日蓮正宗のススメ

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず

創価学会員さんとの対話:創価学会員さんからの質問を分析する。

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プラトンアリストテレスとの対話のように、自由自在に思索をしながら

私と創価学会員「真摯」さんの対話篇は進行中ですが、彼からの質問をもう一度分析してみたいと思いました。質問の主意は以下の通り。

宗門はこのように主張しています。
①「必ず戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈相承を信仰の根本としなければならない」
②「代々の法主を尊信の対象としての(我々が南無し奉る日蓮大聖人・日興上人と同等の)僧宝として定める」
③「弘安2年10月12日の御本尊を日蓮大聖人の出世の本懐・一大秘法と定める」
④「僧と俗の間には本来的な差別が存在する」
⑤「御本尊には法主の許可、開眼が必要、大石寺から下付したものでなければならない」
⑥「大石寺に登山しないと罪障消滅できない、成仏できない」
⑦「宗門の僧による葬儀を行い、戒名を与えないと故人は地獄に堕ちる」
日蓮大聖人はこのようなことをただの一つも仰せになっていません。日蓮大聖人は「謗法とは法に背くという事なり」顕謗法抄455 と仰せです。したがって、上に挙げた宗門の主張はことごとく謗法であると思います。
上に挙げた宗門の主張のどれか一つでも日蓮大聖人の御書のみを用いて正当性を証明できますか。
ご返信をお待ちしております。時間がかかっても構いません。

20代の男性で、つい最近まで信心をまじめにしていなかったという創価学会員さんの、「真摯」さん。

その割には、教学力もそこそこ持っており、日蓮正宗界隈の事情にも詳しいような気もしますが。

彼から提出された質問について、改めて分析してみたいと思います。 

宗門はこのように主張しています。

との出だしですが、これは一方的な決めつけであって、宗門はこのようには主張していません。創価学会の悪宣伝を鵜呑みにしているだけであって、教宣ハンドブックかなんかからの引用でしょうか?20代の創価学会員は、御授戒も受けておらず、日蓮正宗の寺院へ参詣もしていないはずですから、日蓮正宗の教義を御僧侶から受けたことなどないはずです。

上に挙げた宗門の主張のどれか一つでも日蓮大聖人の御書のみを用いて正当性を証明できますか。

なぜ、御書のみを用いてという限定を条件にするのか?

日蓮正宗信徒の立場からすれば、そんな偏頗な教学に付き合う理由もないのですが、そこを却下してしまえば、対話できませんとか、ポリ銀が逃げたとか言い出しかねませんから、一応、そのまま受けて立ってみたわけです。

そして、彼の創価学会員という立場を考慮して、創価学会の出版している御書全集に準拠している、Web版を使用して対話を構築していこうと試みたのですが、御書全集に掲載されている本因妙抄の御文を呈示しましたら、やれ偽書だの後加文だのと難癖をつけ始めてしまいました。

それについても、百歩譲って、他の文証を呈示して彼からの返信を待っているところです。

創価の破門から28年の本年、末端の会員ですら、身延の学者坊主みたいな言説を弄するようになってしまったことがわかりました。 

今日は、日蓮正宗の教義から、遠慮なく回答を呈示してみたいと思います。

創価学会は「(宗門が)御書は大聖人の仏法の一部分を明らかにしたものにすぎず、全部を受け継いでいるのは法主だけである」といって、あたかも宗門が御書部分論なるものを主張しているかのように言い掛かりをつけています。

 しかし、宗門が「御書部分論」なるものを主張したことは、まったくありません。「御書部分論」という名称は、創価学会が勝手に作り出したものです。
 日蓮正宗において、御本仏大聖人の御書が宗義の根幹をなす最重要書であることはいうまでもありません。
 第二祖日興上人は、後代の弟子に対して、
 「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝し云云」(日興遺誡置文 御書一八八四㌻)
と仰せられ、日蓮大聖人が著わされた御書を心肝に染め、法義の極理を師弟相対によって会得すべきことを教誡されています。
 すなわち、御書の深義を正しく拝していくためには、極理の師伝である唯授一人の血脈相伝にもとづかなければならないのです。
 日蓮大聖人は唯授一人の血脈相伝について、『御義口伝』に、
 「秘すべし秘すべし唯授一人の相承なり。口外すべからず」(御書一七九六㌻)
と御教示されています。
 また第二十六世日寛上人は、『寿量品談義』に、
 「今二十四代伝て大石の精舎にあり金口の御相承切紙相承其の外種々の御相伝有るげにありと云云」

(富要一〇―二五四㌻)

と仰せられ、日蓮大聖人の仏法の奥義は、唯授一人の血脈相承によって伝えられていると御指南されています。
 創価学会は、御書さえあれば日蓮大聖人の仏法はすべて理解できると主張していますが、他門の日蓮宗も大聖人の御書を拝読していながら、邪義異説を唱えています。これは相伝がないからです。したがって、創価学会が「御書さえあれば相伝などいらない」と主張することは、日蓮大聖人や御歴代上人の御教示に背く、浅識・憍慢謗法というほかはありません。
 創価学会が、宗門に対して「御書部分論を唱えている」といって誹謗するのは、唯授一人の血脈相伝に背く自分たちを、正当化するための詭弁にすぎないのです。引用元:https://blog.goo.ne.jp/shourinzi47320/e/b6417d071559893cf47ef337f346fd28

 

さて、質問の各項目の分析ですが、質問は7つあるようで実はたったの一つなのです。少し茶化して言うことを許してもらうなら、一大謗法質問に収斂されてしまうのです。

戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈相承が信じられないから、枝葉末節の質問が生まれてくるのです。ここが信じられれば、その他の質問は存在しません。教学を志す上での建設的な探究意欲として発するならば別ですが。

ひとつひとつ文証を挙げればながくなりますので、今日は、肝心の一大謗法質問についてのみ掲載しておきましょう。

①「必ず戒壇の大御本尊と唯授一人の血脈相承を信仰の根本としなければならない」

戒壇の大御本尊を否定する者は、そもそも、大聖人御一期の教導の次第が全く分って無いのである。

大聖人の御化導が究竟するところは、一幅の十界文字曼荼羅となるのである。

この大原則が領解できてないから、妄見が始まるのである。

■ あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。子にあらずんばゆづ(譲)る事なかれ。信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ。出世の本懐とはこれなり。(阿仏房御書 永一二年三月一三日 五四歳 793)

これは、大聖人の出世の本懐は、造仏ではなく、十界文字曼荼羅本尊である、との意である。

そもそも、この一文において、造仏指向の他宗他門は全て大聖人の御真意を体してないと断ずることが出来るのである。
(つまり、一尊四士・二尊四士などを立てる全ての他宗派である。一般日蓮宗系・要法寺系など)

では大聖人御真筆の文字曼荼羅本尊であればどの御本尊でも出世の本懐なのか?

実はそうではないのである。

■ 此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為(な)す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。(如来滅後五五百歳始観心本尊抄 文永一〇年四月二五日 五二歳 661)

"一閻浮提第一の本尊"とは文字通り、「ただ御一幅の本尊」

ということである。
"第一"とは二もなく三もなし。との意である。

この類文は繁多である。

■ 本尊とは勝れたるを用ふべし。(本尊問答抄 弘安元年九月 五七歳 1275)

これは、最極・最勝・最尊の本尊を用いなさい。ということである。

"最も勝れている"ということはただ御一体の御本尊のことである。

常識から言っても、最も勝れているものが二つ以上在る道理はない。

■ 本尊とは法華経の行者の一身の当体なり(就註法華経口伝(御義口伝)1773)

法華経の行者・日蓮大聖人は、当然至極であるが、ただお一人であられた。
まさに"一身"である。

で、その"一身の当体"=本尊であるから、根本の本尊とはただ御一幅であるということである。

「本尊」である法華経の行者・日蓮大聖人が二人も三人も居られる筈はない。

しかも、この御文は、本尊は「人法一箇」であることを明示されておられる。

であるから本尊にはこの「人法一箇」の義が整則していなくてはならないことが自ずと知れるのである。

その人法一箇の義が体相に顕示されている御本尊こそが、"一身の当体"である根本の本尊ということである。
(この件に関しては、御本尊の体相・御相貌に関しての考察の項で詳述する)

