③娑婆世界に在って、説法教化す。亦余処の百千万億那由他阿僧祇の国に於ても、衆生を導利す。諸の善男子、是の中間に於て、我④燃燈仏等と説き、又復、其れ⑤涅槃に入ると言いき。是の如きは皆、方便を以て分別せしりなり。諸の善男子、若し衆生有って、我が所に来至するには、我仏眼を以て、其の信等の諸根の利鈍を観じて、応に度すべき所に随って、処処に自ら名字の不同、年紀の大小を説き、亦復、現じて当に涅槃に入るべしと言い、又種種の方便を以て、⑥微妙の法を説き、能く衆生をして歓喜の心を発さしめき。
【通釈】
その時に仏は、大菩薩たちに告げられた。「すべての清浄なる者たちよ、今、汝らに、まさにあきらかに宣告しよう。すべし。こうしたあらゆる世界のうち、もしくは微塵を下した国も、下さなかった国も、それら一切を合わせて再びすりつぶして微塵にし、そして一粒の塵ごとに一劫ずつの時を充てることとしよう。私が成仏してからこれまで、この微塵の数に過ぎること、また百千万億那由他阿僧祇劫にもなる。それ以来、私は、常にこの娑婆世界にあって説法し、教化してきた。またそれ以外の百千万億那由他阿僧祇の国(三千大世界)においても、衆生を導き、利益を施してきた。多くの清浄なる者たちよ、その中間にあって、私は燃燈仏等のことを説いたり、また重ねてそれらの、仏が涅槃に入られたことを説いてきた。このようなことは、皆、真実へ導き入れるための方便として用いた計らいだったのである。あらゆる清浄なる者たちよ、もし衆生いて、私のもとに来る者には、私は、仏眼をもって、仏道に対するその信・精進・念・定・慧の五根の利根・鈍根の格差を察知し、まさに救済すべき相手に従って、それぞれの場所において、自ら異なった名前の仏として出現したり、その寿命の長短を説いたり、さらにまた、
まさに涅槃に入るべきことを示したり、また様々な方便を用いて、はるかに奥深い法を説き、衆生に対して、よく歓喜する心を発させてきたのである。
【語句解釈】
①宣語…広く告げ知らせること。宣告と同意。
②一劫…長時と訳す。人寿八万四千歳から百歳ごとに一歳を減じて人寿十歳に至り、さらにその十歳より百年ごとに一歳を増して人寿八万四千歳に至る。この一歳一増を繰り返す間を一小劫という。二十小劫を一中劫とし、四中劫を一大劫とする。
③娑婆世界…釈尊の教化する国土。娑婆は梵語で忍土・忍界と訳す。苦しみが多く、忍耐すべき世界の意。人間が現実に住む苦悩の充満する世界。
④燃燈仏…定光仏(錠光仏)のこと。定光菩薩ともいう。日月燈明仏の八王子の一人。釈尊が過去世に儒童菩薩として因位の修行中、この仏から未来成仏の記別を与えられた。
⑤涅槃…仏または聖者の死。入寂、入滅、滅度、寂滅ともいう。
⑥微妙…深遠ですぐれたさま。
【真読】
諸善男子。如来見諸衆生。楽於小法。徳薄垢重者。為是人説。我少出家。得阿耨多羅三藐三菩提。我実成仏已来。久遠若斯。但以方便。教化衆生。令入仏道。作如是説。諸善男子。如来所演経典。皆為度脱衆生。或説己身。或説他身。或示己身。或示他身。或示己事。或示他事。諸所言説。皆実不虚。所以者何。如来如実知見。三界之相。無有生死。若退若出。亦無在世。及滅度者。非実非虚。非如非異。不如三界。見於三界。如斯之事。如来明見。無有錯謬。
【訓読】
諸の善男子、如来諸の衆生の、①小法を楽える②徳薄垢重の者を見ては、是の人の為に、我少くして出家し、阿耨多羅三藐三菩提を得たりと説く。然るに我、実に成仏してより已来、久遠なること斯の若し、但方便を以て、衆生を教化し、仏道に入らしめんとして、是の如き説を作す。諸の善男子、如来の演ぶる所の経典は、皆、衆生を度せんが為なり。或は己身を説き、或は他身を説き、或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す。諸の言説する所は、皆実にして虚しからず。所以は何ん。如来は如実にし③三界の相を知見す。生死の、若しは退、若しは出有ること無く、亦在世、及び滅度の者も無し。実に非ず、虚に非ず、如に非ず、異に非ず、三界の三界を見るが如くならず。斯の如きの事、如来明らかに見て、④錯謬有ること無し。
【通釈】
すべての清浄なる者たちよ、如来は、様々な衆生のうち、低下の教法求めるような、福徳の薄い、煩悩の垢が積もり重なった者を見ると、この人たちのために、『私は、今世で若くして出家し、無上の完全な悟りを得た』と説くのである。しかしながら、私が成仏してよりこれまで、実に久遠の時を経ていることは、既に説いたとおりである。ただ巧みな方便をもって衆生を教化し、真実の仏道に導き入れるために、こうした説をなしてきたのである。すべての清浄なる者たちよ、如来が演べるところの経典は、すべて衆生を救済し、解脱させるためのものである。仏は、あるときは自己の仏身(法身)について説き、あるときは他の仏身(応身)のについて説き、あるときは自己の仏身を示現し、あるときは他の仏身を示現し、あるときは自身のことがらを示し、あるときは他のことがらを示す。様々な言辞をもって説くところは、すべて真実であって、そこに虚言はない。その理由はどういうことか。如来は、その智慧によって、ありのままに欲界・色界・無色界の三界の相を見知することができるということである。したがって、生死において、三界より退いたり現れたりすることがあるのでもない。また三界の世にある者とか、解脱して滅度した者ということもない。真実だということでもなく、虚妄だということでもない。そのままのあり方ということげもなく、異なった別なあり方ということでもない。つまり、三界の衆生が三界を見るようなあり方ではないのである。このような三界の相を、如来は明らかに見て、錯誤することはない。
【語句解釈】
①小法…爾前迹門以下の低下の教法のこと。天台大師の『法華文句』巻九下には「小法を楽える」の「小」について「小乗の人に非ざるなり。乃ち是れ近説を楽う者を小と為すのみ」(文句会本下294頁)とある。すなわち、寿量品の久成の説に迷う者を「小法を楽う者」という。
②徳薄垢重…福徳が薄く、煩悩の垢が積もり重なっていること。
③三界…欲界・色界・無色界のこと。地獄界から天上界までの六道の衆生が、輪廻し流転する迷いの境界を三つに分類したもの。
④錯謬…まちがうこと。錯誤。
【真読】
以諸衆生。有種種性。種種欲。種種行。種種憶想。分別故。欲令生諸善根。以若干因縁。譬喩言辞。種種説法。所作仏事。未曾暫廃。如是我成仏已来。甚大久遠。寿命無量。阿僧祇劫。常住不滅。諸善男子。我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数。然今非実滅度。而便唱言。当取滅度。如来以是方便。教化衆生。所以者何。若仏久住於世薄徳之人。不種善根。貧窮下賎。貪著五欲。入於憶想。妄見網中。
【訓読】
諸の衆生、種種の性、種種の欲、種種の行、種種の憶想、分別有るを以ての故に、諸の善根を生ぜしめんと欲して、若干の因縁、譬喩、言辞を以て、種種に法を説く。所作の仏事未だ曽て暫くも廃せず。是の如く、我成仏してより已来、大いに久遠なり。寿命無量。阿僧祇劫なり。常住して滅せず。諸の善男子、我本菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。復上の数に倍せり。然るに今、実の滅度に非ざれども、而も便ち唱えて、当に滅度を取るべしと言う。如来、是の方便を以て、衆生を教化す。所以は何ん。若し仏、久しく世に住せば、薄徳の人は、善根を種えず。貧窮下賎にして、五欲に貪著し、憶想妄見の網の中に入りなん。
【通釈】
多くの衆生には、様々な性分があり、様々な欲望、様々な行為、様々な憶測などに、相異分別があるために、如来はあらゆる善根(徳本、善業を積むこと)を生じさせようとして、多くの因縁や譬喩、言辞を用いて、種種に法を説くのである。こうして仏としてなすべき行為は、いまだかつて少しの間も止めたことはない。このように、私が成仏してよりこれまで、実に大きな久遠という時が経っている。その寿命無量阿僧祇劫であり、常に住して滅することはないのである。すべての善良なる者たちよ、久遠の大本において、菩薩の道法を修行して成就したところの寿命は、今なおいまだ尽きることはない。それどころか、上に挙げた年次の数に倍するほどである。ところが、今、真実の滅度ではないにもかかわらず、はっきりと私は『まさに滅度を現ずるであろう』と宣言するのである。如来は、こうした方便を用いて衆生を教化するが、その理由はどういうことであろうか。もし仏が入滅することなく、久しく世に在住したならば、 福徳の薄い人は、 かえって善根を植えようとはしないであろう。貧に窮して賎しくなり、本能的な五欲を飽くことなく貪って、妄想や邪見の網の中に入り込み、もがき苦しむこととなる。
【語句解釈】
①我本菩薩の道を行じて~上の数に倍せり…釈迦が久遠において仏果を成就するために、その原因となる菩薩道を行じたことを明かす文。天台大師はこの文を本因妙の文としている。
②貧窮…貧しくて生活に窮すること。貧困。貧苦。
③下賎…品性が卑しいこと。身分の低いこと。
④五欲…色欲・声欲・香欲・味欲・触欲の五つ。五根(眼・耳・鼻・舌・身)が五境(色・声・香・味・触)を対境として起こす欲望のこと。
【真読】
