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零細企業でも三方良し経営はできる

 

 

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近江商人の三方良しは、自利利他の精神ですね

■1.「零細企業の倒産は日本にとってプラス」

「零細企業の倒産は日本にとってプラス」という挑発的なタイトルの記事が、月刊『Hanada』7月号に掲載されていました。コロナ禍で多くの零細企業が倒産の危機に直面していますが、それは日本経済にとって「プラス」だと言うのです。

 筆者はデービッド・アトキンソン氏。英国出身で1990年に来日し、ゴールドマン・サックス証券会社などに勤務した後、現在は美術品の修復などを行っている株式会社小西美術工藝社の代表取締役社長を務めるという異色の経歴です。

 2015年に出版した『新・観光立国論』は、安倍政権の外国人観光客増を狙った政策の下敷きになったようです。次期総理と目される菅義偉官房長官はこの6月にも、コロナ後の2030年には外国人観光客6千万人の目標を実現させたいとぶち上げており[NHK]、菅内閣が発足しても、アトキンソン氏の提言を元に経済政策が展開されそうです。

 アトキンソン氏は最近、日本の生産性の低さは先進国の中で際立っており、それはあまりにも中小企業が多いからで、最低賃金を継続的に上げて、中小企業に生産性向上を迫り、それによって整理統合を進めるべき、という主張を展開しています。菅・新首相もこの政策を実行するかも知れません。

 テレビの『下町ロケット』に見られるような日本人の中小企業好みを、真っ向から否定する大胆な提言で、あちこちで反論を引き起こしているようです。

 ちょうど筆者は10月から「世界に誇る『和の国』の経営」という新しいLive講座シリーズを始めますので、日本の伝統的な三方良し経営の視点から、アトキンソン氏の主張を検討してみましょう。


■2.零細企業の生産性の低さ

 まずはアトキンソン氏の主張を辿ってみましょう。驚かされるのは、日本の生産性の低さです。生産性は一人当たりGDP(国民総生産)で計られますが、これは国内で生み出された価値、すなわち労働者の給料や企業利益、国が徴収した税金、預金金利などの総額を国民一人あたりとしたものです。

 我が国の2018年の一人あたりGDPは世界28位、4万4千ドルに落ち込んでいます。台湾5万3千ドルにも抜かれ、主要国で日本より低いのは韓国やイタリア、スペインくらいです。日本は1990年には世界9位でしたが、その後は低迷が続き、右肩上がりの諸外国に、次々に抜かれていったのです。

 なぜ、これほど生産性が低迷したのでしょうか。アトキンソン氏は、その原因が「規模が小さい中小企業が多すぎる」ことにある、と指摘しています。

 従業員20人未満の会社をここでは「零細企業」と呼びましょう。日本全体で零細企業で働く人の割合は20%強ですが、付加価値では14%。すなわち全人口を100人とすると、零細企業で働く人々が20人強で、14人分の価値しか生み出していません。一人あたりでは0.7人分、国民全体の平均の7割の価値しか生み出していないのです。

 この傾向はどこの国でも同じで、零細企業で働く人が何割いるかで、国全体の生産性がほとんど決まってしまいます。零細企業での労働人口比率が日本より高い国は、イタリア30.9%、スペイン27.3%などで、いずれも日本より生産性の低い国々です。逆に率の低いドイツ13.0%、アメリカ11.1%などは日本よりはるかに高い生産性を維持しています。

 零細企業の生産性が低い理由は単純です。従業員20人未満では、新製品や新技術を生み出す人的余裕がなく、またコンピュータや高度な自動化設備を導入しようにも資金的余裕がないでしょう。

 弊誌867号[a]では、我が国には世界トップシェア、トップ技術を誇る中小企業が1千社もあることを紹介しましたが、そこで登場する企業は数百名規模が中心です。一口に中小企業と言いますが、20人未満の零細企業は分けて考えた方が良さそうです。


■3.零細企業を激増させた1963年の「中小企業基本法

 我が国は昔から、これほど零細企業が多かった訳ではありません。

 1964年頃を境に激増しました。たとえば1975年の219万社が95年には389万社と170万社、8割近くも増えています。そのうち約150万社が従業員10人未満の企業です。その結果、それまで1社あたり従業員が平均25人程度だったのが、1986年には12.9人とほぼ半減しました。