■ 諸宗は本尊にまどえり(開目抄上 文永九年二月 五一歳 554)

逆に論ずれば、根本とする本尊が複数以上あると思うから惑うのである。

根本の本尊はただ御一幅。と明確に決判されていれば、絶対に惑うことはない。

大聖人が後の門人達が惑うような曖昧な御化導されるはずがないのである。
(それでも迷見の者どもは、根本の本尊に惑って、妙本寺がごとくの未究竟の万年救護本尊などに妄執する輩も出る始末であるが。)

引用元:http://toyoda.tv/kaidan2.htm

大聖人の御化導が究竟するところが、ある御一幅の文字曼荼羅本尊へ帰結するという論証。

■  日興が云はく、此の御筆の御本尊は是(これ)一閻浮提に未だ流布せず、正像末に未だ弘通せざる本尊なり。然れば則ち日興門徒の所持の輩に於ては、左右無く子孫等にも譲り弟子等にも付嘱すべからず。同一所に安置し奉り、六人一同に守護し奉るべし。是偏(ひとえ)に広宣流布の時、本化国王御尋ね有らん期(とき)まで深く敬重し奉るべし。(富士一跡門徒存知事 延慶二年 1872)

これは、「門徒僧俗各自が大聖人から賜った御真筆の御本尊は、同一所に安置し、六老僧が中心となって、広宣流布の暁まで守護し続けなさい。」
との意である。

■ 霊山浄土(りょうぜんじょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。(三大秘法稟承事 弘安五年四月八日 六一歳 1595)

■ 国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。(日蓮一期弘法付嘱書 弘安五年九月 六一歳 1675)
(※二箇相承が真正文書であったことについては別項で論じる)

まず、この両文から、広宣流布が達成するまでは、「本門寺の戒壇」は建立されない。ということが分る。

 

■  一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。(日興跡条々事 元弘二年一一月一〇日 1883)
(※該書が真正の文書であることは別項で論じる)

■ 三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺の本堂なり。(具騰本種正法実義本迹勝劣正伝(百六箇抄)弘安三年一月一一日 五九歳 1699)
(※百六箇抄の義が大聖人の真正正意であることは別項で論じる)

次に、この両文から"日興上人が大聖人から賜った弘安二年の大御本尊"を広宣流布達成の暁に建立する"本門寺の本堂"に御奉掲し安置せよ。との御意が拝せられる。

 

以上の文義を合わせ考察すれば、

 

日興上人の御身に賜った弘安二年の大御本尊(御一体の御本尊)は、広宣流布達成の時を待って、その達成時に、富士山本門寺の本堂に御奉掲され安置される。
その時こそが三大秘法の事相における戒壇建立(成就)の時である。

そして、その他の僧俗各自が大聖人から賜った大聖人御真筆本尊は、日興上人の時代から同一所に安置して、六老僧を中心にこの広宣流布達成の時まで厳重に守護していきなさい。

という意義となる。

 

ここに時間・場所・に大きな差異があるのである。

① 『日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊』は『広宣流布達成時』に『富士山本門寺本堂』へ御奉掲し安置。

② 『その他の日興門徒所持の御真筆御本尊』は、『日興上人時代』から『同一箇所』に安置し、守護。

ここに明確に、日興上人が賜った 『弘安二年の大御本尊』 と 『その他の御本尊』 との縦分けがされている。
(附言しておけば、まさか広宣流布達成時、富士山本門寺本堂に数百体の御本尊が常時同格に並立されて御奉掲・御安置される化儀はあり得ない。(御虫払い法要は意義が違うことぐらい説明の必要は無かろう))

ということは、富士山本門寺本堂に奉掲安置される御本尊は、御一体であり、その御本尊は、日興上人のみに付嘱・相伝された、『弘安二年の大御本尊』以外にはない。ということになる。


それは細かく見れば、更に明白で、

① 日興上人に賜った『弘安二年の大御本尊』は、『日目に之を相伝す。』とあり、

② その他の『日興門徒の所持』の御本尊は、『左右無く子孫等にも譲り弟子等にも付嘱すべからず。』とあるから、真逆の御指南である。

ここで、付嘱・相続・相伝の在り方についてもその差を、明確に一線引かれておられる。


以上、簡略に考察してみても、大聖人の御化導の終窮究竟の目的である広宣流布達成。
その暁に建立する富士山本門寺本堂へ御奉掲・御安置するのは『日興に相伝・付嘱された弘安二年の大御本尊』御一幅である。
この『弘安二年の大御本尊』こそが大聖人の『出世の本懐中の御本懐』であることは、文義明白である。

引用元:http://toyoda.tv/kaidan3.htm

法華経とはその元意は三大秘法のことである。
三大秘法はそのまま一大秘法に括られる。
その一大秘法の体とはまさに戒壇の大御本尊である。
この戒壇の大御本尊様をそのまま御身に宛てて唯授一人・血脈相承されているのが日興上人を随一とする御歴代上人である。

【文証】

日蓮一期弘法付嘱書   日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり。弘安五年=壬午=九月 日  日蓮 花押   血脈の次第 日蓮日興

■「仏宝法宝は必ず僧によりて住す」

仏宝法宝=人法一箇の戒壇の大御本尊に究竟せられ、その人法一箇の戒壇の大御本尊は大聖人様の出世の本懐であり、「日蓮一期の弘法」の究極の御法体である。
その御法体は、「血脈の次第 日蓮日興」として日興上人に相伝・伝持せられたが、この
「次第」 とは、=物事が行われる際の一定の順序。
という意義があり、大聖人亡き後、次の法嗣であられる日興上人は必ず「物事が行われる際の一定の順序」として
「血脈の次第 日興⇒次の法嗣(日目上人)」
とお決めになるという道理である。

更に補足すれば、この「血脈の次第 日蓮日興」との御文は、

釈尊
上行菩薩(本地久遠元初自受用身・末法再誕日蓮大聖人←■本地は自受用身、垂迹上行菩薩、顕本は日蓮なり。)
→日興上人

という基本形を示し、これはつまりは、

御先師
→御当代
→次期御法主

との基本の方程式をお定めになった濫觴であり、末法万年の伝持・相伝の次第は次代へ唯授一人・血脈相承で必ず伝持・相伝されていくという大聖人御自らの御決判である。

この道理は以下の御文証に依っても明白である。

■ 一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。

つまり、法華=三大秘法=一大秘法=戒壇の大御本尊 は
大聖人→日興上人→日目上人  と伝持され 御先師→御当代→次期御法主 との基本形は末法万年に向けて伝承されるのである。

であるから現時で、「法華を心得たる人」とは「戒壇の大御本尊を相伝された方」ということになり、御法主上人以外在り得ないのである。

【現証】

法主上人こそが御本尊を書写できる。=これこそ、「法華を心得たる人」という正に「現証」である。
創価学会ですら、"日蓮正宗の御歴代上人の書写御本尊"を「本尊」としている。
これまた、「法華を心得たる人」とは、御歴代上人でしか在り得ないことを、無意識の内に認めている証左である。

引用元:http://toyoda.tv/ketumyaku.htm

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①一体三宝(内証)
 末法出現の仏・法・僧は、内証においてはともに久遠元初の三宝であり、大御本尊と一体のものと拝する三宝

②別体三宝(外用)
 末法における仏宝は宗祖日蓮大聖人、法宝は本門戒壇の大御本尊、僧宝は唯授一人血脈付法の日興上人と、形式の上から立て分けて拝する三宝

③住持三宝(化導)
文底下種の三宝を令法久住せしめ、末法万年の衆生を済度する意義から拝する三宝。歴代上人はすべて僧宝として尊信される。

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法華経は唯仏与仏の境界にして、等覚已下は極むることなきが故なり。(同一鹹味御書 263)

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●『真言見聞』

「凡(およ)そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり」(真言見聞 文永九年七月 五一歳 608)

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日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外(ほか)未来までもながる(流布)べし。日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ。(報恩抄 建治二年七月二一日 五五歳 1036)

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● 次に僧の恩をいはゞ、仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬へば薪(たきぎ)なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法二千年過ぎて末法へも伝はるべからず。
故に大集経に云はく「五箇(ごか)の五百歳の後に、無智無戒なる沙門(しゃもん)を失(とが)ありと云って是を悩ますは、この人仏法の大灯明(とうみょう)を滅(めっ)せんと思へ」と説かれたり。然れば僧の恩を報じ難し。されば三宝の恩を報じ給ふべし。古の聖人は雪山童子(せっせんどうじ)・常啼菩薩(じょうたいぼさつ)・薬王大士(やくおうだいし)・普明王(ふみょうおう)等、此等は皆我が身を鬼のうちがひ(打飼)となし、身の血髄(けつずい)をうり、臂(ひじ)をたき、頭(こうべ)を捨て給ひき。然るに末代の凡夫、三宝の恩を蒙りて三宝の恩を報ぜず、いかにしてか仏道を成ぜん。(四恩抄 弘長二年一月一六日 四一歳 269)

僧=沙門 出家僧

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▲ 華厳経に云はく「恩を知らざる者は多く横死(おうし)に遭(あ)ふ」(四条金吾釈迦仏供養事 建治二年七月一五日  五五歳 995?)

