エセー Les Essais

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Re:ゼロから始める異世界生活:RPG系異世界アニメが人気の理由とは

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レム?かエミリアたんか?

re-zero-anime.jp

現在、Amazonプライムビデオで視聴中のアニメ。

差し詰め、ビルドゥングスロマン*1(成長譚)&RPGゲームのようなアニメ。

他に、

www.ten-sura.com

mushokutensei.jp

も視聴中。

転スラの主人公がリアルでも一番まとも。

無職転生が一番クズ。

Re:ゼロ(通称リゼロ)が中間ってとこかな。

それぞれのあらすじやキャストなんかは、各サイトで検索を。

リゼロはガーフが過去に向き合い、エミリアたんが試練に再挑戦するってとこまで視聴中。

死に戻りシステムが、ガチRPGっぽくていい。

いや、むしろRPGに夢中になる、面白さの根源に改めて気づかされた感じ。

ゲームと違って自分で選択できない部分は、時にもどかしさやイライラを感じてしまうが、主人公のナツキ・スバルとともに、視聴する者も異世界の歴史性を学習しながら成長していくことができる。

やたら、異世界でやり直す系が流行っているのも、きっとリアルでやり直したいと願っている人間が多いからだろうな。

50歳手前の僕がハマるってことは、日本アニメは国民文学の地位を獲得したと言っても過言ではない。

僕が子供の頃は、漫画を読むのはバカとか、アニメ見ていると頭が悪くなると言われていた。

もちろん、こんなのは偏見でしかないんだが、古典文学を読むほうが偉いみたいな価値観が幅を利かせていたのさ。

古典文学は確かにスゴイ。

それは、300~200年近い昔に現れた大天才が、作品に人生哲学を練り込み、プロット*2構成や伏線回収*3などの手法がすでに使われている。

そんな天才の手法を学んだ人々が、日本の漫画やアニメの作り手になっているのだから、面白くないわけがない。

かつて、質の高い漫画やアニメは全てが古典文学を原作にしたものだった。

それが今では新たな文学作品として、最初から漫画やアニメとして出現しているのだ。

日本のアニメに憧れて日本語を学び、来日する外国の人々がいる。

それは、かつての日本人が外国文学や哲学に魅了されて、現地を訪問したのと同じではないだろうか。

単にキャラクターのコスプレがしたいのではないと思う。

コスプレしたいほどキャラ設定やストーリーが魅力的なのだ。

 

*1:教養小説と訳される。一人の人物の誕生から成長過程をたどり、人格形成を行い、大人になるまでの少年期~青年期を主に描く。ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」と続編の「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」、ケラーの「緑のハインリッヒ」、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」などが代表的な作品で、ドイツ文学、フランス文学に多く見られる。日本では、下村湖人の「次郎物語」や、山本有三の「路傍の石」などが、そうした意味での教養小説と目される。

*2:ストーリー上の重要な出来事のまとまりであり、重要な出来事とは、後の展開に大きな影響を与える出来事である。すなわち、プロットは出来事の原因と結果を抜き出したものである。すなわち因果関係で最初から最後までつながっている。A⇢B⇢C までがストーリーとすれば、A によって C が起こり、かつ、B が C とは直接に関係がないとき、B を省いた A→C がプロットである。プロットによって、ストーリーが要約され、その全体像を把握することが可能になる。このため、プロットはストーリーライン (Storyline) とも呼ばれる

*3:伏線(ふくせん)は、物語や作劇上の技術のひとつで、物語上において未来に起こる重要な出来事を、些細なかたちで前もって暗示しておく手法である。読者や聴衆の失望を回避するため、あるいは感興を引き起こすために用いられる。