若見如来。常在不滅。便起憍恣。而懐厭怠。不能生於。難遭之想。恭敬之心。是故如来。以方便説。比丘当知。諸仏出世。難可値遇。所以者何。諸薄徳人。過無量。百千万億劫。或有見仏。或有見者。以此事故。我作是言。諸比丘。如来難可得見。斯衆生等。聞如是語。必当生於。難遭之想。心懐恋慕。渇仰於仏。便種善根。是故如来。雖不実滅。而言滅度。又善男子。諸仏如来。法皆如是。為度衆生。皆実不虚。
【訓読】
若し如来、常に在って滅せずと見ば、便ち①憍恣を起こして、②厭怠を懐き。③難遭の想、④恭敬の心を生ずること能わじ。是の故に如来、方便を以て説く。比丘当に知るべし。諸仏の出世には値遇すべきこと難し。所以は何ん。諸の薄徳の人は。無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見る有り、或は見ざる者あり。此の事を以ての故に、我是の言を作す。諸の比丘、如来は見ること得べきこと難し。斯の衆生等、是の如き語を聞いては、必ず当に難遭の想を生じ、心に恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種ゆべし。是の故に如来、実に滅せずと雖も、而も滅度すと言う。又善男子、諸仏如来は、法、皆是の如し。衆生を度せんが為なれば、皆実にして虚しからず。
【通釈】
こうした人は、もし如来が、常に世にあって入滅しないものだと思ったならば、ほしいままに驕(おご)り高ぶる思い必ず起こし、仏道に飽きて怠ける心を懐き、仏には値い難いという想いや、仏を恭(うやうやし)く敬う心を起こすことはできないであろう。このために、如来は、方便を用いて『修行者よ、よく知るべきである。諸仏が世に出現することに出値うのは、実に難しいことである』と説く。それは何故で多くの善根を積まない徳の薄い者にとっては、無量百千万億劫を経て、ようやく仏に値える者もあろうが、また値うことができない者もある。こうしたことがあるために、私は『多くの修行者たちよ、如来に値うことは、実に得難いことである』と語るのである。この衆生たちは、こうした言葉を聞いて、必ずや『本当に仏には値い難い』との想いを生じ、心から仏を慕う思いを懐き、熱く求めて仰ぎ敬い、そして善根を種えていくである。このため、如来は、真実には滅することがなくても『滅度する』と語るのである。また清浄なる者たちよ、あらゆる仏・如来は、皆、同様の法を用いて教化することを知るべきである。それは衆生を解脱させるためであり、すべてが真実であって虚偽ではない。
【語句解釈】
①憍恣…心がおごって気ままなこと。
②厭怠…厭は飽きること。怠はおこたり、なまけること。
③難遭…仏に遭いがたいこと。
④恭敬…仏・菩薩の振る舞いやその教法を慎み敬うこと。『大智度論』や『法華義疏』には、謙遜し畏れはばかることを恭といい、諸仏の智徳を思いやることを敬というとある。
⑤恋慕…仏を恋い慕うこと。
⑥渇仰…仏の徳を仰ぎ慕うことを、のどの渇いた者が水を求めることに譬えたもの。
【真読】
譬如良医。智慧聡達。明練方薬。善治衆病。其人多諸子息。若十二十。乃至百数。以有事縁。遠至余国。諸子於後。飲他毒薬。薬発悶乱。宛転于地。是時其父。還来帰家。諸子飲毒。或失本心。或不失者。遥見其父。皆大歓喜。拝跪問訊。善安穏帰。我等愚痴。誤服毒薬。願見救療。更賜寿命。我等愚痴
【訓読】
喩えば良医の智慧①聡達にして、明らかに②方薬に練し、善く衆病を治するが如し。其人諸の子息多し、若しは十、二十、乃至百数なり。事の縁有るを以て、遠く余国に至りぬ。諸の子後に、他の毒薬を飲む。薬発し悶乱して、地に③宛転す。是時に其の父、還り来って家に帰りぬ。諸の子毒を飲んで、或は本心を失える、或は失わざる者あり。遥かに其の父を見て、皆大いに歓喜し、④拝跪して⑤問訊すらく、善く安穏に帰りたまえり。我等⑥愚痴にして、誤って毒薬を服せり。願わくは救療せられて、更に寿命を賜え。
【通釈】
譬えをもっていえば、ある良医がいて、智慧が賢く、聡明で物事の道理に通達し、薬の処方に熟練して、よく一切の病気を療治するのと同様である。その良医には子供が多く、十人、二十人、ないし百人もいたとしよう。あるとき、良医は、所用があって、遠く他国へと出かけた。すべての子供たちは、父が出かけた後、誤ってほかの毒薬を飲んでしまった。 薬が効いてくると、 子供たちは悶えて脳乱し、地にのたうち回って苦しんだ。この時に、父の良医が他国より戻り、家に帰ってきたのである。多くの子供のなかには、毒を飲んで既に本心を失った者や、失わない者がいた。皆、遙かにその父を大いに歓喜し、ひざまずいて父を拝して『父よ、よく無事・安穏にお帰りになりました。私たちは愚かにも、誤って毒薬を飲んでしまいました。お願いですから、治療して命を救い、更なる寿命を与えてください』とこいねがったのである。
【語句解釈】
①聡達…さとくて事理に通ずること。賢くて明達なこと。
②方薬…薬の処方。
③宛転…曲がりくねって、のたうち回ること。宛は宛曲、
宛屈の意。転は展転の意。
④拝跪…ひざまずいて拝むこと。かしこまること。
⑤問訊…問いたずねること。
⑥愚癡…貪瞋癡の三毒の一つ。仏法の道理にくらく、理非に迷う愚かなさま。
【真読】
父見子等。苦悩如是。依諸経方。求好薬草。色香美味。皆悉具足。擣簁和合。与子令服。而作是言。此大良薬。色香美味。皆悉具足。如等可服。速除苦悩。無復衆患。其諸子中。不失心者。見此良薬。色香具好。即便服之。病尽除愈。余失心者。見其父来。雖亦歓喜問訊。 求索治病。 然与其薬。 而不肯服。所以者何。毒気深入。失本心故。於此好色香薬。而謂不美。
【訓読】
父、子等の苦悩すること是の如くなるを見て、諸の経方に依って、好き薬草の色香美味、皆悉く具足せるを求めて、擣簁和合して、子に与えて服せしむ。而して是の言を作さく、此の大良薬は、色香美味。皆悉く具足せり。汝等服すべし。速かに苦悩を除いて、復衆の患無けん。其の諸の子の中に、心を失わざる者は、此の良薬の色香、倶に好きを見て、即便之を服するに、病尽く除こり癒えぬ。余の心の失える者は、其の父の来たれるを見て亦歓喜し、問訊して、病を治せんことを求索むと雖も、然も其の薬を与うるに、而も肯えて服せず。所以は何ん。毒気深く入って、本心を失える故に、此の好き色香ある薬に於て、美からずと謂えり。
【通釈】
父は子供たちがこのように苦悩に打ちひしがれている姿を見て、あらゆる薬方により、良き色、良き香り、良き味わいのすべてを備えた、極めて優れた薬草を求め、擣いて細末にし、簁にかけて調合し、子供たちに与え、服用させようとして、『この大良薬は。良き色、良き香り、良き味わいのすべてが整ったものだ、子供たちよ、これを服用しなさい。そうすれば、すぐに苦悩がなくなり、またすべての患いが癒えてなくなる』と告げたのである。その大勢の子供たちのなかで、本心を失っていなかった者たちは、この色香等が共に優れた良薬を見て、即座に服用したところ、病がすべて除かれ、全快したのである。ところが、その他の本心を失った者たちは、父が帰ってきたのを見て、同じように歓喜し、ひれ伏して、病を治してほしいと求めるが、その良薬を与えても、あえて服用しなかったのである。何故かというと、彼らには。毒気が深く入り込み、本心を失っているため、この優れた色香等を備えた良薬に対して、好のましい薬ではないと思い込んだからである。
【語句解釈】
①色香美味…良医の調合した良薬が色・香・味ともに優れていること。
②擣簁和合…薬の原料をよく擣いて細末とし、それを簁にかけて和合(調合)し、良薬に練り上げることをいう。
【真読】
父作是念。此子可愍。為毒所中。心皆顛倒。雖見我喜。求索救療。如是好薬。而不肯服。我今当設方便。令服此薬。即作是言。如等当知。我今衰老。死時已至。是好良薬。今留在此。如可取服。勿憂不差。作是教已。復至他国。遣使還告。如父已死。是時諸子。聞父背喪。心大憂悩。而作是念。若父在者。慈愍我等。能見救護。今者捨我。遠喪他国。自惟孤露。無復恃怙。
【訓読】
父是の念を作さく、此子愍れむべし。毒に中られて、心皆①顛倒せり。我を見て喜んで、救療を求索むと雖も、是の如き好き薬を、而も肯えて服せず。我今当に方便を設けて、此の薬を服せしむべし、即ち是の言を作さく、汝等当に知るべし。我今衰老して、死の時已至りぬ。是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝取って服すべし。差えじと憂うること勿れ。是の教を作し已わって復他国に至り、使を遣して還って告げしむ、汝が父已に死しぬ。是の時に諸の子、父②背喪せりと聞き、心大いに憂悩して、是の念を作さく、若し父在しなば、我等を慈愍して、能く救護せられまし。今者、我を捨てて、遠く他国に喪したまいぬ。自ら惟るに③孤露にして復④恃怙無し。
【通釈】