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■ 信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり (生死一大事血脈抄 文永九年二月一一日 五一歳 515)

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▲ 修学解了の受職の比丘は仏位に同じ。是即ち如来の使ひなればなり。589

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▲【百六箇抄】(1702)

但し直授(じきじゅ)結要(けっちょう)付嘱は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て総貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之を残さず、悉く付嘱せしめ畢んぬ。
上首已下並びに末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興が嫡々付法の上人を以て総貫首と仰ぐべき者なり。

又五人並びに已下の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外万国までも之を流布せしむと雖も、日興が嫡々相承の曼荼羅(まんだら)を以て本堂の正本尊と為すべきなり。所以(ゆえん)は何(いかん)、在世・滅後殊(こと)なりと雖も付嘱の儀式之(これ)同じ。譬へば四大六万の直弟の本眷属有りと雖も、上行薩・(さった)を以て結要(けっちょう)付嘱の大導師と定むるが如し。今以て是くの如し。六人已下数輩の弟子有りと雖も、日興を以て結要付嘱の大将と定むる者なり。

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【関連】

●65日淳上人

百六箇抄については香浦氏は「その成立を大聖人の時ではなく後世であるか」の如く評してをるが、(中略)しかし察していへば恐らく同抄の後尾に明らかに大聖人の御時でないことが書かれてをるからそれを理由に言ふのであらうと思ひます。
若しそうであるならばそれは御相伝書の拝し方を知らないのによります。
相伝書は順次相ひ伝へるに従つて加筆があつてもそれは当然です。
それが相伝書の相伝書たるところで僞作ででもあるかの如く考へるのは全く書物の読み方も知らないうつけ者です。
そんなことでは仏法の筆受相承などのことを談ずる資格は遠くありません。顔を洗つて拝し直すことです。

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▼3【池田指導】(百六箇抄講義)

本抄(百六箇抄)には歴代の法主上人が拝読されたおり、一種の「覚え書き」として挿入、付加された部分が織り込まれております。歴代の法主上人が、日蓮大聖人の血脈を受けられ、大聖人の口伝を一点の誤りもなく後代に伝える意味もあって、「百六箇抄」の行間、本抄の前後、各項目の注釈等として書き込まれたものであります。故にこの部分も、私達が大聖人の口伝を体得していくうえにおいて、不可決の記述といえましょう。(中略)百六箇抄の口伝はもとより、代々の法主上人が記述された箇所も、すべて日蓮大聖人の金口として拝していきたいと考えております。

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戸田城聖・御書全集発刊の辞

● 最も重要なる血脈抄・本因妙抄等日蓮正宗門外不出の御抄は巳に上梓を見た如何なる御書全集にも掲載されず、宗祖の御真意を拝せんとひたすら念願する者をして久しく遺憾の念を抱かしめていたのである。
(中略)
日亨上人猊下は八十大歳の御高齢にて日夜不断の御苦心にも拘らず、身心共に何等の魔障なく数十年に亘る御研究を結集せられてここに本書の完成を見たのである。其の内容たるや古今を通じて最も誇り得べきもので
あると共に、初信の者も仏意を会得するに容易ならしむるよう字句の上にも細心の注意が払われている。

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日蓮一期弘法付嘱書    弘安五年九月  六一歳

 日蓮一期(いちご)の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年壬 九月 日 日蓮花押    
         血脈の次第 日蓮日興  1675 

次第=

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身延山付嘱書    弘安五年一〇月一三日  六一歳

 釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。
  弘安五年壬午十月十三日   武州 池上   日蓮花押 1675

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●『本因妙抄』

「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の禀承唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし」(新編一六八四㌻)

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●『産湯相承事』

若し日蓮が現在の弟子並びに未来の弟子等の中にも、日文字を名乗りの上の字に置かずんば、自然の法罰を蒙ると知るべし。予が一期の功徳は日文字に留め置くと御説法ありし儘(まま)、日興謹みて之を記し奉りしなり。
 聖人言(のたま)はく、此の相承は日蓮嫡々一人の口決、唯授一人の秘伝なり、神妙神妙と言給(のたま)ひて留め畢んぬ。(産湯相承事 日興之を記す 1710)

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● 一 日蓮己証の事(1854)

 仰せに云はく、寿量品の南無妙法蓮華経是なり。
地涌(じゆ)千界の出現、末代当今の別付嘱の妙法蓮華経の五字を、一閻浮提(えんぶだい)の一切衆生に取り次ぎ給ふべき仏の勅使上行菩薩なり云云。
取り次ぎとは、取るとは釈尊より上行菩薩の手へ取り玉ふ。
さて上行菩薩末法当今の衆生に取り次ぎ玉へり。
是を取り次ぐとは云ふなり。
広くは末法万年の取り次ぎ取り次ぎなり。是を無令(むりょう)断絶とは説かれたり。又結要(けっちょう)の五字とも申すなり云云。
上行菩薩取り次ぎの秘法は所謂南無妙法蓮華経是なり云云。(御講聞書  弘安三年五月二八日 五九歳)

 弘安元年戊寅三月十九日より連々の御講、同三年五月二十八日至る、仍(よ)って之を記し畢(おわ)んぬ。
                          日向之を記す)

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●2『御本尊七箇之相承』

日蓮在御判と嫡嫡代代と書くべしとの給う事如何。師の曰わく、深秘なり、代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(聖典三七九㌻)

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●2『日興遺誡置文』

「衆義たりと雖も、仏法に相違有らば貫首之を摧くべき事」(新編一八八五㌻)

第十八条の「不可用之事」は不幸にして法主貫主)の言われることがどうしても理解できなかった場合、消極的に「もちいない、ききいれない」ということであり、第十九条の「可摧之事」は、大衆が数を頼んで団交に及んでも法主が仏法からみて相違しているならば断固、積極的に、「くだけ、おしとおせ」と言われているのである。
 そこに自ら、法主と大衆には礼儀、立場の違い、法の重さという修行分の違いがあるのであって決して「不二」ではなく、「而二」なのである。

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●1883A
    日興跡条々事    元弘二年一一月一〇日
 一、本門寺建立の時、新田��
阿闍梨(にいだきょうあじゃり)日目を座主と為し、日本国乃至一閻浮提の内、山寺等に於て、半分は日目嫡子(ちゃくし)分として管領せしむべし。残る所の半分は自余の大衆等之を領掌(りょうしょう)すべし。
 一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。
 一、大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり。(日興跡条々事 元弘二年一一月一〇日 1883)
  右、日目は十五の歳、日興に値ひて法華を信じて以来七十三歳の老体に至るも敢(あ)へて違失の義無し。十七の歳、日蓮聖人の所に詣で甲州身延山 御在生七年の間常随給仕し、御遷化の後、弘安八年より元徳二年に至る五十年の間、奏聞の功他に異なるに依って此くの如く書き置く所なり。仍って後の為(ため)証状件(くだん)の如し。
   十一月十日
                         日興花押    

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化儀抄二十七条(要集一巻六四)

