日蓮正宗のススメ

法華講員のブログ

質問集:業病を信心でなおせるのか。

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入信すれば、諸処の業病であっても治せるのでしょうか。

大聖人は、富木尼御前(ときあまごぜん)が病気になったとき、

「病なき人も無常まのがれがたし。ただしとしのはてにはあらず。法華経の行者なり。非業の死にはあるべからず。よも業病にては候はじ。たとひ業病なりとも、法華経の御力たのもし。阿闍世(あじゃせ)王は法華経をたもちて四十年の命をのべ、陳臣(ちんしん)は十五年の命をのべたり」

あなたは、これまでに熱心に法華経の修行に励んできたのだから、よもや業病ではあるまい。もし業病だったとしても、法華経の功徳で必ず治癒できるであろう。とされて、病を乗り越えていく信心のあり方を指南されています。 

それは、

「尼ごぜん又法華経の行者なり。御信心は月のまさるがごとく、しをのみつがごとし。いかでか病も失せ、いのちものびざるべきと強盛にをぼしめし、身を持し、心に物をなげかざれ」

つまり、必ず病を克服できて命も延ばせる、と強く確信して、心に愚痴や嘆きを抱くことなく、身を惜しまず信心修行に励むことを、ご教示くださっているのです。 

さらに業病を治癒するための信心の在り方について、他の語金言も拝していきます。

 そもそも業病は過去の罪業によって起きてくる病気ですから、これを克服するには過去の罪業を消滅させる以外にありません。 

では、どのようにして罪業を消滅したらよいのか。ということについて大聖人は、

「小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬかれず。大逆なれども懺悔すればつみきへぬ。」 

「業に二あり。一には、定業(じょうごう)、二には不定業(ふじょうごう)。定業すらよくよく懺悔すれば必ず消滅す」

と示されています。

自分自身が過去に犯してきた謗法の罪障を、ご本尊に懺悔して心の底から滅罪を祈るならば、その罪業を消滅することができ、業病が治癒して、業によって定まっていた寿命すらも延ばすことができる、というのです。 

さらに大聖人は、この「よくよく懺悔」するという実践の方途を、御自らの身にあてて次のように仰せられています。 

日蓮法華経の明鏡をもて自身に引き向かへたるにすべてくもりなし。過去の謗法の我が身にある事疑ひなし。この罪を今生に消さずば未来にいかでか時刻の苦をば免(まぬか)るべき。過去遠々(おんのん)の重罪をばいかにしてか皆集めて今生に消滅して未来の大苦を免れんとかんがへしに、当世時に当たって謗法の人々国々に充満せり。その上、国主すでに第一の誹謗の人なり。この時この重罪を消さずばいつの時をか期(ご)すべき。日蓮が小身を日本国に打ち覆ふてのえしらば、無量無辺の邪法の四衆(ししゅう)等、無量無辺の口をえて一時にそしるべし。その時に国主は謗法の僧等が方人(かたうど)として日蓮を怨(あだ)み、あるいは首をはね、あるいは流罪におこなふべし。度々かかる事出来(しゅったい)せば無量劫(こう)の重罪一生の内に消えなんとくわだてたる大術少しも違(たが)ふ事なく、かかる身となれば所願も満足なるべし。」 

徹底して折伏を行じて、縁ある人から日本中の人々をことごとく折伏していく、その結果、大小の方難が競い起こるほどに折伏にはげむなら、いかなる罪障も消滅するであろう、との仰せです。 

以上、いくつかの御金言を拝してみますと、罪障消滅をするためのおおむねは、懺悔罪業を願っての身を惜しまぬ唱題と、強盛な折伏の実践であり、これを行ずることによって、業病を治癒することができる、といえましょう。 

さらに言うならば、業病の克服については、各人が積んできた功徳と、刻みつけている罪業の重さによって違いが生じます。

 大聖人は、業病を発祥した大田殿に対し、必ず治ると仰せられています。それは、大田殿が十八年もの間、強盛に信心に励んでおり、それだけの功徳を積んできたという前提があって、必ず、「きょうそうを癒して長寿を招かざらんや」と断言せられたのです。 

また、長く信心してきた富木尼御前が重い病気にかかったときも、「いかでか病も失せ、いのちものびざるべき」と強く仰せられています。 

これらは、いずれも長い間、強盛に信心してきた人々についての御教示です。 

では、業病になってから入信してきた場合、あるいは入信して間もないときに業病を発症した場合、全く同じことがいえるかといえば、厳しい面があるでしょう。 

これまでに積んだ功徳に違いがあるからです。 

しかし、それでもご本尊の功徳は絶大であり、その功徳が誰人の上にも降り注いでいることは違いありませんから、真剣に唱題し折伏を行じていくならば、どのくらいかかるかは別として、必ず罪障は消滅していきます。 

その結果、、死すべきところを延命できたり、大変な苦しみを受けるところを苦しまずに済む、といった様々な現証が現れてきます。 

ですから、いまから入信しても手遅れだ、などと思うのは間違いです。 

たとえ入信して日が浅くても、またこれから入信してくる場合でも、真剣に懺悔滅罪を祈るなら、その功徳に応じた果報というものが必ず得られるのであり、それがその本人にとっての最善最良の結果なのです。 

まあ、我々は、自分にどれだけの業があるかをしることは出来ません。

自分の罪業が思ったよりも軽ければ、業病を発症してからの入信だったとしても、罪障を消滅して現身に業病を完治できる、という場合もありましょう。

現にそういう体験を持つ人達がいるのも事実です。 

ですから、一人ひとり、命に刻まれた業も違えば、積んだ功徳も違います。 

当然、結果も異なって、一律、同じになりません。 

一律ではないとっても、積んだ功徳に応じて罪障消滅の功徳が現れる、ということは間違いないのであります。

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