日蓮正宗のすすめ

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自分の眷属妙を知る:凡そ成仏とは、我が身を知るを仏に成るとは申すなり。(自分を知るという試み)

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自分が誰だか分からなきゃ、成仏はできないぜ

凡そ成仏とは、我が身を知るを仏に成るとは申すなり。我が身を知るとは、本よりの仏と知るを云ふなり。一切衆生螻蟻蚊虻まで生を受くる程のもの、身体は六根・六境・六識の十八界をもて組み立てたる身なり。此の衆生は五陰和合の身なり。釈に云はく「五陰和合を名づけて衆生と為す」と。此の五陰は十二因縁なる故なり。(十二因縁御書53㌻)

末法は本未有善の衆生が生まれてくるって聞かされてるじゃない?

だから、下種仏法で心田に仏種を植えなきゃいけませんよってね。

でもこれは総じての話なわけ。

仏法ってのはいつも、二義が存在するのよ。

二義ってのは、総別の二義、義事の二義、一再の二義などなど。。

分かりやすく言うと、方便と真相かな。

このブログを読みに来てくれているあなたは、日蓮正宗信徒か創価民か顕正民か、もしくは、そのいずれでもないか。。。それは、僕には分からないけれど、自分の前世からの因縁について考えてみるのも一興かもしれない。

目次

1 まずは、御供養と思って

日蓮正宗では、日顕上人様の御尽力によって多くの書籍が刊行されている。

ありがたいことだよね。

創価に蹂躙されてた時は、創価の儲けになるように奴らの本しか手に入らなかった。

創価の本は、独自の解釈を施した、なんとなく教学書だったんだ。

分かりやすい面もあったけど、外道義解釈が多かった。

祖道の恢復を願った日顕上人様が、英断によって破門した後、池田に憚ることなく御書を筆頭に多くの書籍が刊行された。

教学研鑽は本当の意味での、来世に通じる成仏を果たすためにも必要だし、御供養にも繋がる有難い修行だと思うよ。

まずは、以下の書籍を未購入の方はコチラ↓↓↓↓↓から購入してほしい。 

平成新編 日蓮大聖人御書(大石寺)

日蓮正宗要義 改訂版

三大秘法義

百六箇種脱對見拜述記

2 日顕上人様の出世の本懐

在家の分際で!

そんな声が聞こえてきそうだね。

でも、言わせてもらうよ。

日顕上人様は創価を斬るためだけにお生まれになったんじゃない。

三義書を著すためにお生まれになったんだ。

遣使還告さ。

大聖人様は、大石寺の奉安堂にて常住此説法(じょうじゅうしせっぽう)されているんだけど、時宜におうじてお使いを遣わされてくださるんだ。

その時、魔も同時に生じてくるんだけどね。

衆生に伝えなくてはいけない大事なことを、お使いの方に代弁させるわけ。

そして、現代においては三義書なのさ。

  1. 日蓮正宗要義 改訂版
  2. 三大秘法義
  3. 百六箇種脱對見拜述記(種脱義)

三義書も1~3に向けて内容が深まっていく。

1は創価教学に汚された宗門教学を祖道に払拭される役目と、入門書的位置づけ。難しいけどね。正宗と異流儀ではレベルが違うからしかたないのさ。

2の主眼は、大御本尊様の証明だよね。御本尊様の相貌[そうみょう](おすがた)と、大聖人様の御化導の推移がリンクしていることを明かされた。

3は現時点での公開されている相伝教学の究極だよね。大聖人様の仏法とは何か?っていうことをあらゆる角度から、人語に膾炙可能な限り敷衍されているのさ。まさに、日顕上人様の本懐の書だと、僕は拝しているんだ。

3 百六箇種脱對見拜述記の眷属妙から読んでみな

百六箇種脱對見拜述記は、項目別に書かれているから、疑問点から読んでいくことも可能なんだよ。

ハッとっさせられるぜ。

395㌻に5種の眷属がいることが書かれている。

  1. 理生眷属
  2. 業生眷属
  3. 願生眷属
  4. 神通生眷属
  5. 応生眷属

さ。これも1から順番に位があがる。

脱益の眷属妙の話で、下種仏法では一往、1と5のみになるんだよ。末法の地球には、仏様と素凡夫(本未有善・理生眷属)と地涌の菩薩の三種の衆生しかいないわけだからね。一往は。

