日蓮正宗のススメ

人生談義と時事放談

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上司のパワハラ?で倒れてしまいました。

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延々と毎日掃除ばかりさせられるのは、パワハラなのか?

この国では、というか人の世は畜生界の傾向が強いようで。
昼行灯の営業所長が、俄然、やる気を出しています。

私をイビることに。

指ですぅ~っと、私が拭き掃除した箇所をなぞって・・・ドラマの小姑か。

上記のパワハラ分類だと、「過小な要求」ど真ん中ですね。

世間ではうるさいくらいに”ハラスメント”が騒がれていますが、実際には一向になくなりません。

それは、畜生界の境界の人が多いから。

もっと言えば、僕自身が愚痴の多い人間だから、そのような人たちを引き付けてしまうのでしょうね。

昨日、一日中、気の休まる暇もなく掃除し続けていましたら、ついに夜中に熱が出て倒れてしまいました。風邪気味だったこともあるんですけどね。

でも、今日一日、有休をとって回復できました。

明日も元気に掃除に出かけようと思っています。

9時~6時の勤務になったおかげで、朝夕の勤行はきちんと出来るようになりました。

昔の私なら、このままずるずると出社しなくなり、そのまま退職していたかもしれません。

御本尊様に祈りながら、職場ではお題目を唱えながら、耐え抜いていきたい。

そう思っています。

御書を拝読いたしました。

四条殿の信心姿勢を学びたいと思います。

日蓮は少より今生のいのりなし、只仏にならんとをもふ計りなり、と説いた【世雄御書】
【[四条金吾殿御返事(世雄御書)】
■出筆時期:建治三年(西暦1277年)秋 五十六歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:建治三年六月九日、鎌倉桑ヶ谷で当時評判だった竜象房の説法の場で大聖人の直弟子日行と論争になり、日行は竜象房を完璧に破折する。その時四条金吾も参加していたが竜象房はこのことを根に持ち、極楽寺良観に訴える。そして半月後の六月二十五日、金吾の主君江間氏から下し文が届けられる。内容は1.桑ヶ谷で狼藉を働いた。2.主君が信仰している良観、竜象房を批判。3.主君の考えに従わない。4.今後法華信仰を止めるという起請文を書くこと、さもなければ所領を没収、家臣として追放するという厳しいものだった。金吾はその日のうちに事の顚末と江間氏からの下し文とを添え、起請文は絶対に書かないと記した文を急使を立てて大聖人に届けた。この書は翌々日には身延草庵の大聖人の元に届く。その時の返書が「頼基陳状」である。本書はその後不遇の生活に陥る金吾に対し「仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり<中略>いかに所領を、をししとをぼすとも死しては他人の物、すでにさかへて年久し、すこしも惜む事なかれ」と励まし、法華経の信仰を貫けば必ず主に勝と諭されている。金吾は、大聖人の指導の通り主君に誠実に対応を続け、翌年一月には主君の御勘気も解け、以前を上回る所領を賜ることができた。
■ご真筆: 現存しておりません。

日蓮は少より今生のいのりなし、只仏にならんとをもふ計りなり、と説いた【世雄御書】 : 日蓮大聖人『御書』解説


[四条金吾殿御返事(世雄御書) 本文]

御文あらあらうけ給わりて長き夜のあけ・とをき道をかへりたるがごとし、夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり、中にも天竺をば月氏という我国をば日本と申す一閻浮提・八万の国の中に大なる国は天竺・小なる国は日本なり、名のめでたきは印度第二・扶桑第一なり、仏法は月の国より始めて日の国にとどまるべし、月は西より出で東に向ひ日は東より西へ行く事天然のことはり、磁石と鉄と雷と象華とのごとし、誰か此のことはりを・やぶらん。

