日蓮正宗のススメ

凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。

質問集:信心をしている人でも癌等の重病になるのはなぜ?

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これは、妙観講々頭の大草一男氏が当宗の伝統教義と自らの実証体験の上から、二万を超える講員の種々の質問に対して回答してきた代表的な事項をまとめ、質問会集として本となったものを、題目ごとにアップしているものです。 

様々なカテゴリーでもありますが、「法華講員基礎教学」などとあわせて、これからも随時アップしていきますので、読み進めて頂けると、一般の方の真実の仏法の教学も進み正しきことがなんなのか見えてくるものと思います。

はじめに、この本の頭に載っています日顕上人のお言葉をアップします。 

・近代教育を受け、「身見(しんけん)」「辺見(へんけん)」「邪見(じゃけん)」等の思想により、仏法に疑問を生じ易き人々への、好用(こうよう)の指導開眼(かいげん)の書として、この真価を発揮するものと存します。 

問題が、仏法直示(ちょくじ)の内容よりあらゆる社会生活の中の高度な事項にわたっており、これを仏法教理の本筋より明確に論断せられた事は、まことに素晴らしいことでした。 

・人生と仏法に関する質問

信心をしている人でも、ガン等の重病になる場合があるのは、どうしてですか。

信心をしている人の中にも、ガン等を発症するケースがあります。 

なぜかといえば、我々は正法に入信する以前に、すでに今生(こんじょう)あるいは過去世において、謗法の罪業を作ってしまっており、その罪業を消し果てていないために今生で業病を発(おこ)すことがあるからです。 

ここで業病というのは、過去に作ってしまった悪業を原因として発症する病気をいいます。 

生命に刻まれた業が原因となって起きているわけですから、その業が消滅しない限り治癒することは難しく、今世における医学的な治療だけでは治すことが困難なのです。 

具体的にいいますと、ガンとか白血病・リウマチ等のように、現代医学において未だ原因が解明されておらず、治療法も確立できない病気の多くが業病である、といえます。 

また大聖人は、

「業病に軽有り重有り、多少定まらず。就中(なかんずく)法華(ほっけ)誹謗(ひぼう)の業病最も第一なり。親農(しんのう)・黄帝(こうてい)・華陀(かだ)・へんじゃくも手をこまねき、持水(じすい)・流水(るすい)・ぎば・ゆいま、も口を閉づ。ただ、釈尊一仏の妙経の良薬に限って之を治す」

と仰せられて、 

業病といっても業の軽重によって違いがあり、その中でも、謗法の罪業を原因として発症する業病は、まったく医学で治癒することができない、とされています。 

翻って、一概にガンといいましても、早期発見で克服できたり、きわめて進行の早いスキルス性のガン等のように、医学では手に負えない、助かる見込みがないガンもありますが、こうしたケースは、ほぼ余命も定まってしまっており、明らかに謗法の罪業によって発症している、ということになります。 

このように深刻な病を引き起す謗法の罪業について、大聖人は、「滅し難き者は法華経誹謗の罪なり」と仰せられ、他の悪業は、いろいろな善行をつくることによって消えていくこともありますが、容易に消すことのできないのが謗法の罪業である、と仰せられています。 

たとえば、水銀はいったん体内にはいってしまうと、排泄されることなく体内に蓄積されて、命をむしばんでいきます。 

それと同じように、謗法の罪業というものは、生命の奥低に刻み付けられ、たとえ死をへて新たな生を受けても、なお消えることがない。 

それほど謗法の罪は重いのである、と教えられているのです。 

ですから、その謗法の果報として病が起きてくるときには、業病の中でもはなはだ重篤なものとなりましょう。 

「大田入道殿御返事」を拝しますと、大田殿が業病を発症したことが述べられています。 

その時、大田殿は大聖人に帰依して18年を経過しておりました。 

しかし、大聖人は、

「身は邪家に処して年久しく、心は邪師に染みて月重なる。たとひ大山はくずるるとも、設ひ大海は乾くとも此の罪消え難きか。しかりといえども宿縁(しゅくえん)の催(もよお)す所、又今生(こんじょう)に慈悲のくんずる所、在(そん)の外に貧道に値遇(ちぐう)して改悔(かいげ)を発起する故に、未来の苦を償い現在にきょうそう出現せるか。」

すなわち、代々の宗旨であった「真言宗」を信奉(しんぼう)してきた謗法の罪業が、

入信して18年をへてもまだ消えることなく残っており、それが絞り出されて業病となって現れたのである、と示されています。 

謗法の罪はそれまでに重いのであり、正法に入信したといっても、これを一朝一夕に消し去ることができないのです。 

ですから、信心をしている人がガン等の業病になることがあるのです。 

では、信心していても、謗法による業病を乗り越えることはできないのか、といえば、そうではありません。 

その消し難い謗法の罪障を消滅すべく、硬く大聖人の正法を信じ奉り、よくよく懺悔して信心に励むならば、「業病も治る」「定まった命も延びる」という大利益を得ることができます。 

大聖人は、業病を発症した太田殿に対し、 

「この禅門のあくそうは、ただ謗法の一科なり。所持の妙法は月愛に超過す、あにきょうそうを癒して長寿を招かざらんや。このことばのしるし無くんば声をおこして叫喚せよ。一切世間の眼(まなこ)は大妄語(もうご)の人、一乗妙経は綺語(きご)の典、名を惜しみたまはい世尊はしるしをあらはし、誓いを恐れたまはい諸の賢聖は来たり護りたまへと。」 

と仰せられ、強盛な信心の功徳によって、必ず罪障を消滅させて命を長らえることができる、と断言あそばされています。 

したがって、信心していても業病を発症することがありますが、必ず克服していくことができるのです。

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