そこで、父は『この子たちは実に不憫である。毒にあたって、心まですべて錯誤してしまった。私を見て喜び、治療・救済を求めるのに、これほどの良薬を前にしながら、あえて服用しない。私は今、まさに方便を設けて、良薬をこの子供たちに服用させよう』と考え、『子供たちよ、よく知っておきなさい。私は、もはや老い衰えて、死の時を迎えようとしている。この大良薬を、今、ここに留め置いていくから、汝らは、これを取って必ず服用しなさい。毒病が癒えないと思って落胆してはならない』と子供たちに告げた。このように教えたあと、父は再び他国へ赴き、使者を遣わして『君たちの父は、他国でなくなった』と告げさせた。この時、大勢の子供たちは、父が旅先で世を去ったと聞き、心が憂いに打ちひしがられて、『もし父がおられたら、私たちを慈しみ愍れんで、必ず救済して護ってくれたであろうに…今はもう、私たちを見捨てて、遠い他国で亡くなってしまった。惟うに、私たちは孤児となり、もはや頼るべき人もなくなってしまった』と思い歎いた。
【語句解釈】
①顛倒…煩悩などのために誤った見方・在り方をすること。正理に反すること。
②背喪…肉身の者の期待に背いて死ぬこと。
③孤露…みなし子。親がいないこと。露はむきだしの意。
久遠の仏を知らない迷いの衆生を孤児に譬えたもの。
④恃怙…頼りとするところ。よりどころ。
【真読】
常懐悲感。心遂醒悟。乃知此薬。色香美味。即取服之。毒病皆愈。其父聞子。悉已得差。尋便来帰。咸使見之。諸善男子。於意云何。頗有人能。説此良医。虚妄罪不。不也。 世尊。仏言。我亦如是。成仏已来。無量無辺。 百千万億。那由他阿僧祇劫。為衆生故。以方便力。言当滅度。亦無有能。如法説我。虚妄過者。
【訓読】
常に悲感を懐いて、心遂に①醒悟しぬ。乃ち此の薬の色香美味を知って、即ち取って之を服するに、毒の病皆愈ゆ。其の父、子悉く已に差ゆることを得つと聞いて、尋いで便ち来り帰って、咸く之に見えしむ。諸の善男子、意に於て如何。頗し人の、能く此の良医の虚妄の罪を説く有らんや不や、不なり、世尊。仏の言わく。我も亦是の如し。成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫なり。衆生の為の故に、方便力を以て、当に滅度すべしと言う。亦能く法の如く、我が②虚妄の過を説く者有ること無けん。
【通釈】子供たちは、こうして常に悲しみの感情にさいなまされたが、その末、ついに覚醒し、本心を取り戻したのである。そして、この良薬の色・香り・味わいの優れたことを知り、すぐにこれを取って服用したところ、毒病はことごとく快癒したのである。その父は、子供たちが皆、本復することを得たと聞いて直ちに帰り、子供たちの前にその姿を見せたのであり。すべての清浄なる者たちよ、この話を、汝らの心で、どのように受け止めるのであろうか。だれであれ、強いてこの良医に虚妄の罪があると非難する人があろうか、なかろうか」。
会座の聴衆は答えた。「いいえ、ありません、世尊よ」。
仏は仰せになった。「私もまた、この良医と同様である。私が成仏してからこれまで、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫にもなる。衆生を教化するためにこそ、方便の力を用いて『まさに滅度するであろう』と述べるのである。しかしまた、こうした道理の上から、私に。虚妄の罪を問う者はけっしていないであろう」と。
【語句解釈】
①醒悟…煩悩の迷いから醒めて、本心に立ちかえること。
②虚妄…真実でないこと。いつわり。
【真読】
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。
自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇 常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫 為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法 我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見
【訓読】
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
我仏を得てより来経たる所の諸の劫数
無量百千万億載阿僧祇なり
常に法を説いて無数億の衆生を教化して
仏道に入らしむ爾しより来無量劫なり
衆生を度せんが為の故に方便して①涅槃を現ず
而も実には②滅度せず常に此に住して法を説く
我常に此に住すれども諸の③神通力を以て
顛倒の衆生をして近しと雖も而も見えざらむ
【通釈】
時に世尊は、重ねてこの意義を明らかにしようとして、宣べんと欲して、偈(詩文)をもって説かれた。
「私が仏果を得てから、これまでに経過した多くの劫数は、無量百千万億載阿僧祇にもなる。常に法を説いて無数億もの衆生を教化し、仏道に誘導してきた。これまでに無量劫を経ている。衆生を救済するためにこそ、方便として涅槃の相を現すのである。しかし、真実には滅度するのではなく、常にこの娑婆世界に住して、法を説いている。 私は常にここに住しているが、 あらゆる神通力を用いて、悪業によって真実を見誤っている衆生に対し、近くに私がいても見えないようにしているのである。
【語句解釈】
①涅槃…仏の入滅のこと。
②滅度…涅槃のこと。入滅すること。
③神通力…神秘的な感応の力。神通・通力ともいう。仏・菩薩・阿羅漢などが具えているとされ、五神通・六神通などの種類がある。
【真読】
衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法
【訓読】
衆我が滅度を見て広く①舎利を供養し
咸く皆恋慕を懐いて渇仰の心を生ず
衆生既に信伏し②質直にして意柔軟に
一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず
時に我及び衆僧倶に③霊鷲山に出ず
我時に衆生を語る常に此に在って滅せず
方便力を以ての故に滅不滅有りと現ず
余国に衆生の恭敬し信楽する者有れば
我復彼の中に於て為に④無上の法を説く
【通釈】
衆生は、私の入滅度を見たならば、多様を尽くして仏舎利を供養し、そしてあらゆる人々が皆、心から仏を慕う思いを懐き、熱く求めて仰ぎ敬う心を生ずるであろう。衆生が、こうして仏に信伏し、極めて素直で柔和な心をもって、一心に仏を拝見しようと願い、自ら身命すら惜しまなくなったならば、時に応じて、私は多くの弟子たちと共に、霊鷲山に出現するのである。その時に、私は衆生に語るであろう。『私は、常にこの娑婆世界にあって滅することがない。ただ方便の力用によって、滅・不滅の相があること現すのである』と。また娑婆世界以外の国々においても、私を心から敬い、信じ求め者がいたならば、私はまた、かの国土に出現し、その人たちのために無上真実の法を説くのである。
【語句解釈】
①舎利…仏の遺骨。仏舎利。塔に納めて供養し、信仰の対象とした。舎利には仏の肉身の遺体を指す生身の舎利と、仏の遺した教法・教典を指す法身の舎利の二種がある。この二種の舎利に、またそれぞれ全身と砕身の区別がある。
②質直…誠実で正直なこと。素直なこと。
③霊鷲山…中インド、摩訶提国の首都・王舎城の北東にあり、釈尊が法華経などを説いた山。耆闍崛山、霊山ともいう。
④無上…この上もないこと。最もすぐれたこと。最上の意。
【真読】
汝等不聞此 但謂我滅度 我見諸衆生 没在於苦海 故不為現身 令其生渇仰 因其心恋慕 乃出為説法 神通力如是 於阿僧祇劫 常在霊鷲山 及余諸住処 衆生見劫尽 大火所焼時 我此土安穏 天人常充満
【訓読】
汝等此を聞かずして但我滅度すと謂えり
我諸の衆生を見るに①苦海に没在せり
故に為に身を現ぜずして其れをして渇仰を生ぜしむ
其の心の恋慕するに因って乃ち出でて為に法を説く
神通力是の如し②阿僧祇劫に於て
常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り
衆生③劫尽きて大火に焼かるると見る時も
我が此の土は安穏にして天人常に充満せり
【通釈】
汝らはこのことを聞かずに、ただ私が滅度すると思っている。私があらゆる衆生を見わたすところ、みな苦悩の生死海にうずもれている。このため、私は、わざと身を現さず、その者たちに、仏を熱く求めて仰ぎ敬う心を生じさせる。そして心からあこがれ仏を慕ったとき、はじめて身を現して、その者たちのために法を説くのである。仏の神通力とは、まさにこうしたものである。阿僧祇劫もの長時にわたって、私は霊鷲山をはじめ、その他のあらゆる国土に住している。衆生にとっては、住劫が尽きて壊劫に入り、世の一切が大火に焼かれて滅尽するとみえる時でも、私が住するこの仏国土は安穏であり、天の諸神や清浄な人々で充ち満ちている。
【語句解釈】
①苦海…生死、苦悩が海のように果てしなく広がっている世界。
②阿僧祇劫…数えることのできない長い期間のこと。
③劫…四劫中の住劫のこと。四劫とは四種の時劫のことで、一世界が成立し、継続、破壊を経て次に成立するまでを、成・住・壊・空の四期に分けたもの。四劫が一度輪廻する期間を一大劫という、成・住・壊・空の四劫の各々を中劫といい、それぞれ二十小劫から成る。
【真読】
園林諸堂閣 種種宝荘厳 宝樹多華果 衆生所遊楽 諸天撃天鼓 常作衆妓楽 雨曼陀羅華 散仏及大衆 我浄土不毀 而衆見焼尽 憂怖諸苦悩 如是悉充満 是諸罪衆生 以悪業因縁 過阿僧祇劫 不聞三宝名
【訓読】
園林諸の堂閣種種の宝をもって荘厳し、
