日蓮正宗のススメ

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1144夜:御会式に参詣してきました

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御会式は広宣流布の事相を寿ぐ儀式だとか

ja.wikipedia.org

御会式は大聖人様の御葬式なんだけど、華やかです。
御花飾りがきれいで、お祝いのよう。
一説では、広宣流布の事相を寿ぐ意義もあるのだとか。
日蓮宗系各派ではお祭りの賑わいです。

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池上本門寺のお会式

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雑司ヶ谷鬼子母神のお会式

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身延山のお会式

宗祖の御入滅の日を、悲しむのではなくお祝いするのは、各派共通です。
なぜ?
日蓮正宗では、大聖人様が不滅の滅を現じ給うたことを寿ぐのでしょうか?
不滅の滅とは、戒壇の大御本尊様として常住止説法されながらも、応身は使命を果たされお亡くなりになるという。。。
僕は数年ぶりの参加になりました。
仕事が休みに符合しまして。。。
これは、呼ばれているのかなと。
疲れた体を𠮟咤激励しながら、駆け付けました。
参詣できて良かったです。
懐かしい顔ぶれも見かけました。
時代は移ろいやすく、鬼籍に入られた方も大勢。
もうすぐ12年。
干支も一周するのですね。
衆院選で勝利した創価公明はには、御会式なんてありましたっけ?
700年の伝統をすっ飛ばして、根無し草の新興宗教成り下がってますから、そんな儀礼はアウトオブ眼中でしょうか?
顕正会にはそれらしいものがありましたね。

《お会式》とは、宗祖日蓮大聖人様が、弘安5年(1282年)10月13日に御入滅され、滅不滅・三世常住の御姿を示されたことを「御祝いする儀式」で、末寺における年中行事の中で、一番大切な行事であります。

 一般世間において《お会式》といえば、大聖人様の御命日の法要と考えておりますが、日蓮大聖人様を、末法有縁の『下種の御本佛』と仰ぐ日蓮正宗においては、その御入滅は、御本佛の生命として、永遠の生命の中で、真実には『常住此説法の大導師』におわしまし、末法万年にわたり常に此処に住せられ、末法万年の闇を照らし、濁悪の衆生を救済し給うところの『非滅の滅』の御境涯にあると拝するのであります。

 故に《お会式》は、日蓮大聖人様の『永遠不滅の御本佛』としての、生命の御境涯を拝するところの「お喜びの儀式」なのであります。
これ等の意義を略記しますと、
一、久遠以来常住の御本佛の『非滅現滅・非生現生の不可思議なおいのち』を拝す。
一、御本佛は過去現在未来の三世にわたり『法報応の三身、常住なる処の生命』と拝す。
一、大聖人御入滅後の弟子信徒の在り方として、大聖人御一代御化導の上から、儀式の中、立正安国論並びに申状を奉読し、『大聖人の折伏の佛法』なる事を示す儀式と拝す。
 以上、茲に《お会式》についての意義を略記いたしました。

 次に《お会式》を迎えるに当たり、過去の先輩達の信心の一例を御紹介致します。
昔、讃岐(現在の香川県)に秋山泰忠公と云う、強信な豪族がおられました。
この秋山泰忠公は、日蓮正宗の第二祖・日興上人の教化により、信仰を貫かれた御方であり、讃岐の高瀬一郷の一族を、あまねく純粋な信心を勧める為に百方努力を惜しまず、今日の讃岐本門寺の磐石な基礎を築かれた殿様であります。

 この秋山泰忠公の訓戒(富士宗学要宗=八巻・124頁)に
 『十月十三日《お会式》の御事は泰忠が跡を知行せんずる男子・女子・孫・彦に至るまで、忠(義)をいたし申しすべきなり。 (中略)内々は、兄弟といひ、又は伯叔父の中、従兄弟の中にも恨むことありとも、十三日《お会式》には、相い互いに、心を一つにして、御佛大聖人を、泰忠が仰ぎ申すごとくに、十五日まで皆々一所にて御勤め申しべく候(中略)内々は、如何なる遺恨ありと云うとも、十月十三日《お会式》には、いささかも、本意なき事をば思い捨てて祀り申すべきなり。』

 『もし、此の状を背いて違乱を致さんずる子供は、御佛大聖人・十羅刹・八幡大菩薩の御罰を被るのみならず、泰忠が為には永く不幸の者なり、譲る所をば、一分なりとも知行すべからず』
と、このように一族にあって《お会式》の意識のない者は、佛の守護なきは元より、一族としての立場が無くなる旨を訓戒として遺され、ここに秋山家の繁栄・永続を磐石なものとし、さらに信仰の基盤たる菩提寺・本門寺の興隆を計られたのであります。

 今我々法華講員は、この秋山泰忠公の法統相続に対する強い信仰心を鑑とし、更に寺檀和合して寺運興隆を果たされた真の信心の姿を見習い、来る《お会式》には、何が何でも《お会式》第一と考え、正しい信心の姿勢をもって一家全員が参詣して御本尊様へ常日頃の御加護に対して御報恩感謝申しあげ、今後の生活に於いての無事安穏を御祈念し、我が家の法統相続・正法弘通へ精進すべく意義深き《お会式》として戴くことを、茲に御案内致します。

