日蓮正宗のススメ

法華講員のブログ

初心と出発

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『日曜講話』第五号(昭和63年11月1日発行)
初心と出発

 皆さん、お早ようございます。皆様方も何等かの機会に、世阿弥(ぜあみ)という人が『花伝書(かでんしょ)』という書き物の中に遺された言葉で「初心忘るべからず」という言葉をお聞きになったことがあると思うのであります。そういう言葉を一つの自分の一生の指針として今日まで生きて来た、それを自分のモットーとしておるという人も、たくさんいらっしゃると思うのであります。そういう言葉を聞いて、『花伝書』にはどういうことが書かれておるのかと、『花伝書』にまでさかのぼって調べて見よう、読んで見ようという人は、なかなか少ないと思うのであります。その「初心忘るべからず」という言葉はよく使いますけれども、『花伝書』の中に、世阿弥は、そこに三つの初心ということがあるのだということを書いているのであります。すなわち、世阿弥の口伝として、三つの初心ということを説き明かしております。

一つは、「若年の初心」ということを言っておるのであります。「若年(じゃくねん)」とは「若い年」と書きます。「若年の初心」、つまり自分がその道その道に進んで、そして一番若い時に、子供の時に発心をした、その時の志を立てた、その初心を忘れてはいけない。いくら年をとっても、中年になっても実年になっても老年になっても、その小さい時の志をずうっと持ち続けるということが、その道を究める意味において非常に大切なことだと言っておるのであります。

それからもう一つは、「時時(よりより)の初心」ということを言っております。「よりより」というのは「時時」と書きます。「時時」それはただ思い出した時に、あの時この時ということだけではありませんで、やはり人間は二十才になったら、二十才の新しい初心を迎えるわけであります。三十になったら、三十になったその人の生きざま、考え、生活というものが始まるわけであります。四十になったら、また、四十のスタートに立たなければいけないということを教えているわけであります。二回目の五十だとか三回目の三十ということは絶対にあり得ないことでありまして、人間は今日はまた、自分の一生の始まりの今日であります。初めての今日でありますから、たとえ幾つになっても、その時その時の、その年代その年代の初心ということをよく考えていただきたいと思います。そして二度とない二十代であり、二度と再び帰らない三十代であり、四十代であるということをよくよく考えて、その時代その時代を悔いのないように生きていくということが大切なのであります。そのことを「時時の初心」という風に世阿弥は言っておると思うのであります。

そして三つ目は、「老年の初心忘るべからず」ということを言っております。最近は実年と言うのかも分かりませんが、実年であろうと老年であろうと、それは自分の初めての経験であります。先ほど申しましたように、二回目の六十才、三回目の七十才なんていうことはあり得ません。みんな、それは初めての経験、初めての老年・老境を迎えたわけであります。ですから色々な試行錯誤、色々あると思いますけれども、やはりそれはまた、大事な六十才であり、大事な意味を持った七十代なのだということを考えなければいけないと思います。六十になったから自分はもう駄目だ。七十になったからもう駄目だというのではなくて、七十才の新しい始まり、また、次の命への旅立ちなんだということをよく考えていって、我々は幾つになっても新しい初心に帰って生きていくということが、そうした生き方が根本的に大切だと思うのであります。そうした意味で、この「初心忘るべからず」という言葉の中にも「若年の初心」と「時時の初心」と「老後の初心」と、人生の総仕上げに当たっての初心」ということでの意味が含まれておるということまで広げて、よく心に留めて置いて頂きたいと思うのであります。

その初心というと、何か一番始まりのその原点だけが初心という風に考えがちでありますから、私は、その初心という言葉を「出発」という言葉に換えて見ると、これからの先行きが開けて来るという風に思うのであります。何か初心というと、遠い遠い過去の小さな一点に戻らなければならないという風にとらえがちでありますけれども、むしろ若年は若年の新しい出発がある。子供は子供なりの出発があり、そしてまた、二十才の成人になったら成人の新しい出発があり、三十代の、あるいは四十代五十代の働き盛りになったら、そうした働き盛りの立場においての新しい出発があり、信心の面でも、仕事の面でも、家庭の面でも、あらゆる面において新しい出発がある。そしてまた、六十、七十のそうした年輪に達したら、また、その時代の新しい出発があるという風に考えていただきたいと思います。そうすると、あゝ自分はもう駄目だじゃなくて、そこから新しい道が開けてくる。そこから新しい人生がまた、再び生まれ変わってくる。そうした出発と考えていただきたい。それが、やはり私達の本当の広宣流布の道に生きる人間としての生き方が、そこに定まってくると思うのであります。ましてや、日蓮正宗の人間は勤行の実践ということと、いわゆる折伏の志、広宣流布への熱情というものを失ったら、これはもう日蓮正宗の信徒ではなくなってしまいます。そして自分がもう六十だから、かつて三十人、五十人と折伏をしてきたから、もういい。七十になったからもういい。八十になったからもういい、というのではありません。やはり六十になっても七十になっても八十になっても、そうした志を立てるということが大切なのであります。