宝樹華果多くして衆生の①遊楽する所なり
諸天天の鼓を撃って常に衆の②伎楽を作し
③曼陀羅華を雨らして仏及び大衆に散ず
我が浄土は毀れざるに而も衆は焼け尽きて
④憂怖諸の苦悩是の如く悉く充満せりと見る
是の諸の罪の衆生は⑤悪業の因縁を以て
阿僧祇劫を過ぐれども三宝の名を聞かず
【通釈】 仏国土の園や林、あらゆる堂宇・楼閣は、種種な宝をもって荘厳され、七宝で飾られた樹木には、多くの華が咲き、果を結んで、衆生が遊楽する場所となっている。諸天善神は、天の鼓を打ち鳴らして常に様々な音楽を奏(かな)で、また曼陀羅華を雨らして、仏をはじめ大衆に散じ、供養している。我が浄土は、 このように常住で壊れないにもかかわらず、 衆生には、世界が焼け尽きて、憂いや怖れ、あらゆる苦悩が、こんなにも満ちあふれていると見えるのである。こうしたすべての罪多き衆生は悪業の因縁によって、阿僧祇劫もの長時が経過しようとも、仏法僧の三宝の名前すら聞くことができない。
【語句解釈】
①遊楽…遊び楽しむこと。仏法を敬愛し、善を行ない、徳を積んで自ら楽しむ法楽の意。
②伎楽…天人の奏でる音楽。
③曼陀羅華…天上界から降ってくる美妙な華。四種の蓮華、すなわち曼陀羅華・摩訶曼陀羅華・曼珠紗華の一つ。
④憂怖…憂い怖れる念い。
⑤悪業…苦果を招く身口意の三業による悪しき行為、とりわけ謗法の悪業を指す。
【真読】
諸有修功徳 柔和質直者 則皆見我身 在此而説法 或時為此衆 説仏寿無量 久乃見仏者 為説仏難値 我智力如是 慧光照無量 寿命無数劫 久修業諸得 汝等有智者 勿於此生疑 当断令永尽 仏語実不虚
【訓読】
諸の有らゆる功徳を修し柔和質直なる者は
則ち皆我が身此に在って法を説くと見る
或時は此の衆の為に仏寿無量なりと説く
久しくあって乃し仏を見たてまつる者はには為に仏には値い難しと説く
我が①智力是の如し②慧光照すこと無量に
寿命無数劫なり久しく業を修して得る所なり
汝等智有らん者此に於て疑を生ずること勿れ
当に断じて永く尽きしむべし仏語は実にして虚しからず
【通釈】
それに対し、あらゆる功徳を修め、柔和で正直な者にとっては、皆、私の身相がここにあって、法を説いていると見える。そこで、私は、ある時をには、こうした衆生のために『仏の寿命は無量である』と説き、また久しい時を経てようやく仏を拝見した者たちには『仏には非常に値いがたい』と説くのである。私の智慧の力は、まさにこうしたものである。その智慧の光明が照らすところは無量であり、その智慧の寿命は無数劫にもわたる。それは久しく修業(菩薩道)を修して得た果報である。汝らよ、智慧明らかな者たちよ、このことに対して疑いを生じてはならない。まさに疑いを残すところなく、永遠に断じ尽くしなさい。仏の語るところは、すべて真実であって、わずかの虚妄もない。
【語句解釈】
①智力…仏の智慧の力。
②慧光…智慧の光明。
【真読】
如医善方便 為治狂子故 実在而言死 無能説虚妄 我亦為世父 救諸苦患者 為凡夫顛倒 実在而言滅 以常見我故 而生憍恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身
【訓読】
医の善き方便をもって狂子を治せんが為の故に
実には在れども而も死すと言うに能く虚妄と説くもの無きが如く
我も亦為れ世の父諸の①苦患を救う者なり
凡夫の顛倒せるを為て実には在れども而も滅すと言う
常に我を見るを以ての故に而も憍恣の心を生じ
③放逸にして五欲に著し悪道の中に堕ちなん
我常に衆生の道を行じ道を行ぜらるを知って
応に度すべき所に随って為に種種の法を説く
毎に自ら是の念を作さく何を以てか衆生をして
無上道に入り速かに仏身を成就することを得せしめんと
【通釈】
良医が巧みな方便を用いて、毒病に冒され、本心を失った子たちを治療させるために、実際には生きているのに『父は死んだ』と伝言させたことについて、あえて虚妄だと非難する者がないのと同様に、私もまた、世の一切衆生の父であり、あらゆる苦悩や病患から救済する者である。凡夫が見誤って道理に背いていることにより、真実には世に存在しているのに、あえて『滅度する』と私は説くのである。そうでなければ常に私を見ることによって、かえってほしいままに憍り高ぶり、勝手気ままに振る舞って五欲にふけり、悪道に堕落していくであろう。私は、常に、衆生のなかに、仏道を修行する者と修行しない者とを知り、またそれぞれの救済すべき方途に従って、種種の法を説くのである。私は、常に念いめぐらしている。『どのようにしたら、あらゆる衆生が無上菩提の道へ入り、それぞれ速やかに仏身を成就することができるであろうか』と」。
【語句解釈】
①苦患…悩み。苦しみ。
②放逸…わがままなこと。勝手気ままなこと。
③五欲…五種の欲望のこと。眼・耳・鼻・舌・身の五種が、色・声・香・味・触の五境を対境として起こす欲。
妙法蓮華経如来寿量品第十六
爾時仏告。諸菩薩。及一切大衆。諸善男子。汝等当信解。如来誠諦之語。復告大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。又復告諸大衆。汝等当信解。如来誠諦之語。是時菩薩大衆。弥勒為首。合掌白仏言。世尊。唯願説之。我等当信受仏語。如是三白已。復言。唯願説之。我等当信受仏語。
【訓読】
爾の時に仏、諸の菩薩、及び一切の大衆に告げたまわく、諸の①善男子、汝等当に、如来の②誠諦の語を信解すべし。復大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。又復、諸の大衆に告げたまわく、汝等当に、如来の誠諦の語を信解すべし。是の時に③菩薩大衆、④弥勒を首と為して、合掌して仏に白して言さく、世尊、唯願わくは之を説きたまえ。我等当に仏の語を信受したてまつるべし。是の如く三たび白し已って、復言さく、唯願わくは之を説きたまえ。我等当に仏の語を信受したてまつるべし。
【通釈】
その時に、仏は、多くの菩薩をはじめ、一切の聴衆にお告になった。「すべての清浄なる者よ、汝らは、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」また重ねて、聴衆にお告になった。「汝らよ、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」。また、さらに重ねて、すべての聴衆にお告になった。
「汝らよ、まさに如来の真実の言葉を信じ、その心を会得しなさい」。この時、会座にあった菩薩等のすべての聴衆は、弥勒を代表して、合掌して仏に申し上げた。「世尊よ、ひたすらお願いします、このことを説いてください。私たちは、まさに仏のお言葉を、必ず信じて受け持ちます」。こうして三たび申し上げ終わって、また重ねて申し上げた。「このことを説いてください。私たちは、まさに仏のお言葉を、必ず信じて受け持ちます」。
【語句解釈】
①善男子…仏法に帰依した在家・出家の男子のこと。
②誠諦…誤りのない絶対の真実。真理。
③菩薩…十界中、仏に次ぐ境界。大乗仏教で自利・利他を行ずる修行者。無上菩提を求める人。
④弥勒…弥勒菩薩のこと。阿逸多ともいう。南インドのバラモンの家に生まれ、釈尊の弟子となった。その後八万歳、釈尊滅後五十六億七千万歳の後、再び世に下生して竜華樹の下で成道し、釈尊の説法に漏れた衆生を再度するとされる。このように来世で釈尊の処(位)を補って仏の後を継ぐので一生補処の菩薩とも、弥勒仏とも称される。
【真読】
爾時世尊。知諸菩薩。三請不止。而告之言。汝等諦聴。如来秘密。神通之力。一切世間。天人。及阿修羅。皆謂今釈迦牟尼仏。出釈氏宮。去伽耶城不遠。坐於道場。得阿耨多羅三藐三菩提。然善男子。我実成仏已来。無量無辺。百千万億。那由他劫。
【訓読】
爾の時に世尊、諸の菩薩の、三たび請じて止まざることを知ろしめして、之に告げて言わく、汝等諦かに聴け、①如来の秘密神通の力を。一切世間の②天、人、及び阿修羅、皆今の③釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出でて、④伽耶城をさること遠からず、⑤道場に坐して、⑥阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり。然るに善男子、我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億⑦那由他劫なり。
【通釈】
その時に、世尊はすべての菩薩が三度まで願っても止まないことを知って、彼らに告げて言われた。「汝らよ、はっきりとよく聞きなさい、如来のみが知っていまだかつて説かなかった神通の力を。すべての世間における天界・人界、そして阿修羅界の三善道の者たちは、皆、今の釈迦牟尼仏は、釈迦族の宮殿から出家し、伽耶城から去ることほど遠くない道場に坐して、無上の完全な悟りを開かれたと思っている。しかしながら、清浄なる者たちよ、私は成仏してからこれまで、実に無量無辺百千万億那由他劫もの限りない時が過ぎているのである。
【語句解釈】
①如来の秘密神通の力…仏のみが有する秘密の力。天台大師の『法華文句』には一身即三身を秘、三身即一身を、密、またいまだかつて説かなかったことを秘とし、ただ仏のみ知ることを密という。そして三身を本体、神通之力を三身の力有と説いている。日蓮大聖人は『御義口伝』において、これを無作三身の依文とされている。
