日蓮正宗のススメ

法華講員のブログ

48歳になりました。

keiko_utoku
48歳の宇徳敬子様。お美しいですね。現在は53歳だそうですが。20代のおねえちゃんかと思います。 ま、それはさておき、私ことポリ銀も48歳になりました。 今日が誕生日だもんで。 無駄飯喰ってここに至りました。申し訳ございません。 お気づきの方もおられるでしょうが、総本山第56世日應上人様の御正当祥月命日忌日でもあります。 うれしいですね。 こんな屁の突っ張りにもならねぇような、くだらない人間の私の誕生日が、歴代御上人様の忌日に当たるとは。 丁度、今から10年前。 私は、顕正会に不信を抱き、日蓮正宗のお寺を訪問していました。 当時、在勤でお勤めになっておられた御僧侶が対応してくださいまして、小一時間くらいお話をお伺いいたしました。 その御尊師様は、私と同い年でした。 元々、創価学会の子供としてお生まれになり、高校生3年生の頃には進学せずにお兄様が御住職をされていた、日蓮正宗のお寺で得度前の御修行をなさっていたそうです。 身の上話を拝聴いたしますと、途中までは私と同じような身の上の境遇ですから、自分の過去を思い出すようで涙が止まりませんでした。 造反後の創価は凶暴な本性を御宗門や法華講員に向けました。 御尊師様のお父上は、創価学会員で創価経済圏の住人だったそうです。 お寺につくと決意してからは、商売も破綻し、連日、創価民に取り囲まれ吊るしあげられたとか。 お兄様のお寺にも創価民が押しかけ、俗衆増上慢の狂態を演じる様を見られたそうです。 御尊師様の御言葉が忘れられません。顕正会に疑問を抱きながら、お寺に来たにもかかわらず、国立戒壇の正統性や宗門の腐敗堕落を追究しようとする私に対し、「ポリ銀さん、ポリ銀さん!でも、つらいんでしょ?苦しいんでしょ?だから、お寺に来たんでしょ!もう、いいじゃありませんか。日蓮正宗に帰ってきましょう。ポリ銀さんのつらい、苦しい、死にたいとおっしゃるその気持ちが、すべてを顕しているじゃないですか!」 私はハッと我に返ったのを覚えています。 そう!そうなんですよ! 創価民、顕正民の皆さん! 理屈を百個並べようが、千個並べようが、罰の現証が出ているなら気づくべきなんです。 まだ、救われる可能性があるんですから。 無間地獄確定の人には罰の現証が出ないんです。かわいそうですけどね。 私もそうでした。 信心もしていない末法の凡夫から、冷笑されるような人間に落ちぶれていながら、それでもなかなか目が覚めない。 池田大作も浅井昭衛も、子供に不幸や禍が降りかかっていても気づかない。 目の前の福運の残りカスにしがみつき、慢心を改めない。 戒壇の大御本尊様と、歴代猊下様に受け継がれる血脈から離れて、幸せもへったくれもないんですよ。 魔酒に酔い痴れて。。。 異流儀は罪が重い。 本門仏立宗に縁をしてしまった母とその友人は、50代で骨の病気で早世しました。二人とも日蓮正宗創価学会に帰依しながら。転重軽受の最も重い姿を現じました。私も他人ごとではありません。 ましてや、創価・顕正に正統な御本尊を偽本尊と引き換えに渡してしまった方々。。。 その御不敬の罪たるや。。。 私の知人は、離脱僧のお寺を日蓮正宗のお寺と間違えて訪問し、日顕上人様の御本尊様を創価のカラーコピー偽本尊に取り替えられてしまいました。それから1年もしないうちに、筋ジストロフィー症を発症し、今まで8年もの間、寝たきりの生活です。動かせるのは目の玉だけ。。。 それでも、御住職様に日如上人様の御本尊様に取り替えていただき、自宅で寝たまま勧誡式(かんかいしき)を受けさせていただきました。来世は救われるからと、言い励ましております。 世間の御利益信心と同じ信心では、日蓮正宗の信心は理解できません。 今日という日をあなた様の縁日とし、どうか日蓮正宗に帰依なさいませ。 そして、本日を忌日として霊山浄土へ旅立たれた、日應上人の御遺徳にすがり弁惑観心抄と一念三千法門を拝読いたしましょう。戒壇の大御本尊様と金口血脈相承を依止として、日蓮大聖人様の御法魂がこの娑婆世界に、常住此説法(じょうじゅうしせっぽう)されていることを得心いたしましょう。 この地球は、そして日本は御本仏様の本国土であり、寂光土なのですよ。その、中心地は、生身の日蓮大聖人様が居られる、富士大石寺奉安堂であります。
夫始め寂滅道場・華蔵世界より沙羅林に終はるまで五十余年の間、華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は、皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養・浄瑠璃・密厳等なり。能変の教主涅槃に入りぬれば、所変の諸仏随って滅尽す。土も又以て是くの如し。  今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり。仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず、所化以て同体なり。此即ち己心の三千具足、三種の世間なり。迹門十四品には未だ之を説かず、法華経の内に於ても時機未熟の故か。(観心本尊抄654㌻)
第十三 常住此説法の事   御義口伝に云はく、常住とは法華経の行者の住処なり、此とは娑婆世界なり、山谷曠野を指して此とは説き玉ふ。説法とは一切衆生の語言の音声、本有の自受用智の説法なり、末法に入っては説法とは南無妙法蓮華経云云。今日蓮等の類の説法是なり。 第十四 時我及衆僧 倶出霊鷲山の事   御義口伝に云はく、霊山一会儼然未散の文なり。時とは感応末法の時なり、我とは釈尊、及とは菩薩、聖衆を衆僧と説かれたり。倶とは十界なり、霊鷲山とは寂光土なり。時に我も及も衆僧も倶に霊鷲山に出づるなり。秘すべし秘すべし。仍って事の一念三千の明文なり。御本尊は此の文を顕はし出だし玉ふなり。されば倶とは不変真如の理なり、出とは随縁真如の智なり。倶とは一念なり、出とは三千なり云云。又云はく、時とは本時娑婆世界の時なり。下は十界宛然の曼陀羅を顕はす文なり。其の故は時とは末法第五時の時なり。我とは釈尊、及は菩薩、衆僧は二乗、倶とは六道なり。出とは霊山浄土に列出するなり。霊山とは御本尊並びに今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処を説くなり云云。
弁惑観心抄
日應, 大石
日蓮出版
2017-07-01

一念三千法門
日應, 大石
日蓮出版
2017-10-01