 此の国に仏法わたりし由来をたづぬれば天神七代・地神五代すぎて人王の代となりて第一神武天皇・乃至第三十代欽明天皇と申せし王をはしき、位につかせ給いて三十二年治世し給いしに第十三年壬申十月十三日辛酉に此の国より西に百済国と申す州あり日本国の大王の御知行の国なり、其の国の大王・聖明王と申せし国王あり、年貢を日本国にまいらせし・ついでに金銅の釈迦仏・並に一切経・法師・尼等をわたし・たりしかば天皇大に喜びて群臣に仰せて西蕃の仏を・あがめ奉るべしや・いなや、蘇我の大臣いなめの宿禰(すくね)と申せし人の云く西蕃の諸国みな此れを礼す・とよあきやまとあに独り背やと申す、物部の大むらじをこし中臣のかまこ等奏して曰く我が国家・天下に君たる人は・つねに天地しやそく百八十神を春夏秋冬に・さいはいするを事とす、しかるを今更あらためて西蕃の神を拝せばおそらくは我が国の神いかりをなさんと云云、爾の時に天皇わかちがたくして勅宣す、此の事を只心みに蘇我の大臣につけて一人にあがめさすべし、他人用いる事なかれ、蘇我の大臣うけ取りて大に悦び給いて此の釈迦仏を我が居住のおはたと申すところに入まいらせて安置せり、物部の大連・不思議なりとて・いきどをりし程に日本国に大疫病おこりて死せる者・大半に及ぶ・すでに国民尽きぬべかりしかば、物部の大連・隙を得て此の仏を失うべきよし申せしかば勅宣なる、早く他国の仏法を棄つべし云云、物部の大連・御使として仏をば取りて炭をもつてをこし・つちをもつて打ちくだき・仏殿をば火をかけて・やきはらひ僧尼をば・むちをくわう、其の時天に雲なくして大風ふき・雨ふり、内裏天火にやけあがつて大王並に物部の大連・蘇我の臣・三人共に疫病あり・きるがごとく・やくがごとし、大連は終に寿絶えぬ・蘇我と王とは・からくして蘇生す、而れども仏法を用ゆることなくして十九年すぎぬ。

 第三十一代の敏達天皇は欽明第二の太子・治十四年なり左右の両臣は一は物部の大連が子にて弓削(ゆげ)の守屋・父のあとをついで大連に任ず蘇我宿禰の子は蘇我の馬子と云云、此の王の御代に聖徳太子生給へり・用明の御子・敏達のをいなり御年二歳の二月・東に向つて無名の指を開いて南無仏と唱へ給へば御舎利・掌にあり、是れ日本国の釈迦念仏の始めなり、太子八歳なりしに八歳の太子云く「西国の聖人・釈迦牟尼仏の遺像末世に之を尊めば則ち禍(わざわい)を銷(け)し・福を蒙る・之を蔑れば則ち災を招き寿を縮む」等云云、大連物部の弓削・宿禰の守屋等いかりて云く「蘇我は勅宣を背きて他国の神を礼す」等云云、又疫病未だ息まず人民すでにたえぬべし、弓削守屋又此れを間奏す云云、勅宣に云く「蘇我の馬子仏法を興行す宜く仏法を卻(しり)ぞくべし」等云云、此に守屋中臣の臣勝海大連等両臣と、寺に向つて堂塔を切たうし仏像を・やきやぶり、寺には火をはなち僧尼の袈裟をはぎ笞をもつてせむ・又天皇並に守屋馬子等疫病す、其の言に云く「焼くがごとし・きるがごとし」又瘡(かさ)をこる・はうそうといふ、馬子歎いて云く「尚三宝を仰がん」と・勅宣に云く「汝独り行え但し余人を断てよ」等云云、馬子欣悦し精舎を造りて三宝を崇めぬ。

 天皇は終八月十五日・崩御云云、此の年は太子は十四なり第三十二代・用明天皇の治二年・欽明の太子・聖徳太子の父なり、治二年丁未四月に天皇疫病あり、皇勅して云く「三宝に帰せんと欲す」云云、蘇我の大臣詔に随う可しとて遂に法師を引いて内裏に入る豊国(とよくに)の法師是なり、物部の守屋・大連等・大に瞋り横に睨んで云く天皇を厭魅(えんみ)すと終に皇隠れさせ給う・五月に物部の守屋が一族・渋河の家にひきこもり多勢をあつめぬ、太子と馬子と押し寄せてたたかう、五月・六月・七月の間に四箇度・合戦す、三度は太子まけ給ふ第四度めに太子・願を立てて云く「釈迦如来の御舎利の塔を立て四天王寺を建立せん」と・馬子願て云く「百済より渡す所の釈迦仏を寺を立てて崇重すべし」と云云、弓削なのつて云く「此れは我が放つ矢にはあらず我が先祖崇重の府都の大明神の放ち給ふ矢なり」と、此の矢はるかに飛んで太子の鎧に中る、太子なのる「此は我が放つ矢にはあらず四天王の放ち給う矢なり」とて迹見(とみ)の赤梼(いちい)と申す舎人(とねり)に・いさせ給へば矢はるかに飛んで守屋が胸に中りぬ、はだのかはかつ(秦川勝)をちあひて頚をとる、此の合戦は用明崩御・崇峻未だ位に即き給わざる其の中間なり。