②天人及び阿修羅…十界の中の天上界と人間界と阿修羅界の三界のこと。三悪道に対して三善道という。ここでは弥勒等の迹化の菩薩も仏の本寿命を知らないので、この中に包括される。
③菩薩…十界中、仏に次ぐ境界。大乗仏教で自利・利他を行ずる修行者。無上菩提を求める人。
④釈迦牟尼仏…釈尊のこと。釈迦牟尼とは釈迦種族のなかの聖者との意。
⑤伽耶城…中インドの摩訶提国にある、釈尊成道の地の近くの金剛座を指す。
⑥阿耨多羅三藐三菩提…無上正遍知・無上正等覚などと約す。仏の無上絶対なる円満の悟りの意。
⑦那由他劫…那由他とは一般的に千億の単位、劫とは非常に長い時間の意。
【真読】
譬如五百千万億。那由他。阿僧祇。三千大千世界。仮使有人。抹為微塵。過於東方。五百千万億。那由他。阿僧祇国。乃下一塵。如是東行。尽是微塵。諸善男子。意於云何。是諸世界。可得思惟校計。知其数不。弥勒菩薩等。倶白仏言。世尊。是諸世界。無量無辺。非算数所知。亦非心力所及。一切声聞。辟支仏。以無漏智。不能思惟。知其限数。我等住。阿惟越致地。於是事中。亦所不達。世尊。如是諸世界。無量無辺。
【訓読】
譬えば五百千万億那由他①阿僧祇の②三千大千世間を、仮使人有って、抹して微塵と為して、東方百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて、乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽さんが如き、諸の善男子、意に於て云何。是の諸の世界は、④思惟し校計して、其の数を知ることを得べしや不や。弥勒菩薩等、倶に仏に白して言さく、世尊、是の諸の世界は、無量無辺にして、算数の知る所に非ず、亦心力の及ぶ所に非ず。一切の声聞、辟支仏、無漏智を以ても、思惟して其の限数を知ること能わじ、我等、⑦阿惟越致地に住すれども、是の事の中に於ては、亦達せざる所なり。世尊、是の如き諸の世界無量無辺なり。
【通釈】
譬えをもっていえば、五百千万億那那由他阿僧祇もの三千大千世間を、仮りに人が粉々にすりつぶして微塵にし、東方へ向かって五百千万億那那由他阿僧祇の国(三千大世界)を通過して、その一粒の微塵を下す。こうして、さらに東へと進み、これらの微塵をすべて下し尽くしたとしよう。清浄なるの者たちよ、汝らは、こうして微塵を下したすべての世界を、心の中で思いをめぐらし、計量して、その数を知ることができるであろうか、できないであろうか」。弥勒菩薩たちは、共に声をそろえて仏に申し上げた。「世尊よ、このすべての世界は無量無辺であって、計算して知られるところではなく、また私たちの心の用きが及ぶところでもありません。一切の声聞や辟支仏の、煩悩を離れた聖なる智慧をもって思いのめぐらしても、その数の限りを知り尽くすことはできません。私たちのように、仏道における不退転の位に到った菩薩でも、この実際の数量については、なお思い達することができないところです。世尊、これらのあらゆる世界は、まさに無量であり無辺です」。
【語句解釈】
①阿僧祇…無数・無尽数と訳と約す。一説には千億の千倍の千倍(那由他の千倍)とされる。
②三千大千世界…三千世界とも、三千界とも、大千世界ともいう。須弥山を中心とした四州・九山八海を一小世界とし、それを千倍したものを小千世界といい、さらに千倍したものを中千世界、またさらに千倍したものを大千世界という。三たび千倍するので三千大千世界という。この全世界を一仏の教化範囲とする。
③微塵…極めてこまかい塵のこと。
④思惟…考えめぐらすこと。思いはからうこと。
⑤校計…くらべ計ること。計量すること。
⑥無漏智…煩悩を断じて証果を得た清浄の智慧。
⑦阿由越致…阿毘跋致ともいう。不退転の意。菩薩の位。
【真読】
爾時仏告。大菩薩衆。諸善男子。今当分明。宣語汝等。是諸世界。若著微塵。及不著者。尽以為塵。一塵一劫。我成仏已来。復過於此。百千万億。那由他。阿僧祇劫。自従是来。我常在此。娑婆世界。説法教化。亦於余処。百千万億。那由他阿僧祇国。導利衆生。諸善男子。於是中間。我説燃燈仏等。又復言其。入於涅槃。如是皆以。方便分別。諸善男子。若有衆生。来至我所。我以仏眼。観其信等。諸根利鈍。随所応度。処処自説。名字不同。年紀大小。亦復現言。当入涅槃。又以種種方便。説微妙法。能令衆生。発歓喜心。
【訓読】
爾の時に仏、大菩薩衆に告げたまわく、諸の善男子、今当に分明に、汝等に①宣語すべし。是の諸の世界の、若しは微塵を著き、及び著かざる者を、尽く以て塵と為して、一塵を②一劫とせん。我成仏してより已来、復此に過ぎたること、百千万億那由他阿僧祇劫なり。是より来、我常に此の③娑婆世界に在って、説法教化す。亦余処の百千万億那由他阿僧祇の国に於ても、衆生を導利す。諸の善男子、是の中間に於て、我④燃燈仏等と説き、又復、其れ⑤涅槃に入ると言いき。是の如きは皆、方便を以て分別せしりなり。諸の善男子、若し衆生有って、我が所に来至するには、我仏眼を以て、其の信等の諸根の利鈍を観じて、応に度すべき所に随って、処処に自ら名字の不同、年紀の大小を説き、亦復、現じて当に涅槃に入るべしと言い、又種種の方便を以て、⑥微妙の法を説き、能く衆生をして歓喜の心を発さしめき。
【通釈】
その時に仏は、大菩薩たちに告げられた。「すべての清浄なる者たちよ、今、汝らに、まさにあきらかに宣告しよう。すべし。こうしたあらゆる世界のうち、もしくは微塵を下した国も、下さなかった国も、それら一切を合わせて再びすりつぶして微塵にし、そして一粒の塵ごとに一劫ずつの時を充てることとしよう。私が成仏してからこれまで、この微塵の数に過ぎること、また百千万億那由他阿僧祇劫にもなる。それ以来、私は、常にこの娑婆世界にあって説法し、教化してきた。またそれ以外の百千万億那由他阿僧祇の国(三千大世界)においても、衆生を導き、利益を施してきた。多くの清浄なる者たちよ、その中間にあって、私は燃燈仏等のことを説いたり、また重ねてそれらの、仏が涅槃に入られたことを説いてきた。このようなことは、皆、真実へ導き入れるための方便として用いた計らいだったのである。あらゆる清浄なる者たちよ、もし衆生いて、私のもとに来る者には、私は、仏眼をもって、仏道に対するその信・精進・念・定・慧の五根の利根・鈍根の格差を察知し、まさに救済すべき相手に従って、それぞれの場所において、自ら異なった名前の仏として出現したり、その寿命の長短を説いたり、さらにまた、
まさに涅槃に入るべきことを示したり、また様々な方便を用いて、はるかに奥深い法を説き、衆生に対して、よく歓喜する心を発させてきたのである。
【語句解釈】
①宣語…広く告げ知らせること。宣告と同意。
②一劫…長時と訳す。人寿八万四千歳から百歳ごとに一歳を減じて人寿十歳に至り、さらにその十歳より百年ごとに一歳を増して人寿八万四千歳に至る。この一歳一増を繰り返す間を一小劫という。二十小劫を一中劫とし、四中劫を一大劫とする。
③娑婆世界…釈尊の教化する国土。娑婆は梵語で忍土・忍界と訳す。苦しみが多く、忍耐すべき世界の意。人間が現実に住む苦悩の充満する世界。
④燃燈仏…定光仏(錠光仏)のこと。定光菩薩ともいう。日月燈明仏の八王子の一人。釈尊が過去世に儒童菩薩として因位の修行中、この仏から未来成仏の記別を与えられた。
⑤涅槃…仏または聖者の死。入寂、入滅、滅度、寂滅ともいう。
⑥微妙…深遠ですぐれたさま。
【真読】
諸善男子。如来見諸衆生。楽於小法。徳薄垢重者。為是人説。我少出家。得阿耨多羅三藐三菩提。我実成仏已来。久遠若斯。但以方便。教化衆生。令入仏道。作如是説。諸善男子。如来所演経典。皆為度脱衆生。或説己身。或説他身。或示己身。或示他身。或示己事。或示他事。諸所言説。皆実不虚。所以者何。如来如実知見。三界之相。無有生死。若退若出。亦無在世。及滅度者。非実非虚。非如非異。不如三界。見於三界。如斯之事。如来明見。無有錯謬。
【訓読】
諸の善男子、如来諸の衆生の、①小法を楽える②徳薄垢重の者を見ては、是の人の為に、我少くして出家し、阿耨多羅三藐三菩提を得たりと説く。然るに我、実に成仏してより已来、久遠なること斯の若し、但方便を以て、衆生を教化し、仏道に入らしめんとして、是の如き説を作す。諸の善男子、如来の演ぶる所の経典は、皆、衆生を度せんが為なり。或は己身を説き、或は他身を説き、或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す。諸の言説する所は、皆実にして虚しからず。所以は何ん。如来は如実にし③三界の相を知見す。生死の、若しは退、若しは出有ること無く、亦在世、及び滅度の者も無し。実に非ず、虚に非ず、如に非ず、異に非ず、三界の三界を見るが如くならず。斯の如きの事、如来明らかに見て、④錯謬有ること無し。
【通釈】