●9 信と云い血脈と云い法水と云う事は同じ事なり、信が動ぜざれば其の筋目違うべからざるなり、違わずんば血脈法水は違うべからず(中略)出世には師匠の心中を違へざるが血脈法水の直しきなり、高祖已来の信心を違えざる時は我等が色心・妙法蓮華経の色心なり。

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●59『有師化儀抄註解』日亨上人

信心と血脈と法水とは要するに同じ事になるなり、
信心は信行者にあり・此信心に依りて御本仏より法水を受く、
其法水の本仏より信者に通う有様は・人体に血液の循環する如きものなるに依りて・信心に依りて法水を伝通する所を血脈相承と云うが故に・信心は永劫にも動揺すべきものにはあらず・攪乱すべきものにあらず、
若し信が動けば其法水は絶えて来ることなし、爰に強いて絶えずと云はば其は濁りたる乱れたる血脈法水なれば・猶仏法断絶なり、
信心の動かざる所には・幾世を経ても正しき血脈系統を有し仏法の血液活溌に運行す、
其は世間にて云えば子は親の心に違はす祖先の定めたる家憲を乱さぬが・其家の血統正しきが如く・仏法には師匠の意中に違はぬが血脈の正しき法水の清らかなるものなり、
仏法の大師匠たる高祖日蓮大聖開山日興上人已来の信心を少しも踏み違えぬ時、末徒たる我等の俗悪不浄の心も・真善清浄の妙法蓮華経の色心となるなり此色心の転換も只偏に淳信篤行の要訣にあり、
若し此の要訣を遵奉せずして・不善不浄の邪信迷信となりて仏意に違う時は・法水の通路徒らに壅塞せられて・我等元の儘の粗凡夫の色心なれば・即身成仏の血脈を承くべき資格消滅せり。(富要一―一七六㌻)

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▲9 三世諸仏高祖開山も当住持の所もたげられたる所なる故に・事に仏法の志を高祖開山日目上人受け給ふ姿なり。(1-144 有師化儀抄註解)

● 本山の住持の当職(末寺も此に准ず)は三世諸仏高祖開山三祖の唯一の代表者なれば・仏祖も殊に現住を敬重し給ふが故に供養の一切の酒を当住持が始らるゝは勿論の事にて・即宗開三祖が自ら受け給ふ姿なり (1-145)

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● 先師先師は過去して残る所は当住持計なる故なり、住持の見玉ふ処が諸仏聖者の見玉ふ所なり。 (1-146)

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● 住持の上人は高開三祖等次第に過去し給へる後の現存者なるを以て・現住即高開三の代表にして・現住の見る(施物を)所は仏聖人の見給ふ処なる故云々 (1-146)

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▲ 創価学会の宗史観を糾す

同抄第十四条には、
「信者門徒より来る一切の酒をば当住持始めらるべし、只し月見二度花見等計り児の始めらるゝなり、其の故は三世の諸仏高祖開山も当住持の所にもぬけられる所なるが故に、事に仏法の志を高祖開山日目上人の受け給ふ姿なり」(同 一―六二頁 傍線は小林の引用部分)

とある。「もぬける」とは、蝉や蝶などが脱皮してその身を新たにすることである。そのように三世の諸仏はもとより宗開両祖以来の御歴代上人のお心が抜けられて、当代の法主上人のところに来ているのであるから、仏法のすべては当代の法主上人のところに存する、との義である。また広く言えば、法主上人に随従する末寺住職のところにも、一切を所持される法主上人のお心が抜けてこられる、という意でもある。

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●17『当家甚深の相承の事』

「当家甚深の相承の事。全く余仁に一言半句も申し聞かす事之れ無し、唯貫首一人の外は知る能わざるなり」(歴全二―三一四㌻)

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●17「当家甚深之相承之事。全く余仁に一言半句も申し聞かすこと之れなく、唯貫主一人の外は知る能わざるなり。(略)又本尊相伝唯授一人の相承の故に代々一人の外書写之れなし」

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●17「当家相承の事、全く他家に於て知らざる法門なり。大聖人より相伝の分は日興一人なり。之に依って今に相伝絶えず、然るに当時悪僧出来して残らず相承の由申す云々。斯の如き悪侶未来は弥々出来すべきが故に斯の如く書き置く所なり。今時平僧所化衆多し以て書写する故に此の如く書き置く所なり。延宝九年八月十二日      日精花押」

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●17『富士門家中見聞』日精上人

「御上洛の刻み、法を日道に付嘱す、所謂形名種脱の相承、判摂名字の相承等なり。総じて之れを謂えば内用外用金口の知識なり、
別して之れを論ずれば十二箇条の法門あり、甚深の血脈なり、其の器に非ざれば伝えず、
此くの如き当家大事の法門既に日道に付嘱す。
爰に知りぬ、大石寺を日道に付嘱することを。後来の衆徒疑滞を残す莫かれ」(聖典六九五㌻)

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■●26【当家三衣抄】(六巻抄二二五㌻)

無仏・南無法・南無僧とは、(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫主、開山付法南無日興上人、南無一閻浮提座主、伝法日目上人、嫡々付法歴代の諸師。此の如き三宝を一心に之を念じて唯当に南無妙法蓮華経と称し乃ち一子を過ごすべし云々。

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■●26 僧宝は久遠元初結要付属の所受の人なり。久遠は今日今日は久遠なり。(三宝抄) 

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●26『当流行事抄』日寛上人

「吾が富山のみ蓮祖所立の門流なり。故に開山已来化儀化法、四百余年全く蓮師の如し」(六巻抄一九三㌻)

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■●26『撰時抄愚記』日寛上人

「宗祖云く『此の経は相伝に非ずんば知り難し』等云云。『塔中及び蓮・興・目』等云云」(文段集二七一㌻)

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●26『文底秘沈抄』日寛上人

「今に至るまで四百余年の間一器の水を一器に移すが如く清浄の法水断絶せしむる事無し、蓮師の心月豈此に移らざらんや」(六巻抄六六㌻)

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■●26『三宝抄』日寛上人

付属伝授は即ち是れ僧宝なり。世人此の宝を知らざること譬えば卞(べん)和らか璞(あらたま)の如し云々。(夜光の珠は磨かざれば 石瓦なり磨は珠なり。歴全4-365)

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■●26 金言とは金口相承即是れ僧宝なり 三宝抄 歴全4-372

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■▲「結要付属豈僧宝に非ずや」(六巻抄 三二三㌻)

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■●26『三宝抄』日寛上人

「然れば則ち吾が日興上人嫡々写瓶の御弟子なる事分明なり。故に末法下種の僧宝と仰ぐなり。爾来日目日道代々咸く是れ僧宝なり、及び門流の大衆亦爾なり云云」(歴全四―三九〇㌻)

(※「咸く是れ僧宝なり、(a)及び門流の大衆」の(a)の区切りに当家三衣抄のお心からすれば、能化所化の立場の違いが拝せられる。)

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【関連】▼※ 『特別学習会テキスト』創価学会発行

「『僧宝』とは正宗においては第二祖日興上人のことであり、また第三代会長も発言しているごとく、唯授一人の血脈をうけられた御法主上人猊下であらせられます。従ってこの正宗教義の根本となる僧宝と、信心実践面での和合僧ということについては、絶対に混同するようなことがあってはなりません。また、広義においても、学会を『僧宝』という言い方はしてはならないことであります」(四一㌻)

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■▲26久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり、仏恩甚深にして法恩も無量なり。然りと雖も若し之れを伝えずんば則ち末代今時の我等衆生、曷ぞ比の大法を信受することを得んや、豈開山上人の結要伝授の功に非ずや、然れば則ち末法出現の三宝は其の体最も明らかなり」(聖典九五〇頁)『当流行事抄』

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■▲「所謂僧宝とは日興上人を首と為す、是れ則ち秘法伝授の御弟子なるが故なり」 僧宝は第二十六世日寛上人

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■ ▲所詮宗祖大聖人の教の如く少も添ず削らず修行する則んば、本因の釈迦菩薩一迷先達して如百迷盲に教へ玉ふ如くぞと信じ奉る可き也。具に此の本因本果の法門を尋んと欲ば、今二十四代伝て大石の精舎にあり金口の御相承切紙相承其の外種々の御相伝有るげにありと云云。(富要10-254 寿量品)?