 当時は労働人口が増加していた時期で、より多くの勤め先が必要でしたから、規模は小さくとも生産性が低くても、とにかく企業数を増やすのは、合理的な政策でした。

 そのために1963年に制定されたのが「中小企業基本法」でした。法人税率の軽減、交際費の損金処理などの優遇措置が定められました。たとえば、現在でも資本金が1億円以下なら、年800万円以下の所得に対する税率は15%、交際費は800万円まで損金計上が認められています。

 アトキンソン氏は、この制度では企業が大きくなると優遇措置を失ってしまうので、多くの経営者に企業を成長させようという動機をなくさせてしまった、と指摘します。
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 すべての中小企業ではそうだというわけではありませんが、税金を払わない企業の多さと、いつまで経っても中小企業の壁を越えようとしない企業の数から判断すると、現行の制度はかなり悪さをしています。[アトキンソン、1963]
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 労働人口が増加する時期に、このような企業を増やす政策をとったのは正しい方向でしたが、労働人口が減少する現在においても、この政策を続けている所に問題があります。


■4.最低賃金を上げて、生産性向上を

 この問題認識のもとで、アトキンソン氏が提案するのは、最低賃金を毎年5%程度上げて、零細企業に生産性を上げるよう迫る。それができない企業は、事業を畳むか売るかして、整理統合を進める、という政策です。

 日本の零細企業が守られているもう一つの要因として、最低賃金の低さがあります。氏は各国・地域の最低賃金を比較していますが、そこでの23の国・地域のうち、日本は18位の7.10ドルに過ぎません。10位の台湾10.09ドル、13位の韓国8.32ドルにも水を開けられています。

 日本政府は最低賃金1千円を目指して、年率3%程度の引き上げを図っていることを決めています[厚生労働省]。 しかし、時給1千円では、年間2千時間働いて、ようやく年収2百万円です。安倍政権の下で、2016年以降、毎年3%ほど引き上げられてきましたが、まだこの水準なのです。

 最低賃金が引き上げられると、中小企業が倒産し、大量の失業が出る、と言われますが、確かに単年で12%以上、引き上げるのは危険だと、海外の経済学者も指摘しています。韓国の文在寅政権のように、2年間で30%も最低賃金を引き上げて、失業率が急上昇し、リーマン・ショック以来の最悪となった例があります。[b]

 一方、年数%程度の上昇率では問題ないとして、アトキンソン氏はイギリスの例を挙げています。イギリスは1999年に最低賃金を導入し、いままで年平均4.2%引き上げてきて、20年で2.2倍になりました。

 イギリスの経済団体も、企業が潰れて失業率は上がると脅していましたが、それは起こりませんでした。それどころか、最低賃金で従業員を雇っている企業の生産性向上が確認されたそうです。


■5.赤字企業は世間良しを達成していない

 さて、このようなアトキンス氏の提案を、我が国の伝統的な経営思想である「三方良し」の考え方から見てみましょう。まず、企業は「世間良し」でなければなりません。企業の存在意義は、事業を通じて価値を創りだし、世間にお届けすることです。この価値とは何でしょうか?

 たとえば、家族と従業員の5人で経営している定食屋さんがあったとします。ここでは材料費や人件費、光熱費合わせて、400円ほどの原価をかけて、500円の定食を提供しています。味も良いし、ワンコインと安いので、お店はいつも満員です。500円の定食でお客が来るなら、その価値は少なくとも500円分はある、ということになります。

 また原価400円とは、その定食を作るために消費した材料費、人件費、光熱費などの価値です。この定食屋さんは400円の価値を消費して、500円の価値を創りだしているわけで、付加価値は100円となります。

 この100円分の付加価値の一部を、定食屋さんは税金として政府に納め、それで政府が治安、防衛、福祉などを行います。こうした事業を通じて提供される価値によって、世間は成り立っているのです。したがって「世間良し」とは、黒字を達成して、世間のお役に立つ事です。

 隣りに惣菜屋さんがあって、400円の弁当を450円の原価を使って販売しているとします。この惣菜屋さんは世間の価値を450円消費して、400円分の価値しか創れなかったということで、その事業によって、世間から50円の価値を消滅させて、ご迷惑をおかけしている、ということになります。

 したがって、赤字企業は世間良しを実践できずに世間にご迷惑をおかけしている企業ということになります。早く黒字化するか、それができないなら、事業を売却するか畳むか、すべきです。この点は零細企業でも大企業でも同じ事です。