すべての清浄なる者たちよ、如来は、様々な衆生のうち、低下の教法求めるような、福徳の薄い、煩悩の垢が積もり重なった者を見ると、この人たちのために、『私は、今世で若くして出家し、無上の完全な悟りを得た』と説くのである。しかしながら、私が成仏してよりこれまで、実に久遠の時を経ていることは、既に説いたとおりである。ただ巧みな方便をもって衆生を教化し、真実の仏道に導き入れるために、こうした説をなしてきたのである。すべての清浄なる者たちよ、如来が演べるところの経典は、すべて衆生を救済し、解脱させるためのものである。仏は、あるときは自己の仏身(法身)について説き、あるときは他の仏身(応身)のについて説き、あるときは自己の仏身を示現し、あるときは他の仏身を示現し、あるときは自身のことがらを示し、あるときは他のことがらを示す。様々な言辞をもって説くところは、すべて真実であって、そこに虚言はない。その理由はどういうことか。如来は、その智慧によって、ありのままに欲界・色界・無色界の三界の相を見知することができるということである。したがって、生死において、三界より退いたり現れたりすることがあるのでもない。また三界の世にある者とか、解脱して滅度した者ということもない。真実だということでもなく、虚妄だということでもない。そのままのあり方ということげもなく、異なった別なあり方ということでもない。つまり、三界の衆生が三界を見るようなあり方ではないのである。このような三界の相を、如来は明らかに見て、錯誤することはない。
【語句解釈】
①小法…爾前迹門以下の低下の教法のこと。天台大師の『法華文句』巻九下には「小法を楽える」の「小」について「小乗の人に非ざるなり。乃ち是れ近説を楽う者を小と為すのみ」(文句会本下294頁)とある。すなわち、寿量品の久成の説に迷う者を「小法を楽う者」という。
②徳薄垢重…福徳が薄く、煩悩の垢が積もり重なっていること。
③三界…欲界・色界・無色界のこと。地獄界から天上界までの六道の衆生が、輪廻し流転する迷いの境界を三つに分類したもの。
④錯謬…まちがうこと。錯誤。
【真読】
以諸衆生。有種種性。種種欲。種種行。種種憶想。分別故。欲令生諸善根。以若干因縁。譬喩言辞。種種説法。所作仏事。未曾暫廃。如是我成仏已来。甚大久遠。寿命無量。阿僧祇劫。常住不滅。諸善男子。我本行菩薩道。所成寿命。今猶未尽。復倍上数。然今非実滅度。而便唱言。当取滅度。如来以是方便。教化衆生。所以者何。若仏久住於世薄徳之人。不種善根。貧窮下賎。貪著五欲。入於憶想。妄見網中。
【訓読】
諸の衆生、種種の性、種種の欲、種種の行、種種の憶想、分別有るを以ての故に、諸の善根を生ぜしめんと欲して、若干の因縁、譬喩、言辞を以て、種種に法を説く。所作の仏事未だ曽て暫くも廃せず。是の如く、我成仏してより已来、大いに久遠なり。寿命無量。阿僧祇劫なり。常住して滅せず。諸の善男子、我本菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。復上の数に倍せり。然るに今、実の滅度に非ざれども、而も便ち唱えて、当に滅度を取るべしと言う。如来、是の方便を以て、衆生を教化す。所以は何ん。若し仏、久しく世に住せば、薄徳の人は、善根を種えず。貧窮下賎にして、五欲に貪著し、憶想妄見の網の中に入りなん。
【通釈】
多くの衆生には、様々な性分があり、様々な欲望、様々な行為、様々な憶測などに、相異分別があるために、如来はあらゆる善根(徳本、善業を積むこと)を生じさせようとして、多くの因縁や譬喩、言辞を用いて、種種に法を説くのである。こうして仏としてなすべき行為は、いまだかつて少しの間も止めたことはない。このように、私が成仏してよりこれまで、実に大きな久遠という時が経っている。その寿命無量阿僧祇劫であり、常に住して滅することはないのである。すべての善良なる者たちよ、久遠の大本において、菩薩の道法を修行して成就したところの寿命は、今なおいまだ尽きることはない。それどころか、上に挙げた年次の数に倍するほどである。ところが、今、真実の滅度ではないにもかかわらず、はっきりと私は『まさに滅度を現ずるであろう』と宣言するのである。如来は、こうした方便を用いて衆生を教化するが、その理由はどういうことであろうか。もし仏が入滅することなく、久しく世に在住したならば、 福徳の薄い人は、 かえって善根を植えようとはしないであろう。貧に窮して賎しくなり、本能的な五欲を飽くことなく貪って、妄想や邪見の網の中に入り込み、もがき苦しむこととなる。
【語句解釈】
①我本菩薩の道を行じて~上の数に倍せり…釈迦が久遠において仏果を成就するために、その原因となる菩薩道を行じたことを明かす文。天台大師はこの文を本因妙の文としている。
②貧窮…貧しくて生活に窮すること。貧困。貧苦。
③下賎…品性が卑しいこと。身分の低いこと。
④五欲…色欲・声欲・香欲・味欲・触欲の五つ。五根(眼・耳・鼻・舌・身)が五境(色・声・香・味・触)を対境として起こす欲望のこと。
【真読】
若見如来。常在不滅。便起憍恣。而懐厭怠。不能生於。難遭之想。恭敬之心。是故如来。以方便説。比丘当知。諸仏出世。難可値遇。所以者何。諸薄徳人。過無量。百千万億劫。或有見仏。或有見者。以此事故。我作是言。諸比丘。如来難可得見。斯衆生等。聞如是語。必当生於。難遭之想。心懐恋慕。渇仰於仏。便種善根。是故如来。雖不実滅。而言滅度。又善男子。諸仏如来。法皆如是。為度衆生。皆実不虚。
【訓読】
若し如来、常に在って滅せずと見ば、便ち①憍恣を起こして、②厭怠を懐き。③難遭の想、④恭敬の心を生ずること能わじ。是の故に如来、方便を以て説く。比丘当に知るべし。諸仏の出世には値遇すべきこと難し。所以は何ん。諸の薄徳の人は。無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見る有り、或は見ざる者あり。此の事を以ての故に、我是の言を作す。諸の比丘、如来は見ること得べきこと難し。斯の衆生等、是の如き語を聞いては、必ず当に難遭の想を生じ、心に恋慕を懐き、仏を渇仰して、便ち善根を種ゆべし。是の故に如来、実に滅せずと雖も、而も滅度すと言う。又善男子、諸仏如来は、法、皆是の如し。衆生を度せんが為なれば、皆実にして虚しからず。
【通釈】
こうした人は、もし如来が、常に世にあって入滅しないものだと思ったならば、ほしいままに驕(おご)り高ぶる思い必ず起こし、仏道に飽きて怠ける心を懐き、仏には値い難いという想いや、仏を恭(うやうやし)く敬う心を起こすことはできないであろう。このために、如来は、方便を用いて『修行者よ、よく知るべきである。諸仏が世に出現することに出値うのは、実に難しいことである』と説く。それは何故で多くの善根を積まない徳の薄い者にとっては、無量百千万億劫を経て、ようやく仏に値える者もあろうが、また値うことができない者もある。こうしたことがあるために、私は『多くの修行者たちよ、如来に値うことは、実に得難いことである』と語るのである。この衆生たちは、こうした言葉を聞いて、必ずや『本当に仏には値い難い』との想いを生じ、心から仏を慕う思いを懐き、熱く求めて仰ぎ敬い、そして善根を種えていくである。このため、如来は、真実には滅することがなくても『滅度する』と語るのである。また清浄なる者たちよ、あらゆる仏・如来は、皆、同様の法を用いて教化することを知るべきである。それは衆生を解脱させるためであり、すべてが真実であって虚偽ではない。
【語句解釈】
①憍恣…心がおごって気ままなこと。
②厭怠…厭は飽きること。怠はおこたり、なまけること。
③難遭…仏に遭いがたいこと。
④恭敬…仏・菩薩の振る舞いやその教法を慎み敬うこと。『大智度論』や『法華義疏』には、謙遜し畏れはばかることを恭といい、諸仏の智徳を思いやることを敬というとある。
⑤恋慕…仏を恋い慕うこと。
⑥渇仰…仏の徳を仰ぎ慕うことを、のどの渇いた者が水を求めることに譬えたもの。
【真読】
譬如良医。智慧聡達。明練方薬。善治衆病。其人多諸子息。若十二十。乃至百数。以有事縁。遠至余国。諸子於後。飲他毒薬。薬発悶乱。宛転于地。是時其父。還来帰家。諸子飲毒。或失本心。或不失者。遥見其父。皆大歓喜。拝跪問訊。善安穏帰。我等愚痴。誤服毒薬。願見救療。更賜寿命。我等愚痴
【訓読】
喩えば良医の智慧①聡達にして、明らかに②方薬に練し、善く衆病を治するが如し。其人諸の子息多し、若しは十、二十、乃至百数なり。事の縁有るを以て、遠く余国に至りぬ。諸の子後に、他の毒薬を飲む。薬発し悶乱して、地に③宛転す。是時に其の父、還り来って家に帰りぬ。諸の子毒を飲んで、或は本心を失える、或は失わざる者あり。遥かに其の父を見て、皆大いに歓喜し、④拝跪して⑤問訊すらく、善く安穏に帰りたまえり。我等⑥愚痴にして、誤って毒薬を服せり。願わくは救療せられて、更に寿命を賜え。
【通釈】
譬えをもっていえば、ある良医がいて、智慧が賢く、聡明で物事の道理に通達し、薬の処方に熟練して、よく一切の病気を療治するのと同様である。その良医には子供が多く、十人、二十人、ないし百人もいたとしよう。あるとき、良医は、所用があって、遠く他国へと出かけた。すべての子供たちは、父が出かけた後、誤ってほかの毒薬を飲んでしまった。 薬が効いてくると、 子供たちは悶えて脳乱し、地にのたうち回って苦しんだ。この時に、父の良医が他国より戻り、家に帰ってきたのである。多くの子供のなかには、毒を飲んで既に本心を失った者や、失わない者がいた。皆、遙かにその父を大いに歓喜し、ひざまずいて父を拝して『父よ、よく無事・安穏にお帰りになりました。私たちは愚かにも、誤って毒薬を飲んでしまいました。お願いですから、治療して命を救い、更なる寿命を与えてください』とこいねがったのである。