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●26『三宝抄』日寛上人

「問う、三宝に勝劣有りや。「答う、此れ須く分別すべし、若し内体に約さば実に是れ体一なり。
所謂法宝の全体即ち是れ仏宝なり、故に一念三千即自受用身と云い、又十界具足を方に円仏と名づくと云うなり。
亦復一器の水を一器に写すが故に師弟亦体一なり、故に三宝一体也。
若し外相に約さば任運勝劣あり。
所謂、仏は法を以て師と為し、僧は仏を以て師と為す故也。
故に法宝を以て中央に安置し、仏及び僧を以て左右に安置するなり」(歴全四―三九三㌻)

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●26『抜書雑々集』日寛上人(左京日教師「類聚翰集私」・富要二―三〇九頁の文を引用)

日蓮聖人御入滅有るとき補処を定む、其の次ギに仏法相属して当代の法主の所に本尊の躰有るべきなり、
此の法主に値ひ奉るは聖人の生れ代りて出世したまふ故に、生身の聖人に値遇結縁して師弟相対の題目を同声に唱へ奉り信心異他なく尋便来帰咸使見之す、
何ぞ末代の我等三十二相八十種好の仏に値ひ奉るべき、
当代の聖人の信心無二の所こそ生身の御本尊なれ、」

尋いで便(すなわ)ち来り帰って咸(ことごと)く之に見(まみ)え使(し)む

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▲26「此の経は相伝に有らざれば知り難し」文。
また云く「此の法華経は知らずして習い談ずる者は但爾前の経の利益なり」如説修行抄筆記

● 日寛上人 『口伝にあらざれば知り難し、師資相承故あるかな』

出典

 大聖人は『一代聖教大意』に、
 「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(御書92、全集398頁)
と申されております。また日寛上人は、「口伝にあらざれば知り難し、師資相承故あるかな」と申されております。師資相承とは師より弟子に相承することであります。(第66世日達上人『大日蓮』昭和53年9月号)

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●31『日因上人御消息』

「日興上人已下代々も亦爾なり、内証に順ずる則んば仏宝なり、外用に順ずれば則ち僧宝なり」(妙喜寺文書)

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●48『続家中抄』日量上人

「晨朝密かに学頭詳公(※日詳上人)を招き、金口嫡嫡の大事を伝付し没後の事を遺托す」(聖典七七四㌻)

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●56『弁惑観心抄』日応上人

「大漫荼羅一幅に於て三宝を具足するを以て別体住持二種の三宝必要なしと云はば三宝に開合あるの義を弁へざるが故なり。
夫れ当家所立下種の三宝は久遠元初無作本有の妙法蓮華経より唯我与我の師現はれて事行の信心を顕示し末法但妄の衆生を救済し玉ふ者なれは漫荼羅一幅に三宝を具するは則ち合帰の事相にして別体の三宝は則ち妙法の漫荼羅より開発したる事相なり」(二〇四㌻)

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●56『弁惑観心抄』日応上人211

唯授一人嫡々血脈相承にも別付総付の二箇あり。
其別付と者則法体相承にして総付者法門相承なり、
而して法体別付を受け玉ひたる師を真の唯授一人正嫡血脈附法の大導師と云ふへし。
又法門総付は宗祖開山の弟子旦那たりし者一人として之を受けさるはなし。
蓋し法門総付のみを受けたる者は遂には所信の法体に迷惑して己義を捏造し宗祖開山の正義に違背す、(中略)
大石寺は宗祖開山より唯授一人法体別付の血脈を紹継するを以て五十有余代の今日に至るも所信の法体確立して毫も異議を構へたる者一人もなし。
而して別付の法体と者則吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是なり、
故に開山上人より目師への付属書に云く「日興宛身所給弘安二年大本尊日目授与之」云々、
此法体相承を受くるに付き尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり
此金口嫡々相承を受けされは決して本尊の書冩をなすこと能はす、(中略)
仮令広布の時といへとも別付血脈相承なるものは他に披見せしむるものに非す、
況や今日該抄を世上に伝播せしむるか如きは無論唯授一人の別付相承に非すして法門総付の相承なること顕然なり

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●56「辨惑観心抄」日応上人219

此の金口の血脈こそ宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝るものなり。
之を真の唯授一人と云ふ、(中略)
故に予は断言す、汝等か山は不相伝なり、無血脈なり、と。
宜しく猛省すへし。

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●「一、吾本山大石寺ハ血脈相承ナルモノハ元ヨリ唯授一人ニ限ルモノニシテ断シテ二三アルニアラス。
故ニ開山日興ハ是を日目ニ附シ、日目ハ是ヲ日道ニ附シ、金口嫡々附嘱相承シテ五十有余代ノ今日マテ毫末乱ルゝナシト為ス」(法之道・研究教学二七―三一㌻)

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●「此ノ金口ノ血脈コソ唯仏与仏ノ秘法ニシテ、独リ時ノ貫首ノ掌握セル所ナリ。
是レニハ数種アリ。
又数箇ノ條目アリトイヘトモ、其ノ中一種ノ金口血脈ニハ宗祖己心ノ秘妙ヲ垂示シ、一切衆生成仏ヲ所期スル本尊ノ活眼タル極意ノ相伝アリ。
又師資相承ノ如キハ、宗祖直授ノ禁誡ニシテ、令法久住ノ基礎タリ。
是レ等ヲ此レ唯授一人金□嫡々血脈相承ト云フ也」「同四七四㌻」

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▲56日応上人、

「当宗に於て授与する処の御本尊は一切衆生に下し置かれたる此の御本尊の御内証を代々の貫主職一器の水を一器に写すが如く直授相伝の旨を以て之を写し奉り授与せしむる事なれば、各のその持仏堂に向かっても「直ちに此の御本尊を拝し奉る事よ」と相心得へ受持信行する時にはその処直に戒壇の霊地、事の寂光土なる程に臨終の夕までも此の御本尊を忘れ奉らざる様に致さるべきなり、
爾れば則ち即身成仏は決定疑ひなきなり。」(本門戒壇本尊縁由 一九㌻)

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●59『有師化儀抄註解』日亨上人

「再往末法に於いて義釈を為さば・此仏と云ふも此菩薩と云ふも・共に久遠元初仏菩薩同体名字の本仏なり、末法出現宗祖日蓮大聖の本体なり、
猶一層端的に之を云へば・宗祖開山已来血脈相承の法主是れなり、是即血脈の直系なり」(富要一―一一七㌻)

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●59『有師化儀抄註解』日亨上人(1-160)

貫主上人は本仏の代官にもあり・又本仏の義にもあり・口づから命を発したる仁なれば、御前に復命せんこと亦勿論なり、

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● 富士派に於ては古往今来化儀化法秋毫も乱れず、
殊に宗旨の本源基礎確立して、宗祖以来、歴世之れを紹隆し、始終一貫、未だ曽て微塵も異義を雑へたる事あらざるは、実に是れ宗祖の正統血脈相承を紹継せる現証にして、
書経巻を解決するに、純潔正確、宗祖の正意本懐を顕彰し、各派に独歩超出せる所以の者も、亦之れ血脈相承あるが故なり。

若し経巻のみを見て以て仏法の本旨を解決するを得ば、法然にまれ、弘法にまれ、其の他、禅・律・真言・浄土等各宗派の祖師等も、宣示顕説の法華経を読みて其の本旨を解決悟了すべきに、然らずして却て己義を立て僻解を生ぜしは、要するに血脈相承なきの現証にして顕本徒、亦此れと同一般なり、(※創価・顕正も同様)

斯くの如く事実現証の抹殺すべからざるに於ては、顕本の所謂経巻相承なる者は、到底宗祖の正意を得たる者に非ず、
抑も顕本は単に経巻相承の下に宗義を立つるが故に、異端百出、曲解続起し、弥よ邪岐に迷ふ、
固より当然のみ、
蓋し顕本の所謂経巻相承なるものは私に云ふ所の経巻相承なる事は、日什が宗祖滅後数十年の後始めて日什的法義を唱導せるを以ても之れを知るを得べし、
故に宗旨の根帯は宗祖の本懐に基くに非ずして、日什が僻案附会の曲義を根本とす、
換言すれば顕本は根幹、枝葉果共に宗祖の本懐より生じたるには非ず、
唯名を借り、祖書を盗用せるに過ぎず、
是れを以て其末流の輩、異解を生じ、己々の私義を主張し、現今の紊乱を致す。豈に怪むに足らんや。