そうなんだけど、ここに相待妙・絶待妙(そうたいみょう・ぜったいみょう)の会通が加わると、様相が変化してくるって話。

417㌻に詳細が書かれているから確認してみてほしい。

だから、眷属妙はおもしろいんだ。

これで、宿縁深厚の士の存在が矛盾なくわかるようになるよ。

そして、地涌の菩薩の意味もね。

因果俱時不思議の一法さ。

今の法華講員は、縁の厚薄はあれども、御本尊様に縁が叶って、理生眷属から業生眷属にステップアップしてる人々なんだって気づくよね、、、たぶん。

釈迦仏法みたく歴劫修行(りゃっこうしゅぎょう)するんじゃなく、在在諸仏土常与師俱生(ざいざいしょぶつどじょうよしくしょう)「在在諸仏の土に常に師と倶に生れん」しながら、正法の修行をして境涯を高めていくループに入っているんだと思う。

だってさ、仏様は戒壇の大御本尊様のことだし、師ってのは猊下様のことでしょ。

だから、この地球の日本に生まれてくるってことじゃん。って思う。

だから、少しでも次は、願生眷属・神通生眷属・応生眷属になって、今世よりは今一重の使命をいただいて生まれてきましょ。

お互いに、頑張りまっしょい!

是非、買って読んでね。

4 在在諸仏の土に常に師と倶に生れん、と説いた「最蓮房御返事」

経の文には「在々諸仏の土に、常に師と倶に生まれん」とも、或は「若し法師に親近せば速やかに菩薩の道を得ん。是の師に随順して学せば恒沙の仏を見たてまつることを得ん」とも云へり。釈には「本此の仏に従って初めて道心を発こし、亦此の仏に従って不退地に住せん」とも、或は云はく「此の仏菩薩に従って結縁し、還って此の仏菩薩に於て成就す」とも云へり。此の経釈を案ずるに、過去無量劫より已来師弟の契約有りしか。我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ、忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事、是偏に過去の宿習なるか。(最蓮房御返事585㌻)

何となくとも貴辺に去ぬる二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ。結句は卯月八日夜半寅の時に妙法の本円戒を以て受職灌頂せしめ奉る者なり。此の受職を得るの人争でか現在なりとも妙覚の仏を成ぜざらん。若し今生妙覚ならば後生豈等覚等の因分ならんや。実に無始曠劫の契約、常与師倶生の理ならば、日蓮今度成仏せんに貴辺豈相離れて悪趣に堕在したまふべきや。(最蓮房御返事587㌻)

本抄は、当時大聖人と同様に佐渡流罪になっていた天台宗の学僧・最蓮房に与えられたご消息文です。
最蓮房はこの年の一月十六日に行われた「塚原問答」での大聖人の振る舞いに心を動かされます。

四月八日に大聖人より本門妙法の受戒をうけ日浄の名を賜っておられます。本抄で大聖人は法華経 化城諭品第七をひいて「在在諸仏の土に常に師と倶に生れん」と記し、さらに「我等末法濁世に於て生を南閻浮提大日本国にうけ、忝くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持ち手に翫ぶ事、是れ偏に過去の宿習なるか」と、自らが末法の本仏であることを示唆するとともに、日蓮と最蓮房は過去世の深い宿習があってともに佐渡に流され再び今是に見えたと師弟の契を示しておられます。また文末では「余りにうれしく候へば契約一つ申し候はん<中略>日蓮先立つてゆり候いて鎌倉へ帰り候はば、貴辺をも天に申して古京へ帰し奉る可く候」と、最蓮房を励ましておられます。事実、大聖人が翌翌年の文永十一年三月八日に赦免状が佐渡に届き、同月二十五日に鎌倉に帰還されますが最蓮房も翌年佐渡流罪を赦免されておられます。

大聖人様と過去から因縁のある方は、本未有善ではないということでしょうかね。

百六箇種脱對見拜述記 

百六箇種脱對見拜述記

百六箇種脱對見拜述記