 第三十三・崇峻天皇・位につき給う、太子は四天王寺を建立す此れ釈迦如来の御舎利なり、馬子は元興寺と申す寺を建立して百済国よりわたりて候いし教主釈尊を崇重す、今の代に世間第一の不思議は善光寺阿弥陀如来という誑惑これなり、又釈迦仏にあだを・なせしゆへに三代の天皇・並に物部の一族むなしく・なりしなり又太子・教主釈尊の像・一体つくらせ給いて元興寺に居せしむ今の橘寺の御本尊これなり、此れこそ日本国に釈迦仏つくりしはじめなれ。

漢土には後漢の第二の明帝・永平七年に金神の夢を見て博士蔡いん・王遵等の十八人を月氏につかはして仏法を尋ねさせ給いしかば・中天竺の聖人摩騰迦・竺法蘭と申せし二人の聖人を同永平十年丁卯の歳迎へ取りて崇重ありしかば、漢土にて本より皇の御いのりせし儒家道家の人人数千人此の事をそねみて・うつたへしかば、同永平十四年正月十五日に召し合せられしかば漢土の道士悦びをなして唐土の神・百霊を本尊としてありき、二人の聖人は仏の御舎利と釈迦仏の画像と五部の経を本尊と恃怙(たの)み給う、道士は本より王の前にして習いたりし仙経・三墳・五典・二聖・三王の書を薪に・つみこめて・やきしかば古はやけざりしが・はいとなりぬ、先には水にうかびしが水に沈みぬ、鬼神を呼しも来らず、あまりのはづかしさにちょ善信・費叔才なんど申せし道士等はおもい死にししぬ、二人の聖人の説法ありしかば舎利は天に登りて光を放ちて日輪みゆる事なし、画像の釈迦仏は眉間より光を放ち給う、呂慧通等の六百余人の道士は帰伏して出家す、三十日が間に十寺立ちぬ、されば釈迦仏は賞罰ただしき仏なり、上に挙ぐる三代の帝・並に二人の臣下・釈迦如来の敵とならせ給いて今生は空く後生は悪道に堕ちぬ。

 今の代も又これに・かはるべからず、漢土の道士・信費等・日本の守屋等は漢土・日本の大小の神祇を信用して教主釈尊の御敵となりしかば神は仏に随い奉り行者は皆ほろびぬ、今の代も此くの如く上に挙ぐる所の百済国の仏は教主釈尊なり、名を阿弥陀仏と云つて日本国をたぼらかして釈尊を他仏にかへたり、神と仏と仏と仏との差別こそあれども釈尊をすつる心はただ一なり、されば今の代の滅せん事又疑いなかるべし、是は未だ申さざる法門なり秘す可し秘す可し、又吾一門の人人の中にも信心も・うすく日蓮が申す事を背き給はば蘇我が如くなるべし、其の故は仏法日本に立ちし事は蘇我宿禰と馬子との父子二人の故ぞかし、釈迦如来の出世の時の梵王・帝釈の如くにてこそあらまじなれども、物部と守屋とを失いし故に只一門になりて位もあがり国をも知行し一門も繁昌せし故に高挙(たかあがり)をなして崇峻天皇を失いたてまつり王子を多く殺し結句は太子の御子二十三人を馬子がまご入鹿の臣下失ひまいらせし故に、皇極天皇は中臣の鎌子が計いとして教主釈尊を造り奉りてあながちに申せしかば入鹿の臣並に父等の一族一時に滅びぬ。

 此をもつて御推察あるべし、又我が此の一門の中にも申しとをらせ給はざらん人人は・かへりて失あるべし、日蓮をうらみさせ給うな少輔房・能登房等を御覧あるべし、かまへて・かまへて此の間はよの事なりとも御起請かかせ給うべからず・火は・をびただしき様なれども暫くあればしめる・水はのろき様なれども左右なく失いがたし、御辺は腹あしき人なれば火の燃るがごとし一定・人にすかされなん、又主のうらうらと言和かにすかさせ給うならば火に水をかけたる様に御わたりありぬと覚ゆ、きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るればとくとけ候、冰をゆに入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり、まへにかう申すはきたうなるべし、仏法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なりいかに・いとをし・はなれじと思うめなれども死しぬれば・かひなし・いかに所領を・をししと・をぼすとも死しては他人の物、すでに・さかへて年久し・すこしも惜む事なかれ、又さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし。

