日蓮正宗のススメ

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結婚だけは言い訳ができない:信心していても不幸になる人の特徴とは?

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結婚に妥協は付き物ですか?

妥協(だきょう、英語 compromise)とは、何かの物事を進めるにあたって、関係する双方の意見が食い違い、そのままではそれ以上の進展が望めそうもないときに、いずれか一方が自身の意見を取り下げたり、あるいは双方が互いに相手の意見を一部容認して、歩み寄りして、問題の打開を図ること。

正しい信心を長年しているのに、一向にその人の状況が良くなっていない、もしくは悪くなっているような人を見かけることがあります。

そういった方の特徴として多いのは、功徳乞食さん。信心を利用して、自分の人生にうまい話を棚ボタゲットしようとしている人。

多いですね。創価民・顕正民あがりの人は、大抵これです。かくいう私もそうでした。狂ったように登山してみたり、寺でこれ見よがしに唱題してみてたり。今思うと恥ずかしい限りです。

そんな心根のうちは功徳なんて出ませんし、罪障消滅も怪しい限りです。でも、動機が不純でも辛抱強く善知識に縁していけば、ハッと気づくこともあります。気づいて、信心姿勢を改めていけば、乞食信心で積んだ功徳も一気に御利益として顕現することもあります。

問題なのは、もう一つの特徴。結婚で妥協した人。これは、取り返しのつかないようなダメージを被ることもあります。

今日はこの、人生を左右する問題について、私の考えを述べてみたいと思います。

目次

1.自分が日蓮正宗信徒であるのに〇〇なパターン

最悪なのは、女性が謗法の男に嫁ぐこと

私が知っている中でも最悪だと思った例が2つあります。

一つ目は、先祖代々剛信な法華講員の家庭に生まれ育ち、自分自身も信心があり、教学も研鑽し、寺院で役職もいただいていた方のお話です。仮にQさんとします。

Qさんのお母様は、寺院の有力信徒。

Qさんは二人姉弟で、弟さんも熱心に信心をしておられます。弟さんは社会的にも地位の高い方で、いわゆる最近はやりの上級国民であらせられます。地元に凱旋されたときは、必ず菩提寺を参詣され、御講などの時に重なれば、住職さんから信徒に紹介され、世法での栄達と仏法の関係について、御自身の体験を語ってくださいます。

一方、Qさんは、専業主婦。かつては、キャリアウーマンとして活躍されていたという話も聞いたことがあります。

11年前に私が入信した時には、家庭に入られていました。偶然、Qさんの旦那さんと私は既知の間柄だったのですが(田舎は世間が狭いですからね)、それを知った時、私は心中「!!!!」となったものでした。

なぜなら、Qさんの夫は筋金入りの唯物論者だったからです。いわゆるマルキシスト*1だったからです。ソ連崩壊前の日本には、若者を中心に大勢いましたね。知識人≒マルキストのような状況でした。

単なる無信仰とは違います。むしろ、唯物論宗教の信者ですわ。

どんなご縁でQさんがその人と知り合ったのか、そして、結婚に至ったのかは謎です。

Qさんのお母さんが健在だった時は、旦那さんも時々寺の駐車場までは来ていました。家族の参詣のアッシーをしていたんです。最近は、一切見かけませんが。

夫がアッシー信者ってのも、うちの寺院には多いです。

Qさんとは何度か会話をしたことがありますが、常々、なんか様子がおかしいなと感じていました。ある時、別の法華講員との話題で、Qさんのことが出たときに、「Qさんは統合失調症なの」というワードが。。。

私はまたもや「!!!!」絶句。

統合失調症*2とは、また象徴的な。。。そんな風に思ったものです。

昔はこの病気、精神分裂病と呼ばれました。こっちのほうが正確な名前です。人格が分裂しちゃうんですよ。症状が進行すると、自分が生み出した人格が現実世界に見えるようになり、その実在しない人間と会話するようになります。相手の声は第三者には聞こえませんし、姿も見えませんが、一方的とは言え、上手に会話しているのを見たことがあります。当人の中では、他人と会話しているんです。

されば釈迦仏は賞罰たゞしき仏なり。(四条金吾殿御返事1178㌻)

の御金言が、心に浮かんでまいりました。

統合失調症はうそつきという意味の二重人格ではありません。多重人格症とも違います。心が分裂するんです。信心をしているのに、信心をしていない人と妥協して結婚した罪によって。本当におそろしいですね。

遺伝的要因で発症する方もいます。業病の典型ですが、過去世の宿業でなったものなら、信心で治るかもしれません。しかし、自分が信心していながら、一闡提人を配偶者に選ぶことの愚かさよ。。。

