日蓮正宗のススメ

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず

信心は「歓喜」を忘れずに

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ベートーベンの”第九”を謳っても、歓喜はありません

 「歓喜」を忘れた人生は、未来が暗く、絶望感で気持ちが一杯になります。信心の修行、勤行唱題は唯一、「歓喜」を心に蘇らせる働きがあります。御本尊様の功徳により、どんなに辛く悲しい心境であっても、心の迷いを全て払拭させ、「歓喜」で身心を包むのであります。
 本当の「歓喜」が起きない原因は、正法を信じない謗法からです。また、一時的に「歓喜」を感じても、ある因縁で「歓喜」を忘れさせるのも、過去からの謗法に原因があります。信心は、「歓喜」を現当二世という形で持続させます。
 「歓喜」を持続するところに、仏界の生命を涌現させ、人生のあらゆる障礙を乗り越えられるのです。信心することで本当の「歓喜」が生まれます。即身成仏に必要不可欠なのが「歓喜」であり、非常に大事な役目を為すのです。「歓喜」が躍動するところに、人生の障害を乗り越える智慧が、生まれ易くなります。
 同じ信心をしていても、「歓喜」が生まれない人もいます。世間に横行する謗法の思想に命が汚染されている可能性があります。そのため「歓喜」が生まれず、逆に三毒である貪瞋癡が邪魔している場合があります。「禅定」を思い出し、気持ちを落ち着け、御本尊様と境智冥合することが大事です。気持ちが落ち着くことで、三毒の働きが静まり、「歓喜」が生まれ易くなります。勤行唱題では、このことを忘れずに実行することが大事です。
 ある人は「歓喜」を忘れ、怒りの命を根本として唱え、貪る気持ちを中心にして唱え、愚癡の生命で唱える人がいますが、御本尊様から綺麗な功徳が流れてきません。まず、気持ちを落ち着け、三毒の働きを止めることが大事です。止めようと気持ちを発すことで、耐え忍ぶ精神が同時に養われます。
 「歓喜」は、貪瞋癡の三毒を変毒為薬し、煩悩即菩提させる働きもあります。
貪瞋癡に執着し、「歓喜」を忘れた修行は、信心と言えないのです。信心は、「歓喜」が伴わなければいけません。
 「歓喜」には、私達の煩悩を消滅させる作用があり、御本尊様を拝することで、不動の「歓喜」の気持ちを築いていきます。それが勤行唱題です。常に、「歓喜」の気持ちが持続するように、日々精進します。この目的意識無く、勤行唱題をしても、他力本願になりやすく、純粋な功徳が流れてきません。
 折伏は、勤行唱題で培った「歓喜」を、迷える人々に施すことが大事です。日蓮大聖人の信心をすれば、どんなに辛い人生に見えても、「歓喜」で気持ちが一杯になると訴えることです。そして、困難を克服していけるのです。
 日蓮大聖人は『御義口伝』に、
 「所謂南無妙法蓮華経は大歓喜の中の大歓喜なり」(御書1801)
と仰せの如く、御本尊様に御題目を唱えるところに「大歓喜」があると断言されています。疑うことなく、辛いときには、思い悩んでふさぎ込む以前に、御本尊様に向かう姿勢を持ち、御題目を唱えることです。そこに、凡眼で見ていた世界が、仏様の有り難い眼を頂いて、透き通った世界が見えるはずです。これを「仏眼」といいます。御本尊様から頂く尊い六根清浄の功徳です。「仏眼」を頂くと同時に、「歓喜」の気持ちが必ず生まれます。
 よろこびという「歓喜」が、真っ暗な人生を明るく変えるのです。

 

 

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》

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第九を聴く!

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ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》

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ベートーヴェン:歓喜の歌(交響曲第9番《合唱》より)

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ベートーヴェン: 交響曲第9番

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歓喜の歌(交響曲第9番合唱《合唱》?第4楽章)(部分) [ベートーヴェン]

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ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》

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歓喜の歌(ベートーヴェン)

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歓喜の歌 交響曲第九番

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歓喜の歌(交響曲第九番)

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