 日蓮は少より今生のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり。

 穴賢・穴賢あらかるべからず・吾が家に・あらずんば人に寄合事なかれ、又夜廻の殿原は・ひとりも・たのもしき事はなけれども・法華経の故に屋敷を取られたる人人なり、常はむつばせ給うべし、又夜の用心の為と申しかたがた・殿の守りとなるべし、吾方の人人をば少少の事をば・みずきかずあるべし・さて又法門なんどを聞ばやと仰せ候はんに悦んで見え給うべからず、いかんが候はんずらん、御弟子共に申してこそ見候はめと・やわやわとあるべし・いかにも・うれしさに・いろに顕われなんと覚え聞かんと思う心だにも付かせ給うならば火をつけて・もすがごとく天より雨の下るがごとく万事をすてられんずるなり。
 又今度いかなる便も出来せば・したため候し陳状を上げらるべし、大事の文なれば・ひとさはぎは・かならずあるべし、穴賢穴賢。

四条金吾殿                       日 蓮 花押

 

愚癡多き人は命が畜生界である
2005-11-19 | 十界論私考集
 世間一般的に動物を総称した言葉を畜生と呼びます。飼い畜(やしな)われて生きるものの意で傍生ともいいます。
 人間界に置き換えた畜生界とは、理性がなく倫理・道徳をわきまえないで、本能的欲求に我が身が支配されている生命状態です。愚癡も自分自身を振り返ることなく、心に感じることをストレートに出す、畜生的な作用があります。 
 日蓮大聖人は『観心本尊抄』に、
  「癡かは畜生」(御書647)
と仰せです。因縁により私達は、知らず知らずに愚癡をいい、それが畜生の命だと御教示です。愚癡をいう時の生命が畜生界であることを理解し、理性を失うことなく、感情に左右されないように勤めることが大事です。
 この畜生の命によって人間関係を気まずくします。信心では御本尊様に向かう姿勢で、畜生の命である愚癡を止めていくことが出来るのです。愚癡に費やす言葉が、御題目を唱える言葉に変えることで人間関係を豊かにすることが出来ます。愚癡は我が身を知らぬ間に破壊し、人徳を失います。
 畜生界は、三悪趣・六道・十界の一つで、目先にとらわれやすい命であります。「分別業報略経」や「成実論」には、愚癡・悪口の多い者や淫欲・瞋恚などの盛んな者は、来世に畜生として生まれてくることが説かれています。つまり因果応報です。
 日蓮大聖人も『十法界明因果抄』に、
「第三に畜生道とは、愚痴無慚(ぐちむざん)にして徒(いたずら)に信施の他物を受けて之を償(つぐな)はざる者此の報いを受くるなり。法華経に云はく『若し人信ぜずして此の経を毀謗せば○当に畜生に堕(だ)すべし』文。巳上三悪道なり。」(御書208)
と他人の恩を受けても報いない人は、畜生界に堕ちることを御教示です。自己中心的な言動が畜生界に行く可能性を持ちます。
 また『佐渡御書』に、
「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる。当世の学者等は畜生の如し」(御書579)
と御指南のように、畜生は弱い人には強く出て、強い人には恐れの気持ちになります。
 日蓮大聖人は畜生の命も成仏できることを『女人成仏抄』に、
「然るに竜女、畜生道衆生として、戒緩(かいかん)の姿を改めずして即身成仏せし事は不思議なり。」(御書346)
と仰せであります。『法華経』の「提婆達多品第十二」に、竜女の成仏を釈尊が説かれています。動物である畜生の成仏は、三大秘法の御本尊様に御題目を唱えなければ不可能です。『法華経』以外の経典では、畜生の成仏は出来ません。
 地獄・餓鬼・畜生を「三悪道」といいます。この三つの生命は貪瞋癡の三毒であり、悪因を積み、悪縁に紛動されやすい命です。信心では、三悪道に通じる命を御本尊様の力用で止めていきます。毎日の勤行唱題が三悪道の道を塞ぐ大事な修行です。

愚癡多き人は命が畜生界である - 正林寺法華講員手引書

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僕自身が「愚痴」の多い人間だから、周囲に畜生界の人が集まるのかな?