【語句解釈】
①聡達…さとくて事理に通ずること。賢くて明達なこと。
②方薬…薬の処方。
③宛転…曲がりくねって、のたうち回ること。宛は宛曲、
宛屈の意。転は展転の意。
④拝跪…ひざまずいて拝むこと。かしこまること。
⑤問訊…問いたずねること。
⑥愚癡…貪瞋癡の三毒の一つ。仏法の道理にくらく、理非に迷う愚かなさま。
【真読】
父見子等。苦悩如是。依諸経方。求好薬草。色香美味。皆悉具足。擣簁和合。与子令服。而作是言。此大良薬。色香美味。皆悉具足。如等可服。速除苦悩。無復衆患。其諸子中。不失心者。見此良薬。色香具好。即便服之。病尽除愈。余失心者。見其父来。雖亦歓喜問訊。 求索治病。 然与其薬。 而不肯服。所以者何。毒気深入。失本心故。於此好色香薬。而謂不美。
【訓読】
父、子等の苦悩すること是の如くなるを見て、諸の経方に依って、好き薬草の色香美味、皆悉く具足せるを求めて、擣簁和合して、子に与えて服せしむ。而して是の言を作さく、此の大良薬は、色香美味。皆悉く具足せり。汝等服すべし。速かに苦悩を除いて、復衆の患無けん。其の諸の子の中に、心を失わざる者は、此の良薬の色香、倶に好きを見て、即便之を服するに、病尽く除こり癒えぬ。余の心の失える者は、其の父の来たれるを見て亦歓喜し、問訊して、病を治せんことを求索むと雖も、然も其の薬を与うるに、而も肯えて服せず。所以は何ん。毒気深く入って、本心を失える故に、此の好き色香ある薬に於て、美からずと謂えり。
【通釈】
父は子供たちがこのように苦悩に打ちひしがれている姿を見て、あらゆる薬方により、良き色、良き香り、良き味わいのすべてを備えた、極めて優れた薬草を求め、擣いて細末にし、簁にかけて調合し、子供たちに与え、服用させようとして、『この大良薬は。良き色、良き香り、良き味わいのすべてが整ったものだ、子供たちよ、これを服用しなさい。そうすれば、すぐに苦悩がなくなり、またすべての患いが癒えてなくなる』と告げたのである。その大勢の子供たちのなかで、本心を失っていなかった者たちは、この色香等が共に優れた良薬を見て、即座に服用したところ、病がすべて除かれ、全快したのである。ところが、その他の本心を失った者たちは、父が帰ってきたのを見て、同じように歓喜し、ひれ伏して、病を治してほしいと求めるが、その良薬を与えても、あえて服用しなかったのである。何故かというと、彼らには。毒気が深く入り込み、本心を失っているため、この優れた色香等を備えた良薬に対して、好のましい薬ではないと思い込んだからである。
【語句解釈】
①色香美味…良医の調合した良薬が色・香・味ともに優れていること。
②擣簁和合…薬の原料をよく擣いて細末とし、それを簁にかけて和合(調合)し、良薬に練り上げることをいう。
【真読】
父作是念。此子可愍。為毒所中。心皆顛倒。雖見我喜。求索救療。如是好薬。而不肯服。我今当設方便。令服此薬。即作是言。如等当知。我今衰老。死時已至。是好良薬。今留在此。如可取服。勿憂不差。作是教已。復至他国。遣使還告。如父已死。是時諸子。聞父背喪。心大憂悩。而作是念。若父在者。慈愍我等。能見救護。今者捨我。遠喪他国。自惟孤露。無復恃怙。
【訓読】
父是の念を作さく、此子愍れむべし。毒に中られて、心皆①顛倒せり。我を見て喜んで、救療を求索むと雖も、是の如き好き薬を、而も肯えて服せず。我今当に方便を設けて、此の薬を服せしむべし、即ち是の言を作さく、汝等当に知るべし。我今衰老して、死の時已至りぬ。是の好き良薬を、今留めて此に在く。汝取って服すべし。差えじと憂うること勿れ。是の教を作し已わって復他国に至り、使を遣して還って告げしむ、汝が父已に死しぬ。是の時に諸の子、父②背喪せりと聞き、心大いに憂悩して、是の念を作さく、若し父在しなば、我等を慈愍して、能く救護せられまし。今者、我を捨てて、遠く他国に喪したまいぬ。自ら惟るに③孤露にして復④恃怙無し。
【通釈】
そこで、父は『この子たちは実に不憫である。毒にあたって、心まですべて錯誤してしまった。私を見て喜び、治療・救済を求めるのに、これほどの良薬を前にしながら、あえて服用しない。私は今、まさに方便を設けて、良薬をこの子供たちに服用させよう』と考え、『子供たちよ、よく知っておきなさい。私は、もはや老い衰えて、死の時を迎えようとしている。この大良薬を、今、ここに留め置いていくから、汝らは、これを取って必ず服用しなさい。毒病が癒えないと思って落胆してはならない』と子供たちに告げた。このように教えたあと、父は再び他国へ赴き、使者を遣わして『君たちの父は、他国でなくなった』と告げさせた。この時、大勢の子供たちは、父が旅先で世を去ったと聞き、心が憂いに打ちひしがられて、『もし父がおられたら、私たちを慈しみ愍れんで、必ず救済して護ってくれたであろうに…今はもう、私たちを見捨てて、遠い他国で亡くなってしまった。惟うに、私たちは孤児となり、もはや頼るべき人もなくなってしまった』と思い歎いた。
【語句解釈】
①顛倒…煩悩などのために誤った見方・在り方をすること。正理に反すること。
②背喪…肉身の者の期待に背いて死ぬこと。
③孤露…みなし子。親がいないこと。露はむきだしの意。
久遠の仏を知らない迷いの衆生を孤児に譬えたもの。
④恃怙…頼りとするところ。よりどころ。
【真読】
常懐悲感。心遂醒悟。乃知此薬。色香美味。即取服之。毒病皆愈。其父聞子。悉已得差。尋便来帰。咸使見之。諸善男子。於意云何。頗有人能。説此良医。虚妄罪不。不也。 世尊。仏言。我亦如是。成仏已来。無量無辺。 百千万億。那由他阿僧祇劫。為衆生故。以方便力。言当滅度。亦無有能。如法説我。虚妄過者。
【訓読】
常に悲感を懐いて、心遂に①醒悟しぬ。乃ち此の薬の色香美味を知って、即ち取って之を服するに、毒の病皆愈ゆ。其の父、子悉く已に差ゆることを得つと聞いて、尋いで便ち来り帰って、咸く之に見えしむ。諸の善男子、意に於て如何。頗し人の、能く此の良医の虚妄の罪を説く有らんや不や、不なり、世尊。仏の言わく。我も亦是の如し。成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫なり。衆生の為の故に、方便力を以て、当に滅度すべしと言う。亦能く法の如く、我が②虚妄の過を説く者有ること無けん。
【通釈】子供たちは、こうして常に悲しみの感情にさいなまされたが、その末、ついに覚醒し、本心を取り戻したのである。そして、この良薬の色・香り・味わいの優れたことを知り、すぐにこれを取って服用したところ、毒病はことごとく快癒したのである。その父は、子供たちが皆、本復することを得たと聞いて直ちに帰り、子供たちの前にその姿を見せたのであり。すべての清浄なる者たちよ、この話を、汝らの心で、どのように受け止めるのであろうか。だれであれ、強いてこの良医に虚妄の罪があると非難する人があろうか、なかろうか」。
会座の聴衆は答えた。「いいえ、ありません、世尊よ」。
仏は仰せになった。「私もまた、この良医と同様である。私が成仏してからこれまで、無量無辺百千万億那由他阿僧祇劫にもなる。衆生を教化するためにこそ、方便の力を用いて『まさに滅度するであろう』と述べるのである。しかしまた、こうした道理の上から、私に。虚妄の罪を問う者はけっしていないであろう」と。
【語句解釈】
①醒悟…煩悩の迷いから醒めて、本心に立ちかえること。
②虚妄…真実でないこと。いつわり。
【真読】
爾時世尊。欲重宣此義。而説偈言。
自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇 常説法教化 無数億衆生 令入於仏道 爾来無量劫 為度衆生故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法 我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見
【訓読】
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
我仏を得てより来経たる所の諸の劫数
無量百千万億載阿僧祇なり
常に法を説いて無数億の衆生を教化して
仏道に入らしむ爾しより来無量劫なり
衆生を度せんが為の故に方便して①涅槃を現ず
而も実には②滅度せず常に此に住して法を説く
我常に此に住すれども諸の③神通力を以て
顛倒の衆生をして近しと雖も而も見えざらむ
【通釈】
時に世尊は、重ねてこの意義を明らかにしようとして、宣べんと欲して、偈(詩文)をもって説かれた。
「私が仏果を得てから、これまでに経過した多くの劫数は、無量百千万億載阿僧祇にもなる。常に法を説いて無数億もの衆生を教化し、仏道に誘導してきた。これまでに無量劫を経ている。衆生を救済するためにこそ、方便として涅槃の相を現すのである。しかし、真実には滅度するのではなく、常にこの娑婆世界に住して、法を説いている。 私は常にここに住しているが、 あらゆる神通力を用いて、悪業によって真実を見誤っている衆生に対し、近くに私がいても見えないようにしているのである。