《お会式》について | 日蓮正宗美畑山清涼寺 千葉の清涼寺 法華講ホームページ 千葉県千葉市花見川区畑町

お会式について
皆さん、こんにちは

今月から来月にかけて、各末寺において日蓮大聖人様の御会式が奉修されます。そこで、今回は御会式についてお話したいと思います。

大聖人様の御入滅
日蓮大聖人様は、弘安五(一二八二)年十月十三日に、武州池上(現在の東京都大田区)にある右衛門大夫宗仲の館で、多くの弟子やご信徒が御題目を唱える中、安らかに御入滅(お亡くなりになること)なされました。この時の様子について、大聖人様が御入滅された午前八時頃、大地が揺れて、初冬にもかかわらず、庭の桜の本に花が咲いたと伝えられています。
御会式の時にお寺の御宝前に桜のお花を飾るのは、このことを現わしています。

御会式の意義
御会式は、大聖人様が御入滅されたことを、日蓮正宗の僧俗みんなでお祝い申し上げる儀式です。なぜ、大聖人様がお亡くなりになられたことを、みんなでお祝いするのかと不思議に思う人がいるかも知れません。
これには、大聖人様が末法の御本仏としての御姿を示されたという重要な意義があるのです。

大聖人様は『御義口伝』に、「無も有も生も死も若出も若退も在世も滅後も、ことごとく本有常住の御振舞である(趣意)御書(法華経439P)
と仰せです。仏様の御生命は、過去・現在・未来の三世に亘って永遠ですが、仏様はその中でも、ある時は生の姿を現わして法を説き、ある時は御入滅の姿を示されて、人々を成仏に導かれているのです。
永遠の御生命がある仏様が、世の中に出現された後に、なぜ御入滅の姿を示すのでしょうか。このことについて、皆さんが朝夕の勤行の時に読んでいる法華経の自我掲の中に、『寿量品第十六』の「生きとし生けるものをすべて救うために、方便として涅槃(亡くなること)の姿を現実に示したが、本当は滅度(亡くなること)していないのである(趣意)」(法華経 四三九)と説かれています。
もし仏様が、常にこの世界にいらっしやって法を説いてくださるならば、人々はどうなってしまうでしょうか。
「いつでも仏様にお会いできる」「いつでも仏様から教えを聞くことができる」と安心して、「また、この次にしよう」と修行を怠けてしまい、仏様の教えを求め信仰する心を失ってしまうと、仏様は仰せです。
つまり、仏様は人々に対して、仏様とその教えを求める気持ちを忘れさせないために、あえて御入滅という御姿を示されるのです。しかも実際には滅度していないというのです。
このように、大聖人様の御人滅には、法の御本仏として、時間を超えて、永遠に私たちを見守ってくださるという意義があります。それは、私たち一人ひとりが、大聖人様の教えを修行して、お友達や世界中の人々にその教えを弘めていくならば、たとえ悩みや苦しいことがあってもヽやいことがあっても、大聖人様が必ず救っててくださるということなのです。

大聖人様は大御本尊様
ここまで大聖人様の御入滅の意義についてお話してきましたが、それでは皆さんは、御入滅された大型人様の御生命はどこにいらっしやると思いますか?
大聖人様は「経王殿御返事」に、「日蓮の魂を墨に染め流して認めた、この御本尊を信じていきなさい。仏の御意は法華経である。また日蓮の魂は南無妙法蓮華経である(趣意)(御書 六八五P)と仰せです。この御本尊とは総本山大石寺の奉安堂に在す本門戒壇の大御本尊様のことであり、大聖人様の御魂そのものなのです。したがって、大聖人様の教えのすべても大御本尊様の中に納まっているのです。
つまり、私たちの信仰心を育てるためにいったんは御入滅という御姿を示されつつ、末法万年に亘って人々を御救いになる常住不滅の仏様としての御姿を、みんなでお祝いするのです。

申状を捧読する意義
最後に、御会式の意義について、もう一つが大切なことをお話します。
御会式の法要中に、御住職と六人の御僧侶が申状を捧読します。申状とは、大聖人様の『立正安国論』をはじめ、御歴代の御法主上人が国家に対して、大聖人様の正しい教えによって国を治めなければ、国が滅んでしまうと諭された書状を言います。
私たちは、御僧侶方が捧読される申状を拝聴して、この申状の御精神を胸に、広宣流布に向かって修行に励んでいくことを御宝前にお影い申し上げることが大切なのです。

御法生日如上人貌下は、平成二十三年の御大会の砌に「私ども一同、久遠元初の自受用報身・末法御出現の宗祖日蓮大聖人を下種の御木仏と仰ぎ奉り、その御魂魂たる本門戒壇の大御本尊に対し至心に題目を唱え、自行化他の行業に励む時、即身成仏、決定として疑いないのであります。
特に、昨今の混迷を極めている世情を見る時、一人でも多くの人に妙法を下種結縁し、折伏を行じ、救済していかなければならないと痛感いたします」(大白法 八二六号)

皆さんも、この御会式の意義を十分に理解して参加しましょう。そして、大御本尊様を顕された大聖人様こそが御本仏であるとの確信をもって、信行に励んでいくこと、さらに、大聖人様の『立正安国論』の精神を忘れずに、一人でも多くのお友達や、世界中の人々を折伏していきましょうね。

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