蓋し相承に経巻あり。血脈あり、
就中、血脈相承を最とする所以は、経巻相承と云ひ、師資相承と称するも、皆血脈相承に附随含有せらる、
故に富士派に於て血脈相承と云ふは、主要なるを以てのゆへにして、敢て師資経巻の相承なきに非ず、
総て此れ等の相承は宗祖より歴世之れを招隆せらるるなり、
彼の顕本の所謂経巻相承なる自己勝手に名称せるものとは其の轍を異にせるなり。

而して富士派は血脈相承ある故に師弟相資け、法統一系、連綿紹隆し、
血脈相承ある故に、経巻の正意を誤らず、微塵の異解なく、宗旨の本源確立し、宗門の基礎鞏固に万古に渉つて変ぜず、各宗派に卓絶し、鎮へに法威を輝す所以は則ち宗祖正統血脈相承を特有せるを以てなり、

然るに日什の濁流を汲むの徒、之れを羨望するの余り、終に嫉妬貪婪の邪心を起し非望を覬覦す、
恰も将門が擬宮を猿島に造り、皇室を窺うの反逆と何ぞ異ならん。

倩ら阿部師の論旨と本多の論旨とを対照し、孰れか宗祖の本懐に適ふや否やは、正確なる道理・文証・現証に依るに加くはなし、
蓋し法論当日、満場大多数の聴衆が阿部師の論旨に感動・賛成を表し、拍手喝采せるは、正に是れ、同師の論旨が此三者の方軌に依て弁ぜられ、本多の論旨、顕本の所立が邪にして、富士派の法義が正なり。と、判定せるに外ならざるべし、

依て読者も亦、此の正確なる標準に憑り、此書を看ば、両者の邪正是非を知ること、掌中の菴羅菓を見るよりも容易に明かならん、
故に予輩、編者は、喋々冗言をなさず、余は有識具眼者の判定に一任せんのみ、
之れを結論となすと爾か云ふ。

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再掲

●59『有師化儀抄註解』日亨上人

信心と血脈と法水とは要するに同じ事になるなり、
信心は信行者にあり・此信心に依りて御本仏より法水を受く、
其法水の本仏より信者に通う有様は・人体に血液の循環する如きものなるに依りて・信心に依りて法水を伝通する所を血脈相承と云うが故に・信心は永劫にも動揺すべきものにはあらず・攪乱すべきものにあらず、
若し信が動けば其法水は絶えて来ることなし、爰に強いて絶えずと云はば其は濁りたる乱れたる血脈法水なれば・猶仏法断絶なり、
信心の動かざる所には・幾世を経ても正しき血脈系統を有し仏法の血液活溌に運行す、
其は世間にて云えば子は親の心に違はす祖先の定めたる家憲を乱さぬが・其家の血統正しきが如く・仏法には師匠の意中に違はぬが血脈の正しき法水の清らかなるものなり、
仏法の大師匠たる高祖日蓮大聖開山日興上人已来の信心を少しも踏み違えぬ時、末徒たる我等の俗悪不浄の心も・真善清浄の妙法蓮華経の色心となるなり此色心の転換も只偏に淳信篤行の要訣にあり、
若し此の要訣を遵奉せずして・不善不浄の邪信迷信となりて仏意に違う時は・法水の通路徒らに壅塞せられて・我等元の儘の粗凡夫の色心なれば・即身成仏の血脈を承くべき資格消滅せり。(富要一―一七六㌻)

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● 本山の住持の当職(末寺も此に准ず)は三世諸仏高祖開山三祖の唯一の代表者なれば・仏祖も殊に現住を敬重し給ふが故に供養の一切の酒を当住持が始らるゝは勿論の事にて・即宗開三祖が自ら受け給ふ姿なり (1-145)

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● 先師先師は過去して残る所は当住持計なる故なり、住持の見玉ふ処が諸仏聖者の見玉ふ所なり。 (1-146)

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● 住持の上人は高開三祖等次第に過去し給へる後の現存者なるを以て・現住即高開三の代表にして・現住の見る(施物を)所は仏聖人の見給ふ処なる故云々 (1-146)

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▲65日淳上人

「仏教は必ず相伝による」(日淳上人全集七四四㌻)

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●65『日淳上人全集』

「大聖人様が『血脈の次第日蓮日興』と仰せ遊ばされてございますが、今日その血脈を承継致しましてただ感激に打たれる所でございます」(一八四㌻)

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●65『日淳上人全集』 194

真に大聖人様から日興上人様への御相伝、日興上人様から日目上人様への御相伝、仏法の要を尽して御相伝あそばされてありまする。
実に尊い所と拝する所であり、我が日蓮正宗は、この相承の家にありまして、この大聖人の尊い教を七百年の間一糸乱れず今日に伝へて居る次第でございまする。
で私共は未熟でありましても宗開両祖、歴代上人の御跡を継ぎまして仏法の正統の家にあるのでございますから、この身の有難さをつくづく思いまして信心に励まねばならないと強く考へる次第でありまする。

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●65『日淳上人全集』1442

生死一大事血脈鈔に於て「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」と仰せられた血脈は脈絡のことで、即ち信心がなければ脈絡は成り立たないとの御意であらせられ「夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり」とは血液たる仏法を御指し遊ばされてをることは、御文によって明らかである。
血液があり、脈絡があってその上に相承ということができるのである。

その相承に

師資相承、
経巻相承、

之れに

内証相承、
外用相承

があって、此れ等の相承が具はって完全に相承の義が成り立つのである。

仏法に於て相承の義が重要視されるのは、仏法が惑乱されることを恐れるからであって、即ち魔族が仏法を破るからである。
そのため展転相承を厳にして、それを確実に証明し給ふのである。

大聖人の御あとはどうであらせられるかと拝すれば、直弟子中日興上人を御選び遊ばされ、一切大衆の大導師として一期の弘法をご付嘱遊ばされ、弘法抄を以てその事を証明遊ばされたのである。
御文中「血脈の次第日蓮・日興」とあらせられるのは大聖人の正統を決定し給ふためであって、付嘱相承・師資相承等の一切の相承のことが此の御文によって立証されておるのである。

しかしてそのあとのことは日興上人を師と仰ぎ、師弟相対して相承し給ひ、大衆は各々また師弟相対して相承してゆくのが仏法の道である。

内証の上には大聖人の御弟子であることは勿論である。
といって内証のみに執して、師弟の関係を整へることが最も大事であって、此れを無視するところに聖祖門下の混乱があり、魔の所行が起ってくるのである。

高田氏は「智学氏が大聖人の滅後六百年の断絃(げん)を継がせ給ふ」といってをるが、師弟相承の証明もなく、その法門に於ても相承のあとが全くないのである。
高田氏はいふであろう、「法華経と御書六十余巻を手に握って立つるところで文証此れにあり」と、(中略)

大聖人が 「経を手に握らない法門は信ずるな」 と仰せられしは 「仮令師資相承があると言っても経文にないことは信ずるな」 との聖訓であらせられる。
経文や御書そのものを手にすればそれによって相承があるといふのではない。

御書には「此経は相伝に非ずんば知りがたし」と仰せられて居る。

(中略)

信心血脈は付嘱相承の場合問題ではない。
法華一会の時、一切の菩薩や人天の方々を、「止みなん善男子」といって制止し給ひ、上行菩薩に付嘱し給ひしは、信心の有る無しにより給ひしものか。

(中略)

また大聖人が 「仏法―最大深秘の正法」 と仰せ給ふ秘法、また 「末法には持ち難し」 と仰せ給ふ大法を、唯信心だけで付嘱相承し給ふと考へるのは迂愚の骨頂ではないか。