【語句解釈】
①涅槃…仏の入滅のこと。
②滅度…涅槃のこと。入滅すること。
③神通力…神秘的な感応の力。神通・通力ともいう。仏・菩薩・阿羅漢などが具えているとされ、五神通・六神通などの種類がある。
【真読】
衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山 我時語衆生 常在此不滅 以方便力故 現有滅不滅 余国有衆生 恭敬信楽者 我復於彼中 為説無上法
【訓読】
衆我が滅度を見て広く①舎利を供養し
咸く皆恋慕を懐いて渇仰の心を生ず
衆生既に信伏し②質直にして意柔軟に
一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず
時に我及び衆僧倶に③霊鷲山に出ず
我時に衆生を語る常に此に在って滅せず
方便力を以ての故に滅不滅有りと現ず
余国に衆生の恭敬し信楽する者有れば
我復彼の中に於て為に④無上の法を説く
【通釈】
衆生は、私の入滅度を見たならば、多様を尽くして仏舎利を供養し、そしてあらゆる人々が皆、心から仏を慕う思いを懐き、熱く求めて仰ぎ敬う心を生ずるであろう。衆生が、こうして仏に信伏し、極めて素直で柔和な心をもって、一心に仏を拝見しようと願い、自ら身命すら惜しまなくなったならば、時に応じて、私は多くの弟子たちと共に、霊鷲山に出現するのである。その時に、私は衆生に語るであろう。『私は、常にこの娑婆世界にあって滅することがない。ただ方便の力用によって、滅・不滅の相があること現すのである』と。また娑婆世界以外の国々においても、私を心から敬い、信じ求め者がいたならば、私はまた、かの国土に出現し、その人たちのために無上真実の法を説くのである。
【語句解釈】
①舎利…仏の遺骨。仏舎利。塔に納めて供養し、信仰の対象とした。舎利には仏の肉身の遺体を指す生身の舎利と、仏の遺した教法・教典を指す法身の舎利の二種がある。この二種の舎利に、またそれぞれ全身と砕身の区別がある。
②質直…誠実で正直なこと。素直なこと。
③霊鷲山…中インド、摩訶提国の首都・王舎城の北東にあり、釈尊が法華経などを説いた山。耆闍崛山、霊山ともいう。
④無上…この上もないこと。最もすぐれたこと。最上の意。
【真読】
汝等不聞此 但謂我滅度 我見諸衆生 没在於苦海 故不為現身 令其生渇仰 因其心恋慕 乃出為説法 神通力如是 於阿僧祇劫 常在霊鷲山 及余諸住処 衆生見劫尽 大火所焼時 我此土安穏 天人常充満
【訓読】
汝等此を聞かずして但我滅度すと謂えり
我諸の衆生を見るに①苦海に没在せり
故に為に身を現ぜずして其れをして渇仰を生ぜしむ
其の心の恋慕するに因って乃ち出でて為に法を説く
神通力是の如し②阿僧祇劫に於て
常に霊鷲山及び余の諸の住処に在り
衆生③劫尽きて大火に焼かるると見る時も
我が此の土は安穏にして天人常に充満せり
【通釈】
汝らはこのことを聞かずに、ただ私が滅度すると思っている。私があらゆる衆生を見わたすところ、みな苦悩の生死海にうずもれている。このため、私は、わざと身を現さず、その者たちに、仏を熱く求めて仰ぎ敬う心を生じさせる。そして心からあこがれ仏を慕ったとき、はじめて身を現して、その者たちのために法を説くのである。仏の神通力とは、まさにこうしたものである。阿僧祇劫もの長時にわたって、私は霊鷲山をはじめ、その他のあらゆる国土に住している。衆生にとっては、住劫が尽きて壊劫に入り、世の一切が大火に焼かれて滅尽するとみえる時でも、私が住するこの仏国土は安穏であり、天の諸神や清浄な人々で充ち満ちている。
【語句解釈】
①苦海…生死、苦悩が海のように果てしなく広がっている世界。
②阿僧祇劫…数えることのできない長い期間のこと。
③劫…四劫中の住劫のこと。四劫とは四種の時劫のことで、一世界が成立し、継続、破壊を経て次に成立するまでを、成・住・壊・空の四期に分けたもの。四劫が一度輪廻する期間を一大劫という、成・住・壊・空の四劫の各々を中劫といい、それぞれ二十小劫から成る。
【真読】
園林諸堂閣 種種宝荘厳 宝樹多華果 衆生所遊楽 諸天撃天鼓 常作衆妓楽 雨曼陀羅華 散仏及大衆 我浄土不毀 而衆見焼尽 憂怖諸苦悩 如是悉充満 是諸罪衆生 以悪業因縁 過阿僧祇劫 不聞三宝名
【訓読】
園林諸の堂閣種種の宝をもって荘厳し、
宝樹華果多くして衆生の①遊楽する所なり
諸天天の鼓を撃って常に衆の②伎楽を作し
③曼陀羅華を雨らして仏及び大衆に散ず
我が浄土は毀れざるに而も衆は焼け尽きて
④憂怖諸の苦悩是の如く悉く充満せりと見る
是の諸の罪の衆生は⑤悪業の因縁を以て
阿僧祇劫を過ぐれども三宝の名を聞かず
【通釈】 仏国土の園や林、あらゆる堂宇・楼閣は、種種な宝をもって荘厳され、七宝で飾られた樹木には、多くの華が咲き、果を結んで、衆生が遊楽する場所となっている。諸天善神は、天の鼓を打ち鳴らして常に様々な音楽を奏(かな)で、また曼陀羅華を雨らして、仏をはじめ大衆に散じ、供養している。我が浄土は、 このように常住で壊れないにもかかわらず、 衆生には、世界が焼け尽きて、憂いや怖れ、あらゆる苦悩が、こんなにも満ちあふれていると見えるのである。こうしたすべての罪多き衆生は悪業の因縁によって、阿僧祇劫もの長時が経過しようとも、仏法僧の三宝の名前すら聞くことができない。
【語句解釈】
①遊楽…遊び楽しむこと。仏法を敬愛し、善を行ない、徳を積んで自ら楽しむ法楽の意。
②伎楽…天人の奏でる音楽。
③曼陀羅華…天上界から降ってくる美妙な華。四種の蓮華、すなわち曼陀羅華・摩訶曼陀羅華・曼珠紗華の一つ。
④憂怖…憂い怖れる念い。
⑤悪業…苦果を招く身口意の三業による悪しき行為、とりわけ謗法の悪業を指す。
【真読】
諸有修功徳 柔和質直者 則皆見我身 在此而説法 或時為此衆 説仏寿無量 久乃見仏者 為説仏難値 我智力如是 慧光照無量 寿命無数劫 久修業諸得 汝等有智者 勿於此生疑 当断令永尽 仏語実不虚
【訓読】
諸の有らゆる功徳を修し柔和質直なる者は
則ち皆我が身此に在って法を説くと見る
或時は此の衆の為に仏寿無量なりと説く
久しくあって乃し仏を見たてまつる者はには為に仏には値い難しと説く
我が①智力是の如し②慧光照すこと無量に
寿命無数劫なり久しく業を修して得る所なり
汝等智有らん者此に於て疑を生ずること勿れ
当に断じて永く尽きしむべし仏語は実にして虚しからず
【通釈】
それに対し、あらゆる功徳を修め、柔和で正直な者にとっては、皆、私の身相がここにあって、法を説いていると見える。そこで、私は、ある時をには、こうした衆生のために『仏の寿命は無量である』と説き、また久しい時を経てようやく仏を拝見した者たちには『仏には非常に値いがたい』と説くのである。私の智慧の力は、まさにこうしたものである。その智慧の光明が照らすところは無量であり、その智慧の寿命は無数劫にもわたる。それは久しく修業(菩薩道)を修して得た果報である。汝らよ、智慧明らかな者たちよ、このことに対して疑いを生じてはならない。まさに疑いを残すところなく、永遠に断じ尽くしなさい。仏の語るところは、すべて真実であって、わずかの虚妄もない。
【語句解釈】
①智力…仏の智慧の力。
②慧光…智慧の光明。
【真読】
如医善方便 為治狂子故 実在而言死 無能説虚妄 我亦為世父 救諸苦患者 為凡夫顛倒 実在而言滅 以常見我故 而生憍恣心 放逸著五欲 堕於悪道中 我常知衆生 行道不行道 随応所可度 為説種種法 毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身
【訓読】
医の善き方便をもって狂子を治せんが為の故に
実には在れども而も死すと言うに能く虚妄と説くもの無きが如く
我も亦為れ世の父諸の①苦患を救う者なり
凡夫の顛倒せるを為て実には在れども而も滅すと言う
常に我を見るを以ての故に而も憍恣の心を生じ
③放逸にして五欲に著し悪道の中に堕ちなん
我常に衆生の道を行じ道を行ぜらるを知って
応に度すべき所に随って為に種種の法を説く
毎に自ら是の念を作さく何を以てか衆生をして
無上道に入り速かに仏身を成就することを得せしめんと
【通釈】
良医が巧みな方便を用いて、毒病に冒され、本心を失った子たちを治療させるために、実際には生きているのに『父は死んだ』と伝言させたことについて、あえて虚妄だと非難する者がないのと同様に、私もまた、世の一切衆生の父であり、あらゆる苦悩や病患から救済する者である。凡夫が見誤って道理に背いていることにより、真実には世に存在しているのに、あえて『滅度する』と私は説くのである。そうでなければ常に私を見ることによって、かえってほしいままに憍り高ぶり、勝手気ままに振る舞って五欲にふけり、悪道に堕落していくであろう。私は、常に、衆生のなかに、仏道を修行する者と修行しない者とを知り、またそれぞれの救済すべき方途に従って、種種の法を説くのである。私は、常に念いめぐらしている。『どのようにしたら、あらゆる衆生が無上菩提の道へ入り、それぞれ速やかに仏身を成就することができるであろうか』と」。
【語句解釈】
①苦患…悩み。苦しみ。
②放逸…わがままなこと。勝手気ままなこと。
③五欲…五種の欲望のこと。眼・耳・鼻・舌・身の五種が、色・声・香・味・触の五境を対境として起こす欲。