エセー Les Essais

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1108夜:クラスターガッカイ

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まるでクラスター爆弾のように


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私の住む地域では、とある障碍者施設での新型コロナウイルス感染症クラスターが話題に。
クラスターが発生してから、連日、家族内での2次感染が報じられている。
で、昨日、妙な噂が耳に届いた。
創価学会の障害者デイケア」だというのである。
また、「創価学会の放課後デイ」だとも。
創価学会共産党みたいに、組織の構成員やシンパ専用の福祉施設を経営しているのだろうか?
創価学会は他人の不幸が大好物で、普段は他人と交流しなくても、ヒトの不幸には耳ざとく近寄ってきて情報収集する。
それが、地元で逆輸入の噂を広宣流布されたのでは、忸怩たる思いだろう。
そう言えば、我が家の隣家も動きがアヤシイ。
偽本尊の功徳で大復活を遂げたはずの、創価オヤジが行方不明なのだ。
夜、嫁と息子がこそこそどこかに出かけているが、オヤジの姿は見えない。
肺がんが再発したのかもしれないな。
一時期、大きな声で唱題してたのは、癌の転移や再発がおこりませんようにって、祈っていたのかもしれない。
創価の反逆以来、親子三代に渡って我が家に嫌がらせを続けてきた、創価家族。
悩乱は代を経るごとに深まり、三代目の息子はしょっちゅう大声で毒づいている。
2人いる息子のうち、長男は他所で生活しているらしく、昔は嫁と孫を連れて帰省していたが、ここ数年は全く寄り付いていない。
家庭不和が基本の創価家族。
近所でも孤立しているが、なぜか入院や葬式ネタの時には顔を出す創価家族。
創価オバハンの、真夏フード姿はキモイと有名。
対人恐怖症でもあるのか?
そんな創価家族を見通したかのような、モンテーニュの文章をご紹介しよう。

第2巻二十七章 臆病は残酷の母
 モンテーニュはここでも(前出第二巻第五章、第二巻第十一章、後出第三巻第六章など参照)、残忍殺伐な行為に対して悲しみいきどおっている。しかしわれわれは、当時の人々が一般にそういうことに平気であり、ときにはそれを面白がっていたことを想起しなければならない。例えば高等法院の判事アンヌ・デュ・ブールが異端の故にパリ市庁の前で火あぶりになっている古図を見ても、背後の市庁舎の二階の窓から面白そうに見物している人々の間には、身分ありげな婦人たちの姿さえまじっている。とにかく最も慈悲が深くあるべき法王を始め聖職者が先に立って酷刑を宣し、裁判官もそのお手伝いをして盛んに人を殺した時代である。いわば世をあげて狂っていた中に、ただひとりモンテーニュだけが、こうして、敢然と、『随想録』の中でその非をならしたのである。ただたんに眼をそむけて黙っていたのではなく、はっきりと非難の叫びをあげているのである。余程の慈悲心と確信とまた権威者をおそれぬ大胆とがなければできないことである。
 また本章の始めを読むと、「戦争などにまぎれて残酷な働きをするのは真の武勇を知らない下賤のものども※(始め二重山括弧、1-1-52)cette canaille devulgaire※(終わり二重山括弧、1-1-53)だ」といって人民を非難しているようであるが、むしろそれは逆なのである。第二巻第十一章、第十七章、第二十五章、第三巻第十二章などを併せ読むと、彼は王侯貴族が力のない人民に加える残虐をこそ憤っている。臆病卑怯なのはむしろそれらの貴族どもであって、人民の方はお互いに助け合い、よく弾圧にたえている。モンテーニュはこの後者のためにこそ、前者の非をあれほどに痛撃しているのである。
 それから決闘もまた当時の社会における大きな弊害の一つであった。当時若い貴族は争ってイタリアに赴き、或いはイタリア人を師匠として、剣術を学んだ。モンテーニュの旅行に同行したムシュ・デスティサックその他の貴族もまた、その剣術修業が目的だった。従って、何かというとすぐに「決闘!」ということになるのであって、その取締りには為政者もすこぶる手をやいたらしい。シャルル九世はミシェル・ド・ロピタルの進言によって幾度か禁止の布令を出したし、アンリ四世もそれを繰りかえしたところを見ると、この悪風はなかなかすたれなかったことが明らかである。これは後にリシュリユー時代に厳重な勅令が出てやっと或る程度やんだらしいが(拙訳ラ・ブリュイエール『人さまざまカラクテール』第十三章の三、註(4)参照)、それより後もやはり行われたらしい。

 (a)わたしはしばしば、臆病は残酷の母であるといわれるのを聞いた。
 (b)そして経験により、この意地のわるい非人間的な心のはげしさ・むごたらしさ・は、通例めめしい意気地なさに伴っていることを知った。わたしは最も残酷な人間がつまらない原因のためにじきに涙をこぼすのをいくらも見たことがある。フェライの暴君アレクサンドロスも、劇場で悲劇役者のせりふをじっと聞いていることができなかった。毎日たくさんの人々を無慈悲・残酷・に殺しているものだから、ヘカベーとアンドロマケの不運に涙を流すところを、市民どもから見られたくなかったのである。このようにこれらの人々をあらゆる極端におちいり易くしたのは、むしろ霊魂の弱さではあるまいか。
 (a)武勇は(その効果は抵抗にぶつかって始めてあらわれるので、闘牛も牛の抵抗なくては面白からず)(クラウディアヌス)