テーマ – 仏の教えとともに今を生きる
「心を知ろう」 十界論に親しむ(平成25年9月22日)
 ちょうど一年前よりこの護国寺で行ってきました寺子屋法話会、今回で五回を重ねることになりました。皆様方には、御多用の中をお越し下さいまして、まことに有り難うございます。
 さて、今日の内容は「心を知ろう」ということで、心に関する法話を申し上げたいと思います。
 心といえば、今の季節に相応しい「女心と秋の空」が思い浮かびます。女心と秋の空は変わりやすい代名詞になっているようですが、一方で「男心と秋の空は一夜に七度変わる」という諺もありますので、変わりやすいのは女心だけではないようです。このように女心も男心も定まりが無いということは、心そのものがいろいろな思いが交叉して、つかみ所が無いという存在、これはどなた様も感じられるかと思います。
 こういう心について、夏目漱石はずばり「こころ」という題名の小説を残しています。人の心というのは、自分でも思いもかけないことを突然思い、行動に移すことがある。それが他人を自殺に追い込むほどに、大きな影響を与えるという、そういう心の深層部を扱ったのが漱石の「こころ」です。人間の心の本質をえぐり出した名作ゆえに、いつまでも読み続けられるのでしょう。
 かといえば、最近話題となったのが「おもてなし」の心。瀧川クリステルさんのオリンピック東京招致レセプションで、日本人の温かい心を強調するようにピーアールしていましたが、彼女が最後にした合掌の仕草には、「心を込めてお迎えします」という慎ましさ、相手を大事に思う心が出ていました。申し分の無いピーアールで、「心を込める」大切さを、改めて感じさせられました。
 このように、我々の心は、時に人を傷つけたりする悪い作用があるかと思えば、人々を一様に幸福に導くほどの、不思議な力を発揮するのも心なのです。
 それでは、我々の心というのは、いったい身体のどこに存在するのでしょう。皆さんも、ここだと思う所をちょっと押さえてみて下さい。
 胸なのか、頭なのか、もっと別な部分なのか、それとも身体全体なのでしょうか。或いは我々の肉体から離れて、頭の上の辺りに浮遊しているかと、こう思う人もあるようです。
 そもそも、漢字の「心」についてですが、どうしてあのような形をしているのでしょうか。実はこの漢字は、成り立ちが象形文字から来て、心臓を型どったといわれています。すると我々の祖先は、心は心臓にあると思っていたのでしょう。でも医学の発達した今日ですが、心臓手術は無数に行われても、心を発見したという話は聞きません。人工心臓に付け換えても、心は今までのままで変化はありません。
 それでは、ものごとを考える脳の中に、心が存在するのだろうかといえば、脳の解剖や手術も多く行われる今の世の中です。頭の中は神経細胞ニューロン同士がシナプスで結合され、電気回路のようにめぐらされているだけで、心の存在を確かめることはできません。
 すると、心は実は何処にも無いのかと言えば、今、我々がこうして同じ問題を考えている心がある、というのは誰も否定できませんから、まことに心とは不可思議な存在としか言いようがありません。
 それでは仏法では、心をどのように説いているのでしょう。 昔の仏教者が詠んだ歌ですが、
「心こそ 心惑わす心なれ 心にこころ 心許すな」
とあります。良い心と悪い心、仏教用語で云えば悟りの心と迷いの心がともに我々の心に具わっているのです。この歌は、いつも双方の心が葛藤している状態を巧みに詠み込んでいます。最初の「心こそ」は迷いの心で、次の心は悟りの心。三番目はまた迷いの心というように、悟りと迷いの心が交互に出て来ます。
 実際我々の心の中では、このように善悪の心同士の葛藤が行われているというのは、皆様も感じられるでしょう。それをより詳しく解き明かしたのが、これからお話しする十界論(じッかいろん)で、とりわけ法華経では十界互具ということを説いています。これは誰しもが法華経の教えによって、必ず成仏できることが明かされた素晴らしい内容ですので、その一端をここでご紹介いたしましょう。

