「グランメゾン東京」が教えてくれたこと
ドラマを観ながら、主人公、尾花夏樹(木村拓哉)と周囲の人々の再生の物語に、ドラッカーの「マネジメント」を想起させられた。
「マネジメント」が想定する、「リーダー」「マネジャー」とは、尾花夏樹に具現化されたような姿ではないだろうか。
ドラッカーはマネジャーについて、
"(マネジャーには)根本的な素質が必要である。真摯さである。"
"うまくいっている組織には、必ず一人は、手をとって助けもせず、人づきあいもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。このような素質を欠く者は、いかに愛想がよく、助けになり、人づきがいがよかろうと、またいかに有能であって聡明であろうと危険である。そのような者は、マネジャーとしても、紳士としても失格である。"
"真摯さを絶対視して、初めてまともな組織といえる。それはまず、人事に関する決定において象徴的に表れる。真摯さは、とってつけるわけにはいかない。すでに身につけていなければならない。ごまかしがきかない。ともに働く者、特に部下に対しては、真摯であるかどうかは二、三週間でわかる。無知や無能、態度の悪さや頼りなさには、寛大たりうる。だが、真摯さの欠如は許さない。決して許さない。彼らはそのような者をマネジャーに選ぶことを許さない。"
と語っている。
尾花が認める相手は、部下や後輩、納品業者、元恋人、師匠、ライバル等々、多岐に渡るが、みな真摯さを身につけている人々であった。
真摯であるからこそ、悩み、傷つき、躓きを抱えている人々。
そこに真摯さを持つボスが顕れ、人々を導いていく。
自然とそのチーム(組織)は、理想の姿を示すようになる。
「グランメゾン東京」は「フランス料理」を軸として、「マネジメント」が指し示す、人生との格闘の仕方を表現してくれた。
厨房スタッフのひとりひとりが、自分の「強み」を活かし「貢献」を考える世界。それは、人間が創り出した「組織」という発明品が、「顧客を創造し」「イノベーションを実現」していく世界である。
その世界は、ゆがんだ道徳感情(評判だけの追求)によって引き起こされる、ファシズムの世界の対極にあると言えよう。
2 ライバル店「gaku」の崩壊はなぜ起きたのか?
三ツ星レストラン認定を執拗に追い求める、「グランメゾン東京」と「gaku」の違いは一体どこにあったのか?
オーナーの江藤不三男(手塚とおる)や、シェフ・丹後学に足りなかったものは、なんだったのか。
ドラマの配役上、悪者のように描かれているが、私たちの日常世界では当たり前のことをやっているに過ぎない。
コストの削減と、利益の追求。
名声(評判)の獲得という、人間の本能(道徳感情)に根差した欲求の満足。
当ブログでは、管賀 江留郎(かんが えるろう)氏が発見した、アダムスミス(道徳感情論)の真意とファシズムへの処方箋を、一連の記事として紹介しているが、そこで解明されている内容と一致している。
崩壊していくプロセスに入った「gaku」には、顧客を見失い、従業員の働く満足感がすり減っていく姿が映し出されていた。
新しく入ったシェフは、スミスの言う「システムの人」である。
「システムの人」が指図する「正しさ」は、そこに働く従業員を思ったように動かせない。組織は、機能不全に陥てしまい、崩壊してしまった。
3 アダムスミス⇒バーク⇒ドラッカーという思想の系譜
ドラッカーの思想が、アンチファシズムの思想であることを知ったのは、「もしドラ」が流行したときに、NHKのインタビューに答えていた、ガンダムシリーズの監督、富野 由悠季(とみの よしゆき)言葉を聞いたことがきっかけである。
ドラッカーの処女作「経済人」の終わり―全体主義はなぜ生まれたかは、副題の示す通りファシズム分析の書である。
ドラッカーはこの本で、キリスト教世界の法界⇒資本主義の行き詰まり⇒国家社会主義(ナチス)やマルクス共産主義(ソビエト)の台頭と失敗という図式を描いている。
第二次大戦中、28歳での著作だ。
富野 由悠季は、ドラッカーが第三の道(資本主義でもなく共産主義でもない、新しい経済体制)は、いかなる姿をしているのかは分からないとしながらも、是々非々の保守主義思想にこそ処方箋があると提示したのが、 マネジメントでると語っていた。
私もこの考えに同感だ。
人間は苦悩に喘ぐとき、特効薬を求める。
都合よく、安楽に解決できる道を求める。
逃げ出したいと願い、自由を投げ出し隷従への道を行く。
数多くの書籍が、ファシズム全体主義に関する分析を紹介してくれている。
しかし、その原型はフランス革命であったことは、あまり知られていない。
フランス革命勃発初期にバークは、革命の失敗と後に続く暴虐の嵐を予言していた。
フランス革命と言えば、未だに自由・平等・友愛の美辞麗句が使われる。
フランス政府得意の欺瞞に世界が騙されているのだ。
専制君主を倒し、民主主義を確立した偉大なる歴史などではなく、恐怖政治からナポレオンによるヨーロッパ大戦を引き起こし、実に500万人の命を奪った政治テロなのである。
東洋の古典「論語」は、2500年の昔に当時の中国に蔓延しつつあった、全体主義への処方箋として顕れた。当時の全体主義思想とは、「韓非子」に集大成された法家思想のことである。また、インドに顕れた釈迦の思想も、アンチファシズムの思想であり、「解脱」というキーワードは、悪性化した道徳感情の蔓延すること(人々が全体主義化すること)を防ぐ方法論であったのだ。
三ツ星こそ現代ファシズムの象徴である。
人という生き物が、どれだけ評判が好きであるかを教えてくれる。
しかし、そのファシズムの象徴とも言える、三ツ星レストランを「グランメゾン東京」は獲得した。
この意味はなんであろうか。
それは、
- 三ツ星審査の際、尾花夏樹がスーシェフ(副料理長)を降りスタッフを尾花への依存から解放させたこと。
- メインディッシュをオーナーシェフ・早見倫子の快心作(ハタのロティ・ノワゼットアンショワ)に、早見自身の口から自信を持って取り替えさせるよう、意図的に導いたこと。
この2点に凝縮されているように思う。
尾花の真摯さが、組織のオーナーを含めたメンバー全員に伝わった、いや、憑りついたからこそ、「グランメゾン東京」は三ツ星に飲み込まれることはないだろうというのが、私の見立てである。