日蓮正宗のススメ

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【悪鬼其の身に入って我を罵詈毀辱めりきにくせん】折伏と悪口

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勤行も折伏も修行っす!

 先日、長年お母さんを折伏をしている御婦人から、「日蓮正宗は他宗を悪く言うから嫌いだ。」と言われたそうです。それでもなぜ先祖代々の宗派が間違っているのかと話すと「そんなにそんなに日蓮正宗が正しいのなら、お前の家の息子は結婚もせず、どこが幸せなんだい。」と言われたそうで、少々落ち込んでおられました。
 今や、国内で「夫婦の3組に1組が離婚」「約2分1組が離婚」と言われていますし、これは日本のみならず世界的な傾向のようです。
 今の世相では、結婚=幸せとは必ずしも言えません。その御婦人のお母さんにしても孫のことをあげつらって娘を攻撃する事は不本意だったと思います。
 それでも、なぜこういう発言をするのか?
 それは、『御義口伝』に、
 「悪鬼とは法然ほうねん・弘法こうぼう等是なり。入其身にゅうごしんとは国王大臣万民等の事なり。今日蓮等の類たぐい南無妙法蓮華経と唱へ奉る者を怨あだむむべしと云ふ事なり。鬼とは命を奪う者にして奪功徳者と云ふなり。法華経は三世諸仏の」命根なり。此の経は一切諸菩薩の功徳を納めたる御経なり」(御書1762頁)
と仰せでありますように、日蓮正宗以外のの諸宗は、悪鬼が身に入った邪師が開祖となり宗派を立てているという御指南です。
 悪鬼は、第6天の魔王の手先であり、利根と通力に長けておりますので、神秘的で」幻想的な方法を方法を用いて人々を「悪鬼入其身」した宗教に引き込むこともあります。このような邪宗教が世の中に氾濫しています。
 大聖人様が『開目抄』をはじめよく引用される『勧持品』の中に
 「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入って我を罵詈毀辱せん(毀り、はずかしめるであろう)」(解結375頁)とあります。
 悪鬼がその身に入っても、本人に自覚はありません。正法の業者の菩提心折伏への情熱を祈ろう、信仰心を奪おうとするのが魔であり、その魔に魅入られただけなのです。ですから、折伏した相手から浴びせられる言葉に、落ち込んだり怒ったりすることは魔に負けた姿なのです。
 正しい信心を持つか持たないかということは、その人の一生を変えてしまう¥」ばかりでなく、その人の家族や、親族の一生をも左右する、大変重要な問題です。
 つまり、その人の持つ信仰のあり様が、法界の厳しい因果の理法の下に、自身の三世の命はもとより、子々孫々に至るまで一族全員に対し、強い影響を及ぼすことになります。
 そのようなことからも、絶対に、宗教を軽々しく考えて、侮ってはなりませんし、折伏の情熱を失ってはならないのです。

 大聖人様は法難が起こることは覚悟の上で、南無妙法蓮華経の宗旨を建立され、他宗を破折されました。
 先程の『開目抄』には、
 「これを一言も申し出だすならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに、法華経・涅槃行等に此の二辺を合わせ見るに、いわずば今生は事なくとも、後生は必ず無間地獄に堕つべし。いうならば三障四魔必ず競い起こるべしとしりぬ。二辺の中にはいうべし」(御書538頁)
と、大聖人様は大難を覚悟の上で、正法を弘通される決意の一端を示されておられます。
 かつて、六十五世日淳上人は『折伏と悪口』と題した一文を、大日蓮に掲載されました。
「一般的に、ありとあらゆる悪口を言って罵ること(罵詈讒謗ばりざんぼう)と、折伏は混同されやすい。しかし、自ら正法を信じ正法を修行するものが、他宗の過ちを責めるのは折伏である。」
 自ら正法を信じ修行もせず、却って他宗を責めるのは、悪口や罵りの部類に入る。
 折伏は、正法の上から間違ったよこしまな教えに迷う人を見て、慈悲の念を押さえがたく、何とか悪法から救い出したという、親のような情によって起こる。しかし、悪口や罵りとは、自分が及ばないにも関わらず、恨みや妬みという人間の卑劣な情より起こるものである。
 この両者は他を責めないという部分においては区別が難しいかも知れないが、その原因においては千里の隔たりがある。
 即ち、本人の正法受持の自覚の有無と、加えて自分が信じ修行する教えは、果たして正法か邪法かによるのである。
 他の過悪を挙げることは簡単だし、その非を鳴らすことも容易である。けれども自ら正法を受持し正見を身に付けることは至難である。
 今の世の中、悪口を言い、口ぎたなく相手を罵る者は多いが、真の折伏をする人は少ない。
 悪口罵詈はどんなに巧みな言葉を使おうと、全く聞く価値もないが、折伏はどんな内容であろうと、耳を傾ければならない。
 日蓮大聖人は「体斜めなれば影曲がる」と仰せである。体とは法であり、影とは修行者である。であるならば、修行者が曲がるのは法が曲がっているからであり、影である修行者を矯正するためには、法を糾さなければならない。
 法が正しいのに影が曲がれば、それは修行者の罪であって法の罪ではない。末法の汚れに満ちた世の中で、法をさしおいて、相手の一々の言行を批判すれば悪口に落ちてしまう。ただ、その人が信じている法の正邪を決するが折伏である。
 最近、自ら正法を信じることなく、言葉巧みにタを批判する者がいる。いたずらに奇声を発して、衆目を惑わす者の様であり
、聞くところ見るところによれば、悉くそれらは単なる悪口に過ぎない。自分が正法を理解できていなことすら知らず、己の浅知恵他を批判しているようなものである。
 人々は、先ずその人が発する言葉が、単なる悪口なのか、慈悲の折伏なのかを見極めて、その後で、話を聴くことが肝要である。」『日淳上人全集上巻16頁 昭和六年六月(大日蓮)意訳』
 