そういう?倒(てんどう)の考へ方によって仏法の混乱があり、魔が跋扈するのである。

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●65『日淳上人全集』

「(※高田聖泉は『興尊雪寃録』で)「此の血脈を伝持するものは信心血脈である」と、かくいって「今我々が大聖人を慈父と仰ぎ南無妙法蓮華経と唱ふるものが信心血脈を相承するもの」であるとし、「日蓮正宗の唯授一人の相承などある筈がない、それは『隠し食い相承』であり、また顕本法華宗の経巻相承は『土足相承』である」と田中智学氏の言葉を借りて評してをる。(中略)御書を引いて内証相承、外用相承を説き師資、経巻、血脈等の相承を説き乍ら結局は信心血脈のみを立てることにして其の他を否定するといふことになつてをる。此れは国柱会の血脈を立てやうとするあまり、かような珍説を主張することになったと思はれる」(一四四一~一四四二㌻)

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●65日淳上人猊下

仏法において正法が混乱しないように相承の道を立てて明かにされているのであります。それでこの相承の跡を尋ねていけば正しい仏法か、間違った仏法かを知ることができるのであります。

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● 仏法に於ては相承といふことがまことに大切でありまして、此れが明確でないと仏法が混乱して了ふのであります。
世間では仏法の相承といふことは全く考へてをりませんが、そのため種々な人間が少々仏書を読むとおれは既に仏法を悟ってをるといって世間の何んにも知らない人に向って仏法を説くのであります。
ところが実際には仏法が解って居るのでないから勝手な解釈をしたり仏法外のものを仏法にくっゝけたりして全く無茶苦茶なことを言ふのであります。
此れ等はまだやさしい方で天魔が仏法を壊乱する為に、仏家になってくるのがあるので此れにいたってはなか\/見分けがつかないのであります。
今日世間で種々な宗教信仰が起ってきてをりますが、此れ等は世間の人が相承といふことを考へないからそこへつけ込むのであります。

 

● 仏法に於ては正法が混乱をしないやうに相承の道を立て明らかにされてあるのであります。
それで此の相承とは相ひ承けるといふことで師の道をその通り承け継ぐことであります。
それで此れを師資相承と申します。
既に師の道を承け継ぐのでありますから必らず師の証明がなければなりません。
弟子が勝手に承継したといってもそれは相承ではないのであります。

また世間では仏書を読んで悟ったといって師弟といふことを考へない人がありますが、それは仏法の正しい道ではないのであります。
昔経巻相承といふことをいって法華経を読んで仏法を相承したと主張した顕本法華宗の祖である日什といふ人がありますが、此れは自分勝手にいふことで法華経の中には日什といふ人に相承したといふ証明はないのであります。
仏法に於ては師資相承がなければいけないのであります。
また信心相承などといって信心を以て相承したなどといふ人がありますが、信心は仏法の基盤でありますが、相承はその上に於ける仏法の承継の問題であります。

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●65『日淳上人全集』聖典相伝部に寄せて

「申す迄もなく御相伝となりますれば直接御指南の金口嫡々の御相承や宗門の上の御教示等重々あらせられると拝しますが、それは御法主上人として大事大切でありまして、一般の僧侶や信徒としては御法主上人に随順し奉ることによって、自ら受けることができるのであります。それ故此には従来拝読を許されてをる御相伝書を挙ぐるに止めたのでありまして、此れを以て全部であると速断してはならないのであります」(一一五〇㌻)

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▲66日達上人昭和三十八年5月

「二祖日興上人より歴代を僧宝と立てておるのでありまして、古来より少しも変っておりません。」

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●66『日達上人全集』

「猊座というものは、大聖人様の生れ変りを表わす意味なんです。
大聖人様が常在、常にここにいらっしゃるということをあらわすところの猊座であります。(中略)だからいつでもその時の法主は大聖人様のお仕事をつかさどっておる」(二―六―九一㌻)

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●66『日達上人全集』

「『日蓮正宗宗規』に、〝管長は法門の正邪を決定する〟という意味のことが明らかに載っております。
そのとおりであります。
血脈を受けてその法門に従って、そして法門の正邪を決めるのは貫首ではないですか。
だから、貫首が己義を構えると考える人はとんでもない考えの人です。
それでは血脈相承を受けてない人ということになってしまいます。
血脈相承によってご法門を解釈していくのでありますから、少しも己義を構えるということはないわけであります。
大聖人の教えのとおりにやっていくのでありますから」(二―七―三四二㌻)

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●▼66「我が宗の三宝は、御本尊が法宝、大聖人が仏宝、日興上人が僧宝と立てます。
それに対して日目上人は座主である。
今言ったとおり、管領して、その大聖人の仏法を治めていく、よく受取って治めていく、すなわち管領という意味を持っていくのである。
統べ治める、そして統治をしていく。
その日目上人の後は、みな筒の流れのように、それを受継いでいくにすぎない。
……だから代々の法主日蓮大聖人ではない」(昭和52年5月 寺族同心会での日達上人の説法)

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●66『日達上人全集』

管領というのは管は筒、筒の流れを伝えて行く、代々の法主がこれを伝えて行くのであります。
(中略)管領して、その大聖人の仏法を治めていく、よく受取って治めていく、すなわち管領という意味を持っていくのである。
統べ治める、そして統治をしていく」(二―五―四五〇㌻)

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●66『日達上人全集』

「大聖人様が広宣流布の時の大導師日目上人様として、第三代を継いで現われたのが猊座であります。
(中略)そこが大聖人様のお席である。
だから大聖人様は、あの席に常に生れ替っている」(二―三―三二〇㌻)

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●66「「法主が大聖人様の代わりだ」と、即座にこういう事を言うと、外から非難されますから、よくその点に注意していただきたい」(二―五―四五一㌻)

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●66「広宣流布の暁には、日目上人が再誕する」という、昔からの伝統の相伝があります。
これはすなわちそれを意味するので、だからいつでもその時の法主は大聖人様のお仕事をつかさどっておる」(二―六―九二㌻)

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●66『日達上人全集』

「信心といい、血脈といい、法水というところの法水は、どこから出てくるかということがもっとも大切であります。
それは、我が日蓮正宗においては日蓮大聖人のご当体たる本門戒壇の大御本尊であります。
ゆえに、大聖人の仏法を相伝しなければ、大聖人の仏法の法水は流れないのであります。
大聖人は『一代聖教大意』に『此の経は相伝に有らざれば知り難し』と申されております。
また日寛上人は『口伝にあらざれば知り難し、師資相承故あるかな』と申されております。
師資相承とは師より弟子に相承することであります」(二―五―五九二㌻)

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●66「大聖人よりの血脈相承がないということは、口先だけの法門であります。
あるいは大聖人の仏法に異解を生じ、ついに謗法一闡提となるのであります。
特に、「信心があれば謗法をしてもよいのだ」と考えることはもってのほかで、大聖人からの法体の血脈相承を無視した、信心の血脈の法水にも浴しない者であります」(二―五―五九四㌻)

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●66日達上人、昭和38年5月

「二祖日興上人より歴代を僧宝と立てておるのでありまして、古来より少しも変っておりません。」

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●67 日顕上人

「本宗における厳粛なる法水瀉瓶唯授一人の血脈は、法灯連綿と、代々の御法主上人に受け継がれて、今日に至っております。
あくまでも、御本仏は、日蓮大聖人様であらせられ、唯我与我の御法主上人のご内証を、大聖人と拝すべきなのであります。
私がごとき者を、かりそめにも、本仏などと、言うことはもちろん、思ったりすることも謗法なのであります」(大白蓮華 昭和五四年六月号一六㌻)

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●67『日顕上人お言葉』

「仏法が住していく姿の中においては、『住持』という形の上からの三宝が必要となってまいります。
これは、日有上人の百二十一カ条からなる『化儀抄』の中において、
『手続の師匠の所は、三世の諸仏高祖已来代代上人のもぬけられたる故に、師匠の所を能く能く取り定めて信を取るべし、又我が弟子も此くの如く我に信を取るべし』
という御文がございます。
すなわち、日興上人から日目上人へ、日目上人から日道上人、日行上人と代々、付嘱によって伝わるところに、大聖人様以来の御本仏の御魂が、もぬけられておるのである」(大日蓮 平成三年九月号六七㌻)