 零細企業では最大800万円までの交際費を損金処理できるとのことですが、もしそれをムダに使って、利益をゼロに抑えているような経営をしていたのでは、世間のお役に立っていない、世間良しから外れた経営をしているということになります。

 また、アトキンソン氏は、同書で「護送船団方式」の弊害を指摘しています。赤字企業でも、潰れないように守っていく、というのは、本来の三方良しから外れた考え方です。一時的な倒産の危機を周囲から助けて貰うのは良いとしても、恒常的な赤字企業を助けるべきではありません。


■6.零細企業の売り手良し

 次に、最低賃金の問題を「売り手良し」から考えて見ましょう。売り手良しとは、事業主や株主よりも従業員を第一に考えます。最低賃金が1千円では、年間フルタイムで2千時間働いても、年収2百万円です。総務省の家計調査(2019年)によると、一人暮らしの生活費の平均額がちょうど年間2百万円ほどですから、これでは結婚や出産、あるいは病気や災害に備えた貯蓄はできません。

 売り手良しとは、従業員が人間らしい生活をし、かつ職場で生きがいを持って働けるようにすることです。したがって、最低賃金で従業員をこき使っているようなブラック企業は、売り手良しの面で失格です。

 零細企業でも、上述の定食屋さんなどは利益を出しているので、最低賃金以上の給与を支払えるでしょう。しかも安くておいしい定食で、お客に喜んで貰えれば、従業員の働きがいもあります。

 日本で零細企業で働く従業員は20%強ですが、アトキンソン氏によれば、最低賃金で働いている人は、その半分ほどということですから、それ以外の零細企業はちゃんと最低賃金以上の給与を支払っているということになります。

 三方良しでは、黒字経営で世間良しの責任を果たし、最低賃金より高い給与を支払って売り手良しを実践していれば、どんな零細企業でも良いと、考えます。零細という規模そのものが問題とは考えないからです。アトキンソン氏は国全体の生産性を高めるために零細企業を減らしていくべき、と考えているようで、この点が違います。


■7.経済と経営の正道

 それでは、最低賃金を上げて、零細企業にも生産性向上を迫る、という氏の提案は、どうでしょうか? この提案には強い抵抗があるそうです。それもそうでしょう。まず、この政策には経済的合理性はあっても、人々を納得させるだけの倫理的・道徳的な説得性がありません。だからこそ、「一生懸命やっている零細企業を潰してもよいのか」という情緒的な反論が出てくるのです。

 我が国には、三方良しという経営の理想があるのですから、この理想から、赤字企業、あるいは無理な低賃金で従業員をこき使っているブラック企業は、企業としての存在意義を果たしていないという「良識」を徹底させるべきです。そして、こういう企業の経営者は経営者失格で、世間にご迷惑をおかけしている存在なのだ、という「倫理」を広めるべきです。

 また、最低賃金をあげて生産性向上を迫る、という力技(ちからわざ)の前に800万円もの交際費の損金処理など、氏自身が「現行の制度はかなり悪さをしています」と言う制度自体を直すべきでしょう。政府が企業を特定の方向に誘導する人為的政策は減らしていくべき、と自由市場経済を原則とする三方良しでは考えます。

 保護政策を止めたら潰れるような企業は、そもそも世間良しを果たしていないのですから、速やかに廃業して、従業員がより生産性の高い、世間のお役に立っている企業にスムーズに移れるようにすべきです。それこそが人材を大切に使う道であり、人口減少時代にふさわしい労働政策です。

 一方で、低賃金狙いで外国人労働者を入れることは、賃金相場を下押しします。人手不足対策としても、企業の省力化努力を阻害します。外国人労働者を入れることは、弊誌でもたびたび論じているように[c]、社会の安定を乱して世間良しにそぐわず、本人も金に釣られて母国から引き離されるわけで、売り手良しにもなりません。

 発展途上国でも、わざわざ外国に出稼ぎに行かなくとも、母国で家族とともに幸せに暮らせるように経済発展の協力をする、それがその国での三方良しを実現する政策です。

 このように、外国人労働者流入を止め、世間にご迷惑をおかけしている赤字企業、ブラック企業には退場して貰うことで、賃金も自ずから上昇し、企業と国家の生産性も上がっていくでしょう。これが三方良しが目指す経済と経営の正道です。
(文責 伊勢雅臣

 

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