 日淳上人は、折伏と悪口の違いは、正法の正しき修行の有無にあると仰せです。自らが正法を持ち、広宣流布を目指して自行化他の「正行」をなしているか否か。そこに決定的な相違があるのです。
 自らが正しく正法を実践した上で、他への「親のような慈悲の念」から正道に導くのが折伏です。
 これとは全く逆に、自らより優れた存在への怨嫉に基づいた「卑劣な情」から起こるのが悪口です。
 まさに、今の創価学会の類いです。自分達ではどうしようも無い、本門戒壇の大御本尊様、唯授一人の血脈相承を否定し、誹謗しています。
 今や、彼らの主張はかつて小樽問答で日蓮宗に言っていた
 「御書に照らしてみても、日興上人の身延離山の歴史から考えても、日蓮大聖人の血脈は日蓮正宗にしかないことは、一点の疑いもない」
大石寺には、ちゃんと三大秘法の本門戒壇の大御本尊があるのを知っているでしょうあんたたちにはこの大御本尊が無いから、勝手なでたらめばかり言っているのじゃないの」
などと歴史的、教学的にも日蓮正宗が正しい、大御本尊様は絶対であると主張していたのに、今では真逆のことを平然と言っているのです。
 日蓮正宗を批判するすべての文言が怨嫉の類であるのは勿論ですが、我々が気を付けなければならないことは、自ら正法をきちんと受持せずして、他をあげつらうのは、折伏でもなければ、講中への育成でもないという事です。
 よって、正法を信じない人、正しく
実践していない人の悪口に紛動されることは、あまりに愚かで聞く価値は全くありません。これに対し、「折伏」の人の真実の言葉には、どんな話であっても、必ず耳を傾けなければなりません。それは、自らの心田に仏種を植え、永遠の幸福へと導いてくれるからです。
 我々もしっかりと御題目を唱えて行けば、口から発する言葉が、常に「悪口」でなく「折伏」になって行きます。また、御仏智を頂きますから、相手の言葉が、魔の所為なのか、嫉妬からなのか、真心からの慈悲の言葉なのか見極めて聴くことができます。
  
 日蓮正宗の教えは、むやみに他宗を攻撃しているわけではなく、道理に基づいてその宗教の間違いを指摘しています。
 そして、日蓮大聖人様は、困難を、現在から未来へかけての人生を、逞しく積極的に生きていくよう説かれています。

 日蓮正宗の教えは、むやみに他宗を攻撃しているわけではなく、道理に基づいてその宗教の間違いを指摘しています。
 そして、日蓮大聖人様は、困難を、現在から未来にかけての人生を、逞しく積極的に生きていくよう説かれています。
 また、自分の幸せのみならず、他へ正法を語り、世の中の人びとの迷いを迷いを打ち破って振る舞こそ仏の振る舞いそのもの、仏の心に叶った真実の仏道修行であり、そこが大功徳の源泉であると、大聖人様がお示しになっておられるのです。
 
 今、世界的にコロナウィルスが大流行している不穏な世の中でありますが、勤行唱題を軸に、私たちは「喜び身に余るが故に堪へ難くして自賛するなり」(御書734頁)

の境涯にて、この難局を乗り越えて参りたいと思います。

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はい!


令和二年四月度 御報恩御講拝読御書  
 三大秘法稟承事さんだいひほうぼんじょうのこと   弘安五年四月八日 六十一歳
 題目だいもくとは二意にい有あり。所謂いわゆる正像しょうぞうと末法まっぽうとなり。正像しょうぞうには天親菩薩てんじんぼさつ・竜樹菩薩りゅうじゅぼさつ、
題目だいもくを唱となえさせ給たまいしかども、自行計じぎょうばかりにして唱となへてさて止やみぬ。
像法ぞうほうには南岳なんがく・天台等てんだいとうは南無妙法蓮華経と唱となへ給たまいて、自行じぎょうの為ためにして広ひろく化他けたの為ために説とかず。
是理行これりぎょうの題目だいもくなり。末法まっぽうに入いって今日蓮いまにちれんが唱となふる所ところの題目だいもくは前代ぜんだいに異ことなり、
自行化他じぎょうけたに亘わたりて南無妙法蓮華経なり

(御書一五九四ページ一六行目~一五九五一行目)   

      住 職 小こ 橋はし 道どう  芳ほう

本山への御供養と思って、大日蓮出版の書籍を購入し、教学の研鑽をしよう。

 

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