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●67『日顕上人お言葉』

「基本においては、日興上人をもって僧宝の随一として拝するわけであります。
そういうところからするならば、歴代法主は僧宝以下の立場であって、それを軽々しく「仏様だ、仏様だ」というような表現は、少し言い過ぎであると私は思っております。
仏様という意味は、あくまで御本尊の御内証のうえにおいての、二にして不二の境地のみを申し上げていくのであって、それ以外に、例えば宗門を統率するうえにおいて色々な指導をするとか、その他色々な意味で振る舞い、行うことについて一々、仏果のところであるとか仏様のところであるとか、因に対する果であるとか、そういう難しいことをいう必要はないのです」(大日蓮 昭和五八年五月号九〇㌻)

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●67『日顕上人御講義』

「(※池田大作は)本当に大狂乱の者でありまして、日達上人の時代から「御相承の片鱗を聞きたい」と思って色々に探りをかけておったようであります。
実は私にも、『日達上人にこういう法門を聞いた』というように、人を介して探りを入れてきたことがあるのです。
私も、直接聞いてきたならば、話してもよい範囲までなら教えてもよいと考えておりましたが、結局、自分自らは聞いてはきませんでしたので返事はしませんでした。
とにかく、日達上人には色々と探りを入れて、なんとか聞き出そうとしたらしいのですが、当然、日達上人はこの金口嫡々、金紙の相承を在家の者にお話しになるはずがありませんので、その片鱗さえ知ることができなかったのです」(大日蓮 平成四年一〇月号三〇㌻)

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●67『日顕上人御指南』

法主の心に背いて唱える題目は、功徳がありません」(大日蓮 昭和五五年八月号一六㌻)

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●67『日顕上人御講義』

「その信心の形は、いわゆる大聖人様から日興上人、日目上人と血脈の上において正しく御本尊の深義が伝えられておるのであり、法体の相承、さらに言うなれば金口嫡々血脈相承という意義、さらに法門の相承、そしてそれらの上において信心の血脈における信心の成仏ということが存するのです。」(偽造本尊義を破す六七㌻)

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●67『日顕上人御講義』

「たしかに本宗信徒の立場からは、歴代法主の内証を大聖人様と拝することが、信仰上、大切でありますが、そこには三宝における内証と外用等の甚深の立て分け、筋道があるのです。
(中略)しかし、それと学会が論難する『法主即大聖人』や『法主本仏』などとは、筋道も意義も異なるのであり、そのようなことは全く宗門には存在しておりません。
存在していないにもかかわらず、さも存在している如く誣告するのが、創価学会の卑劣なやり方であります」(仏法破壊の邪難を粉砕す二四五㌻)

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●67『日顕上人御講義』

「これはもちろん、一往上行菩薩、再往本仏大聖人様こそ、末法衆生智慧の水を受けた根源の師であり、そこに大聖人を拝し、大聖人を根本として、その血脈の上から一切の人々に、その時その時の相伝法主が取り次いでいくわけであります。
ですから、そのところを忘れてよそへ心を移すということは、今、創価学会がやっているようなことであり、これこそ、この御指南の破折に当たる」(仏法破壊の邪難を粉砕す72)

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●67『日顕上人御説法』

「血脈相承とは、信心の血脈がその基をなすのであり、その信心の血脈によって仏の本地甚深の境智に基づく法体法門の血脈が、一器より一器へ流れ通うのであります。
日興上人が大聖人に信心の血脈を通じて即身成仏の大法を承継された如く、日興上人の弟子檀那僧俗は、日興上人に信伏随従して大法についての信心の血脈を得、師弟不二の境地に至って成仏の本懐を遂げられたのであります」(大日蓮 昭和六二年五月号三一㌻)

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「唯授一人の血脈も、その基本的本質は前来述べる如く信心の血脈に存します。
(中略)末法万年の衆生救済の仏法においては、僧俗を問わず、この根本の一器より一器への相伝に対する信解が確立するところ、即身成仏の大法とその利益は縦横無尽に開花し、顕現するのであります。
(中略)要するに、日蓮日興唯授一人の相伝血脈は、その信心において万人に通ずるのであり、かかる信心の血脈が正法の僧俗一切の行学の根底であります。
故に、大聖人より日興上人への血脈が貫主一人しか解らぬ独断的、偏見的な仏法などというのは血脈の真義を解せぬ者の●言であり、信心の一念に法水が流れるところ、有智、無智を問わず、万人のために即身成仏の功徳が実証として開かれているのであります」(大日蓮 昭和62年五月41~42)

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●※『日蓮正宗宗規』第四条

「本宗は、大漫荼羅を法宝とし、宗祖日蓮大聖人を仏宝とし、血脈付法の日興上人を僧宝とする」

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●※『日蓮正宗宗規』第十五条
「管長は、(中略)教義に関して正否を裁定する」

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●※『能化文書』

「本宗の根本は、戒壇の大御本尊と唯授一人血脈付法の御法主上人であります。
具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。
なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります。
したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりません」(大日蓮 平成三年九月号八七㌻)

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●※「三宝一体とは、まさに本仏大聖人、戒壇の大御本尊、歴代の御法主上人が、その内証において、一体不二の尊体にましますということであります。
外相においては、確かに仏法僧は別体でありますから、日顕上人や日達上人の仰せのように、歴代の御法主上人が、ただちに御本仏大聖人ではありません。
しかし、御所持あそばす唯授一人金口相承の当処は、まさに人法一箇の御尊体なのであります」(大日蓮 平成三年136)

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●※ 野干の吠うるごとく、何べん「断絶した、断絶した」と繰り返してみても絶えていないものは絶えていないのである。
だいたい血脈相承を受けていない者が、血脈相承という仏法内証の奥伝を云々すること自体おかしなことである

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▲一、舜師当山入院の節、法詔寺日感より檀頭への書状の略云云。

「然れば日舜未た御若年に候間寺檀定て軽々敷思召候はんかと笑止に存じ候、其の故は抑日蓮一宗御書判の趣を以て一宗を弘め候事、諸寺一同の儀に候得共、別して、大石寺は金口の相承と申す事候て、是の相承を受く人は学不学に寄らず生身の釈迦日蓮と信する信の一途を以て末代の衆生に仏種を植えしむる事にて御座候、天台宗は寺檀ともに智者にて候間、一念三千の観法を弘め智恵を以て仏種を養育せる事にて候、日蓮宗の寺檀は愚者にて候間但信の一字を修して仏種を植え候、経文明白に開山の御本意之に過きず候、是れを以て日興上人末代を思召し此の相承を残し置き給へり。其の意趣を尋候に若し身の能徳を以て貫主と定めば学者を信し非学者を謗して仏種を植えざるのみならず、謗法の咎出来して無間獄に入り候はんこと不便に思召し其器量の善悪を簡ばす、但相承を以て貫主と定められ候、故を以て一山皆貫主の下知に随ひ貫主の座上を踏まざる事悉く信の一字の修行にて候、○釈迦日蓮代々上人と相承の法水相流れ候へば上代末代其の身の器は替れとも法水の替る事少しも之なく候、此の如く信する時は末代迄も仏法松柏の如くにて常に寺檀仏種を植え三宝の御威光鎮に於閻浮提広令流布は疑ひなき事に候、此旨を相知り候上は如何様の僧貫主となるとも相承伝受候上は生身釈迦日蓮たるべきこと開山の御本意一門徒の肝要にて御座候、袋くさしと云って金を御捨て候はんや、いらんをにくまばせんだんを得べからず、汚泥をきらはゞ蓮を取るべからず、若しさはなくして世間の貪瞋癡にふけり互に述懐を起こし学者非学者を簡み軽慢の志あらば謗法の苦因を御植え候はん事必せり、信解品の文の如くたるべし、富士の法則日有上人の御遺文に御背き候はゞ将来いかゞ候はんや、但【賛字滅す】者法を日昌上人の御仰せのごとく成され候はゝ法灯再ひ富士の峰にかゝやき【此間六七字磨滅す】八識の田地に仏種を御植え候はんか、愚僧ごとき者の申すはをろかなる事に候ども年来の芳志浅からず存じ候故、微志を呈し以て報恩を存し候故にて御座候、不宣謹言

引用元:http://toyoda.tv/ketsumyakusojo.htm