日蓮正宗のススメ

凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。

ポスト1990年:日本の別れ道が生じた年

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1990年のとある風景

1990年、僕は高校3年生でした。

株価の最高値更新のニュースが毎日流れていたように思います。

信心を中心に、受験勉強に邁進した日々。

どん底だった成績が、夏休み明けに急進し、未来に希望を持つことが出来た日々。

日本の未来は輝いている様に見えたあの日。

しかし、1990年11月16日を境に日本は墜落していく。 

nichirendaihonin.hatenablog.com

そして、今。

停滞と衰退。

日本の国は沈み込むことができる限り、底なしのように沈み込んでいく。

その流れはとまる予感さえしない。

ネットで面白い分析を見つけた。

 

note.mu

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三春充希さんの分析によると、1990年・1991年のバブル崩壊ソ連崩壊が、この国に決定的な衰退をもたらしたという。

ちなみにバブル発生頃の日本の分析を下記に。

note.mu

バブル景気
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
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曖昧さ回避 この項目では、1980年代後半 - 1990年代初頭の日本のバブル景気について説明しています。経済現象一般については「バブル経済」をご覧ください。

1989年に、三菱地所が8億4600万ドル(当時の日本円で約1200億円[1])で買収したニューヨークのロックフェラー・センター
当時の日本企業による国外不動産買い漁りの象徴となった。
バブル景気(バブルけいき、英: bubble boom)は、好景気の通称で景気動向指数(CI)上は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月[2]までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象とされる。情勢自体はバブル経済と同一であり、平成景気(へいせいけいき)や平成バブル(へいせいバブル)とも呼ばれる[3][4]。日本国政府の公式見解では数値上、第11循環という通称で指標を示している。

ただし、多くの人が好景気の雰囲気を感じ始めたのは1987年10月19日のブラックマンデーをすぎた1988年頃からであり[5]、政府見解では、日経平均株価が38,957円の史上最高値を記録した1989年12月29日をはさみ、1992年2月までこの好景気の雰囲気は維持されていたと考えられている[6]。

 で、バブル発生の原因はこれ↓

200ヶ寺寄進の裏で進んだ文化会館建設:掲示板:創価学会SGIを本音で語ろう|Beach - ビーチ

お寺をたくさん建てますよ。

真心はありませんが。

この似非供養がバブルの真因だと僕は思ってます。

現代の一凶とはよく言ったものだ。

創価民は後付けで色々言ってっけど、要するに、「折伏しなさい」と言われて不貞腐れた池田の怨嫉が原因。

怨嫉の原因は自己愛性人格障害としか思えないほどの、誇大妄想的な慢心。

周囲のブレーンは創価民を扇動するために、池田を現代の大聖人的に演出していたのかも知れないけれど、当人はガチで大聖人の再誕者ないしは、それをもしのぐ転輪王と思っていただろう、いや思っていたはずだ、いや絶対に思ってた。

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胡錦濤にあった時、センセーが言ったのは、「民衆の王に会われるんですね」だった。マジでぶっ飛んでるぜ。

 

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