但し信心のよはきものをば、法華経を持つ女人なれどもすつるとみへて候。例せば大将軍心ゆわければしたがふものもかいなし。ゆみゆわければつるゆるし、風ゆるなればなみちひさきはじねんのだうりなり。(四条金吾殿女房御返事757㌻)

Qさんの娘さんが成長して信心を励んでいるそうです。娘さんがお父さんを折伏して、日蓮正宗に帰依させることが出来れば、Qさんの病気も緩解するかもしれませんね。

逆切れなんてもってのほか

もう一人の方は、パニック障害*3になってしまった方の例。

仮にPさんとします。

Pさんは、私の幼馴染。

子供の時は、お寺でPさんのお兄ちゃんと一緒に遊んだりしてました。

私は、創価~顕正と遍歴して現在に至りましたが、Pさんはずっと法華講にいたはずです。Pさんのお母さんも、熱心な信者さんで死病を克服した体験を、私は間近に見せていただきました。

しかし、Pさんも信心をしていない男性と結婚し、相手方の両親と同居していたそうです。

なんで?

って思うのは意地悪なんですかね?

結果は目に見えているのに。

案の定、信心を反対され、御仏壇や御本尊様を置くのも文句を言われるように。。。

なんと、Pさんは、あろうことか御本尊様が守ってくれないことに腹を立て、御不敬*4をしてしまったようです。おいおい。

私の話を聴いてくれて、7年前くらいから信心を取り戻し、離婚して再起を目指しております。徐々に良くなっていっているので、ホッとしております。

2 お互いが信心しているパターンもあります。

計算高い結婚はだめよーだめだめ

先の二つの例とは逆に、お互いが法華講員同士で結婚しているのに。。。 

そんな例も結構あります。

これは、奥が深いというか、計算高いというか。。

そう、折伏決めて結婚できないなら、信心している者同士で結婚しちゃえばいいじゃん!

いいこと思いついた?って。。。

ダメですよ。

ダメに決まってるじゃないですか。

打算なんて。

日蓮御房は師匠にてはおはせども余りにこはし。我等はやはらかに法華経を弘むべしと云はんは、蛍火が日月をわらひ、蟻塚が華山を下し、井江が河海をあなづり、烏鵲が鸞鳳をわらふなるべし、わらふなるべし。南無妙法蓮華経。(佐渡御書583㌻)

計我*5謗法ですやん。

うちの寺でも何組かいて、全員離婚しました。

鴛鴦夫婦を装っていましたが、お互い好きでもないのに、信心を利用して結婚したってロクな結末は訪れません。

仮に一方が信心に熱心で、一方が不熱心でも謗法さえしていなければ、うまくいくことは数多くあります。落合監督の御夫婦が有名ですよね。落合夫人は姉さん女房で、熱心な法華講員です。監督も御受戒済ませて、女房に尻叩かれて信心している程度でも、あれだけの成功を収めました。息子も名前負けせずに頑張ってますよね。福子にあやかり福嗣くん。。。いいね!

3 お前はどうなんだ?って?

お陰様で、妻子眷属はみな信心しております。

むしろ私より熱心で。。。

叱られるのは私。

功徳も私より大きいです。

不思議なことに顕正会時代は、絶対反対だったんですが、お寺に入信したとたん。。。

自ら進んで正宗に帰依しました。

息子が嫁を折伏するかどうか見ものです。

もう、大人ですから口出しはしませんが、妥協や打算で結婚したらどうなるかは、幼いころから口うるさく言い聞かせてあります。

人間は自由の刑に処せられている*6サルトル

のだよ。 

 

 

*1:マルクス主義の信奉者。マルクス主義者。

*2:こころや考えがまとまりづらくなってしまう病気です。そのため気分や行動、人間関係などに影響が出てきます。統合失調症には、健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状と、健康なときにあったものが失われる陰性症状があります。陽性症状の典型は、幻覚と妄想です。幻覚の中でも、周りの人には聞こえない声が聞こえる幻聴が多くみられます。陰性症状は、意欲の低下、感情表現が少なくなるなどがあります。周囲から見ると、独り言を言っている、実際はないのに悪口を言われたなどの被害を訴える、話がまとまらず支離滅裂になる、人と関わらず一人でいることが多いなどのサインとして表れます。

*3:特に身体の病気がないのに、突然、動悸、呼吸困難、めまいなどの発作(パニック発作)を繰り返し、そのため発作への不安が増して、外出などが制限される病気です。

*4:御本尊様をお寺に返したり、ひどい場合は、破いたり捨てたりすること

*5:我見と同義。自己中心的な考えに執着し、自分の考えのみで仏法を判断すること。 

*6:刑に処せられているというのは、人間は自分自身をつくったのではないからであり、しかも一面において自由であるのは、ひとたび世界のなかに投げだされたからには、人間は自分のなすこと一切について責任があるからである。