 十界の心、或いは十界の命と申しますが、これは我々が喜怒哀楽する心の様々な状態を、十通りに分けたもので、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界・声聞界(しょうもんかい)・縁覚界(えんがくかい)・菩薩界(ぼさつかい)・仏界(ぶッかい)とあります。
 このうち、地獄界は最も低い不幸な境界(きょうがい)で、文字通り地の底の牢獄に入れられたような心。「瞋(いか)るは地獄」と説かれ、瞋りとはやり場のない恨みの心です。五逆罪などという仏教で特に重いとされる罪を犯して、そういう境界に堕ちて苦しむとされます。
 餓鬼界。これは常にお腹をすかしたままで、食が得られない境界です。「貪(むさぼ)るは餓鬼」と説明され、「自分さえ良ければ」という、貪欲の心によって堕ちる境界です。
 畜生界。動物のように本能のまま行動する境界。自分本位で他を顧みない生き方をすると、この境界に堕ちます。「愚(おろ)かは畜生」と説かれ、正しいものの見方、正しい判断ができない境界です。以上の地獄・餓鬼・畜生を合わせて「三悪道(さんなくどう)」と言います。 
 次は修羅界。阿修羅という闘争好きの神様が有名ですが、「諂曲(てんごく)なるは修羅」と言われ、曲がった心の持ち主です。この心は他人より自分が勝れていないと気が済まず、自分より勝れた者への嫉みと悔しさから、闘争を起こします。三悪道にこの修羅界を加えて、「四悪趣(しあくしゅ)」と言います。
 次は人間界(人界)。普通の人の、穏やかで平静な心の状態をいいます。「平(たいら)かなるは人」と言われ、こうした平常心は、理性の働きで自己を統御しますが、平穏な心を維持するには心の鍛錬も必要です。「人間らしく生きる」ことが求められる世の中ですが、恩を忘れず恩に報いようという念を強く、何事にも向上心をもって当たることが大事です。
 天界(天上界)。人の平常心を越えた、喜びの境界です。元来天界には容姿端麗な天女が住んで、人も善い行いを積んだ者は天界に生まれると言われます。「喜ぶは天」と説かれ、喜びの多い境界です。しかし有頂天というのは喜びの絶頂期ですが、それは反対に衰える時期でもあり、天界の喜びも長くは続きません。
 以上の地獄界から天界までを六道と言い、我々日常的に体験している心の状態であることは、御理解いただけるのではないでしょうか。しかし我々の心は一箇所にとどまらず、六道の間を行ったり来たりしているので、これを六道輪廻と言います。そしてまた六道とは、それぞれの衆生が住むところ、住む世界を指して言う言葉でもあります。
 我々人間界に生まれた者は、人間界の衆生しか目に映りませんが、もっと低い地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界の衆生も存在し、また天界の衆生も存在するのです。そこで、地獄界乃至天界と言えば、それらの衆生が住んでいる世界をも意味するのです。
 我々が死んで後、次にどのような境界・世界に生まれるか、それは因果の理法のもと、今生における行いによって、生まれる世界が定まるとされます。これについても六道輪廻、或いは輪廻転生の言葉が使われて、今生は人間界に生まれたが、次はどこに生まれるかは今世の行い次第であると、こう言われるのです。盂蘭盆の期限となった、目連尊者が餓鬼道に堕ちた母を救う話がありますが、今生を貪欲に生きれば、死後に餓鬼道に堕ちるという誡めともなっています。
 ともあれ、六道輪廻で何れの世界に生まれても、苦しみの境界で、たとえ天界に生まれたとしても、その喜びは長くは続かないのです。
 ここにおいて、この六道輪廻の苦より如何に脱するか、そこに仏道修行が勧められるのです。
 先ほど紹介した十界の命でいえば、六道の上に声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界がありましたが、これらを四聖と言います。この四聖は、仏道修行をして得られる境界です。このうち、声聞界と縁覚界は合わせて二乗界と言いますが、自己の成仏のみを目的に、低い教えを拠り所に修行する者です。
 このうち、声聞は仏の声を聞くと書き、仏の教えをもとに修行します。縁覚の場合は、華が散ったり落ち葉が舞うのを見て覚ると言いますが、独想的に自らの知恵で覚りを求めます。しかし何れにせよ二乗は真の仏の悟りに至らず、自らの低い覚りに満足して、また他人を救う気持ちも起こさない、自己中心の典型ですから、仏様から激しく叱られたのです。
 次の菩薩界は慈悲の心で仏道修行をして、成仏を目指します。菩薩は上に菩提(成仏)を目指し、下に多くの悩める衆生を救済しようと、誓願に生きる貴い境界です。
 最後の仏界は、仏道修行により悟りを得た、仏様の心を言います。絶対的な幸福境界です。そうした最高の境界が、我々凡夫の心にも必ず具わっているのですが、煩悩の心が強くて、仏の心が隠されているゆえに、六道輪廻の苦しみから逃れられないのです。
 このように六道から仏界まで説明しますとやや複雑になりますが、少しまとめてみましょう。以上にお話ししてきたことは、我々の心には十界の心、十通りの生命状態があるということ。そして普通は迷いの境界をさまようような六道輪廻ですが、この迷いの循環から離れる為に仏道修行を行えば、四聖の心・境界に変われること。
 こうして、我々は人間界の衆生として生まれてきましたが、他の六道四聖の命も元々具わっているのですから、十界の命となります。また先にも申しましたが、人間界以外の他の九界にも住所があって、そこに住む衆生がいます。そこで我々人間界の衆生も、今生の行い次第では、地獄界等に堕ちなくてはならないと申しました。
 ゆえに人間界に十界の命があるのと同じように、他の九界に住む衆生にもそれぞれ十界の命があるので、これを十界互具(じッかいごぐ)と申します。すなわち地獄・餓鬼・畜生乃至仏界の衆生それぞれに十界の命が具(そな)わるので、十かける十で百界の命が数えられるのです。経典多しといえども、十界互具は法華経のみに説かれている教えなのです。
 この十界互具には大事な意味があり、地獄界の衆生がなぜ救われるかといえば、地獄の衆生にも仏の命が具わっているから救われるのです。地獄界に堕ちた者は、餓鬼界・畜生界というように、段々と位を上げなければ救われないというのではなく、地獄界は地獄界なりに、仏の命を顕せばそのまま成仏です。反対に、仏の命にも地獄界の命が具わっていればこそ、地獄界の衆生の苦しみを知り、仏様は救いの手を差し伸ばされるのです。