それから、人間は、ずうっと生きて参りますと、どこか何等かの形で病があるものであります。成人病とか色々な病が自分の身に襲って参ります。それぞれ、みんな自分の寿命というものを持っておられ、どっかやはり欠陥というものが生まれてくる。疲れてくる。当然であります。皆様方の心臓も生まれる以前から、お母さんの胎内に宿ったその時から、たとえ一日たりとも一秒たりとも休んだことがないのでありますから、やはり何十年も毎日毎日働いておりますと、どこか欠陥なり故障が、また、老いというものが生まれてくる。やってくる。忍び寄ってくる、ということも当然であります。それはそれとして、自分の心と自分の体というもののバランスをとって生きていくということが大切だと思います。

先だって、ある御婦人が、たまたま糖尿病によって、少しばかり入院をされたのであります。入院といいましても、入院をしてこれからの食生活をこのように改めなければいけないということで、食事の取り方、在り方というものを勉強するために入院したというのであります。普通ならばどんな病気にせよ、入院というと、やはり気持ちの上で滅入ってしまいます。ところがその御婦人はちょうど、自分の部屋が八人部屋だった。色々な病の人が、また、色々な人生を持った人がおり、その人その人、みんな悩みというものも違うものであります。病気というものも、みんな一人一人違う病気をもって入院をしております。ですから、毎日毎日この病院の中にあって退屈でありますから、一人がポツリポツリと嫁さんの愚痴をこぼすと、一人が慰め、また、一人が過去の色々な思い出を話すと、また、それにつながって色々な病室の仲間がそういう話をするようになって参ります。得てして、この信心の話を仕出しますと、いきなり拒絶反応を示す人もあります。こちらは入院を幸いにして、何とか友達の輪を広げてあげたい、また、悩んでいる人を何とかしてあげたいというそういう気持ちから、この慈悲の心をもって信心の話をするのだけれども、なかなか受け入れてくれない、いきなりその信心の話をしても誰も聞く耳を持たないというのが現実であります。ところが、その人は一計を巡らしまして、いきなり信心の話をしましても、だれも聞く耳は持たない。そこで、お正月の間際のことだから、必ず貴方には年賀状を差し上げるから住所を教えていただきたい。電話番号を教えていただきたい。そういう風に言うと、年賀状を下さい、待ってますから、と勇んで一人が住所を書いてくると、隣の人も次のお隣の人も結局その部屋全部の人が、また、隣の部屋の人も、みんな住所と電話番号を書いてくれたというのです。その人は勇んで退院をして来ました。退院をして来た時に、お寺にお参りに来て何と申したかと言うと、こういうことで入院をした。辛かったということは一言もない。むしろ入院をすることによって、これほどのたくさんの下種先を持って退院することができたと喜んでいるのです。その方は来年のお正月、恐らく年賀状を出して、そしてそれをきっかけにして、また一軒一軒、同じ病室の仲間を訪ねて、そこから自分の最後の折伏をして、良い思い出をつくっていきたい、信心を全うしていきたいということを願って、その人はお寺にお参りに来たというのであります。

同じ病院に入院しても、ああいやだ、自分は駄目だ、自分は駄目だと言って嘆き、そして辛い辛い、暗い暗い病室の暮らしをするか、それとも喜々としてこの信心の話をし、そしてまた、色々な方便を巡らして、その人の住所を聞き、その人の人生を聞き出し、その人の悩みを聞き、退院したらその人とお友達になって年賀状を差し上げて、これからまた、お付き合いをしましょう、同病相哀れんで慰め合っていきましょう、励まし合っていきましょうと、そのようにして、むしろ病院においても、折伏の志を忘れないで、友達をより多くつくって、下種先をつくって、そして喜々として病院から退院してくる。同じ闘病生活といっても、それほどの違いが出てくるということをよく考えていただきたいと思います。

何事もそこで腐ってしまってはいけない。そこで滅入ってしまってはいけない。そこから自分はどうやっていったら正しい道が開けるかということを常に心に置いて、「時時の初心」、やはり広宣流布の志を決して失わない、そうした信心を全うしていって頂きたいということを申し上げまして、本日の御挨拶に代えさせていただく次第でございます。御苦労様でございました。

(昭和六十二年十月二十五日)