日蓮正宗のススメ

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名聞名利と我慢を誡める信心を

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 『持妙法華問答抄』に、
 「只(ただ)須(すべから)く汝仏にならんと思はゞ、慢のはたほこ(幢)をたをし、忿(いか)りの杖をすてゝ偏(ひとえ)に一乗に帰すべし。名聞名利は今生(こんじょう)のかざり、我慢偏執(がまんへんしゅう)は後生のほだ(紲)しなり。嗚呼(ああ)、恥ずべし恥ずべし、恐るべし恐るべし。」(御書296)
と御指南であります。信心をしていく上で、名聞名利や我慢という慢心は、成仏の妨げとなります。御授戒を受け年数が経過しても信心が未熟な人は、信心の意味を履き違え、名聞名利や我慢を満足させようと御本尊様に御祈念する人がいます。この御祈念は、叶えられません。『持妙法華問答抄』に仰せの如く日蓮大聖人の御指南に違背し、かえって御本尊様から間違っていることを仏罰をもって指摘されます。事前に勤行唱題において誡めることが大事です。
 「名聞名利」とは、名聞が世間に聞える名誉。世間の評判。ほまれという意味があり、名利が名誉と利益ということです。「名聞名利は今生のかざり」と大聖人が仰せでありますように、命終してから来世生まれるところまで持っていくことが出来ません。その証拠に過去世の記憶は全くありません。
 「我慢」とは、世間一般でいう耐え忍ぶという意味ではなく、仏法で説く意味は自分をえらく思い、他を軽んずること。高慢という意味があります。大聖人は「我慢偏執は後生のほだ(紲)しなり」と仰せのように、後の世まで我慢という命と偏った執着心は引きずっていき、私達の「業」となって来世の人格形成に大きく影響してきます。信心の有無に関係なく今世で高慢な人は、過去世に於いて我慢偏執が強かったのでしょう。
 信心をする上では、「名聞名利」や「我慢」を勤行唱題において誡めることです。此等を誡めることで仏因を確実に結んでいきます。「名聞名利」や「我慢」は、気分を大きくし気持ちを豊にする面と作用があります。しかし、度が過ぎると人生においてマイナスになります。この点に気を付ければ煩悩を消滅させる上での特効薬になります。御題目の良薬でプラスとなって善知識となります。
 名聞名利の誡めについて『新池御書』に、
 「願はくは今度人間に生まれて諸事を閣(さしお)いて三宝を供養し、後世菩提をたす(助)からんと願へども、たまたま人間に来たる時は、名聞名利の風はげしく、仏道修行の灯(ともしび)は消えやすし」(御書1457)
と仰せのように、名聞名利は仏道に志す「灯火」を消してしまうと仰せです。
 第二祖日興上人も『日興遺誡置文』に、
  「一、学問未練(みれん)にして名聞名利の大衆は予(よ)が末流に叶ふべからざる事」(御書1884)
と御指南です。名聞名利に執着する人は、日蓮大聖人門下ではないという厳しい御指南をされています。
 我慢については法華経の『勧持品第十三』に、
 「悪世の中の比丘は 邪智にして心諂曲に 未だ得ざるを為れ得たりと謂い 我慢の心充満せん」(法華経375)
と説かれているように、特に邪宗の僧侶に我慢が根強いことを釈尊が説かれています。「名聞名利」と「我慢」は、毎日の勤行唱題と毎月の寺院参詣によって心の汚れを洗い流すことが出来ます。

 

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