 今お話ししましたように、我々の心は、一言で言えば不可思議としか言いようのない存在です。仏様は我々のこの心のことを「妙」と名付け、「妙法蓮華経」と説かれました。「法」とは真理のことで、「妙という名の真理」です。しかし妙法だけでは衆生は理解しがたいゆえに、たとえを蓮華に借りて説明するのです。
 蓮華という植物は、御存知のように仏教を象徴する華で、汚い泥水の中から、純白の華を咲かせます。我々の心も本来は、汚れの無い仏の命を具えているのですが、世の中の悪縁に引かれて凡夫の命となり、様々に不幸を感じるのです。
 また蓮華は花を咲かせた時に、すでに実を結んでいるという不思議な特性がありますが、これは因果倶時(いんんがぐじ)を顕します。つまり南無妙法蓮華経と唱えれば、自ずと成仏の境界に至れるという、妙法の不思議な力を象徴するのが蓮華です。
 日蓮大聖人は十界互具の御本尊を顕されましたが、御本尊の中央にある南無妙法蓮華経を囲むように、先ほど申した地獄・餓鬼・畜生から菩薩・仏に至る十界の命、十界の衆生が配されています。どんな境界の衆生も南無妙法蓮華経と唱えれば、仏の命が顕われるとの意味です。
 本日聴聞された皆様方も、日々生活される中で遭遇した困難をどう解決すべきか、あるいは御自身の向上につながる何かを、信仰に求めている方もおありかと思います。この御本尊に帰依して唱題することにより、様々な苦悩にも正しい解決の道が現れ、又これまで感じなかった不思議な幸福感・充実感も体験されることでしょう。
 本日を機縁に、御参集の皆様には、正しい御本尊に帰依され、私たちと共に楽しく信心ができますよう、心から念願致すものであります。
 最後に、日蓮大聖人の御書に経文を引用され、「心の師とはなるとも、心を師とはせざれ」とあります。大変重みのある御文ですから、どうぞこの意味をそれぞれお考え下されば幸いです。御静聴、誠に有り難うございました。

「心を知ろう」? 十界論に親しむ(平成25年9月22日) | 日蓮正宗 護国寺 - 公式ホームページ