敵が降参するのを見ればたちどころにおさまる。ところが臆病は、自分も武勇の仲間入りはしたいのだが、第一の強敵にあたる役目には加わりかねたので、もっぱら第二の役目の方をひきうけて血なまぐさい殺し方をする。勝利の後のこの殺戮は、通例下賤な人民や荷物係りの兵隊などによってなされる。実際、下民どもの一揆において前代未聞の残忍が見られるのは、それら下賤のものどもが真の武勇を知らず、その肘ひじまでも血にそめ、その足下にころがっている死体までも引裂いて、あっぱれ武者振りを示そうとするからである。

(b)狼や熊や、その他卑怯なる畜類は、
死にかかれる敵にまでいどみかかる。
オウィディウス

(a)臆病な犬がそうで、家では野獣の皮膚を裂いたり噛んだりするくせに、野に出てはあえてかれらに吠えかかろうともしないのである。どうしてこんにち我々の喧嘩は、いつも死人を出さなければおさまらないのか。我々の先祖は復讐ふくしゅうをするのにも幾つかの段階をもっていたのに、なぜ我々はいきなり最後の手段に訴えるのか。なぜしょっぱなから殺すことばかり口にするのか。臆病のせいでなくて何であろう。皆がよく知っている通り、敵を仕とめるよりもこれに打ち込むことに、これを死なせるよりもこれを降参させることに、かえって多くの勇敢と蔑視とがあるのだ。それに復讐欲は、そうすることによってこそ一そうよく満足させられる。まったく復讐は、ただ相手に思い知らせることを目的とするのである。だから我々は、石や獣に傷つけられても、けっしてそれらに食ってはかからない。それらは我々が復讐したからといって、それを感ずるだけの力さえないからである。むしろ人を殺すということは、彼を我々の攻撃の及ばないところに置いてやることになる。
 (b)例えばビアスが、ある悪いやつに向って「わたしはお前に早晩この罰があたるであろうことを知っているが、それを目のあたり見ることができないのではないかと思うと残念だ」と叫んだように、また、オルコメノス人たちを裏切って悪かったというリュキスコスの後悔の念が、そのために損害をこうむった人々、この後悔を心から喜ぶであろう人々が全く一人もいなくなった頃になってやっと生じたことを、オルコメノス人たちのために気の毒がったのとまったく同じように、せっかく復讐を加えても、それを受ける当人がすでにそれを感じる力を失っていたのでは、何とも気の毒千万なことである。まったく、敵かたきを討つ方の者は、かたきが思い知った有様を見とどけることに喜びを感じなければならないし、復讐された者の方も、そこにこそ、やるかたなき悔恨の情を感じなければならないのである。
 (a)「いつか思い知らせてくれよう」と我々はいう。だが、敵の頭に一発のピストルをお見舞い申せば、それで彼は思い知るであろうか。とんでもない。注意してみるがよい。彼はたおれながら我々に向ってふくれっ面をする。たんに我々に不満を示すだけではない。思い知るどころか我々を恨んで死ぬのである。(c)むしろ我々は彼に人生最大の恩恵をほどこしているのである。ひと思いに、苦痛なしに死なしてやるのだから。(a)我々の方では追っ手をさけて逃げかくれしているのに、敵の方はいとも安らかに眠っている。殺すということは将来の侮辱を避けるのには役立つが、すでに加えられた侮辱をどうすることもできはしない。(c)それは臆病の行為であって武勇のそれではない。用心の行為であって勇気のそれではない。防禦の行為であって攻撃のそれではない。(a)我々がこれによって復讐の真の目的をうしない、自分の大切な評判を台なしにしていることは明白である。相手を生かしておいてはいつ仕返しを受けるかも知れないと、それがこわくてしたことだとは、誰にもわかることなのである。(c)お前が彼をばらすのは、彼をやっつけるためではなく、お前自身を助けるためなのだ。
 ナルシンガ王国では、そんなずるい方法〔ピストルを使うこと〕は名誉にも何にもなるまい。そこではただ軍人ばかりでなく職人までが、勝負を剣の切っ先によって決する。王は決闘しようとする誰に向っても場所を拒まない。そして、それが身分のある人たちである場合には自らこれに立ち合い、勝った者には黄金の鎖を贈る。けれどもこの鎖を得たいと思う者は、誰でもすでにこれをおびている者と剣を交えてこれを得ることができる。そして仕合の数を重ねるごとに、幾つでもこれをその腕に加えるのだ。
 (a)もし我々が武勇によって常に敵を従え、これを思いのままに支配しようと思うなら、彼が死んだりして我々よりのがれ去ることを大いに悲しむべきであろう。なるほど我々は勝とうと思っているが、立派に勝とうと思うよりは安全に勝とうと思っている。(c)互いの争いのうちに、光栄よりもむしろ結末をもとめている。アシニウス・ポリオも紳士ではあったが、同じ間違いをした一人であった。彼はプランクスに対し誹謗ひぼうの言葉を書きつらね、相手が死ぬのを待ってこれを公表した。それは盲人に向って舌を出し、聾者に向って悪口をいい、知覚のない人間を斬りさいなむようなもので、危険をおかして恨みを晴らすのとは雲泥の相違である。だから誰かが「死人とたたかうのは幽霊ばかりだ」とあてこすったのだ。その書物を非難しようとして著者が死ぬのを待ちかまえている者も、結局自分の無力と偏狭とを告白するようなものではあるまいか。
 ある人がアリストテレスに、君をそしっているものがあると告げた。「いわしておきたまえ。いくらぼくを鞭むちうっても、ぼくにあたりさえしなければいい」とかれはいった。

 

 

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大人しくしてましょうね