日蓮正宗のススメ

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず

生活を煩わす「煩悩」

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除夜の鐘は108煩悩を断滅できませぬ

 「煩悩」とは、私達の身心に一生涯付きまとう煩わしいものであり、生活の中で共に付き合っているわけです。私達の心を思い煩わせ悩ませる存在が「煩悩」です。御本尊様に御題目を唱えれば、「煩悩」が薪となって私達の生活を明るく照らします。『御義口伝』に、
 「今日蓮等の類(たぐい)南無妙法蓮華経と唱へ奉るは生死の闇を晴らして涅槃の智火明了(みょうりょう)なり。生死即涅槃と開覚するを「照は則ち闇(やみ)生ぜず」と云ふなり。煩悩の薪(たきぎ)を焼いて菩提の慧火(えか)現前(げんぜん)するなり。煩悩即菩提と開覚するを『焼は則ち物生ぜす』とは云ふなり。爰を以て之を案ずるに、陳如(じんにょ)は我等法華経の行者の煩悩即菩提・生死即涅槃を顕はしたり云云」(御書1721)
と仰せの如く、煩悩の扱い方次第で悟りが開かれるのであります。
 「煩悩」という意味は、衆生の心身をわずらわし悩ませる一切の妄念。貪・瞋・癡・慢・疑・見を根本としますが、その種類は多く、「百八煩悩」「八万四千の煩悩」などといわれています。「八万四千の聖教」という言葉がありますが、釈尊が説かれた経典の全てであり、一つ一つの煩悩について全て解決方法を説かれたものです。その究極の教えが「南無妙法蓮華経」であります。
 「煩悩」に身心が害されると、気持ちが平常心を失い、冷静さがなくなり、落ち着きもなくなります。ある縁によって「煩悩」は生まれます。またその縁と自分自身が持ち合わせている、考えや思想によって「煩悩」は生まれます。故に性格的な「好き嫌い」などの感情に大きな原因があります。この感情を完全に無くせば問題はありませんが、実際問題そう言うわけにはまいりません。
 世の中の人は、この「煩悩」の扱い方に迷い振り回されていると言っても過言ではありません。日蓮正宗の信心は「煩悩」をよりよい方向に、生活が快適になるよう取り扱っていくものです。人間が苦しむ原因は「煩悩」があるからです。「煩悩」は残念ながら完全に無くすことが出来ません。「煩悩」を完全になくしてしまえば、この身を殺し死ななければなりません。これでは小乗教の灰身滅智になってしまいます。大乗教である法華経の考えは、完全に滅するのではなく、正しい「煩悩」の取り扱い方法が説かれているわけです。
 世の中には使い方一つで良くも悪くもなる事柄が多くあります。「煩悩」もこの理屈と同じように、悪く考えるから「煩悩」として存在するのであり、良い方向性に考えを向けることで「煩悩」という存在が「菩提」に変わってしまうのであります。それが日蓮大聖人が説かれる教え「煩悩即菩提」という考え方です。
 「煩悩」をよく火に譬えられますが、火も扱い方次第で生活を快適にしますし、一歩間違えると、火事を引き起こし生活を全て失う可能性を持っています。「煩悩」もこの理屈と同じです。
 御本尊様に向かって御題目を唱えるところに「煩悩」の正しい扱いと生活を快適にする方法が見出せるのであります。勤行唱題は、「煩悩」という心に燃え盛る火を、御本尊様から智慧を頂いて大事に至らないよう解決させて頂き、「煩悩」をもって生活を楽しくし幸せにします。

生活を煩わす「煩悩」 - 正林寺法華講員手引書

 

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