1195夜:日有上人・化儀鈔[日達上人略解]④
日有上人・化儀鈔[日達上人略解]④
【061】
一、居住の憎僧も、遠国の僧も、何れも信力志は同じかるぺき故に、無縁の慈悲たる仏の御代官を申しながら、遠近偏頗有るべからず、善悪に付て門徒中の事をば俗の一子を思うが如くかえりみん事然る可きなり。但し機類不同なるが故に、仏法の義理をひずみ、又は本寺のうらみを含まん族有りとも尚此くの如くひずむ族の科を不便に思わん事、仏聖人の御内証に相叶ふぺきか、但し折伏も慈悲なるが故に、人の失をも免ずべからず、能く能く教訓有るべき事なり、不思議に有り合ふも、世事の扶持をも、事の闕けん人を、本と為Lて少扶持をも成さん事尤も然るべし云云。
無縁の慈悲とは自分と何らの縁のない者にむ及ぼす慈悲、仏の真の慈悲であります。機類とは、機根、性類のこと、即ち人の根性、ひずみとは、まがりねじけること。扶持とは、たすけもつことで、今の給料又は扶助等の意であります、昔わが本山では、一人扶持は月に白米一斗五升とされておりました。
有り合ふとは、有福のこと金持ちのことであり、事の闕けるとは、生活に困ること貧乏のことであります。本山に居住されておられる僧も、地方末寺の僧も、信心や仏様に事(つか)える志は同じであります。無縁の慈悲を持たれる仏様の御代理をなされる僧たちは、親疎、遠近と偏頗の心を持ってはいけません。末弟において、あるいは信徒において、その行為が善につけ悪につけ、親が子供を見守るように、寛大(おおらか)な気持で見守ることが大切であります。
人はそれぞれ根性が区々でありますから、ある者は本宗の教義を曲解したり、又は感情の行き違いから、本山を怨むような者などがあっても、これらのねじけた心の人々の罪科を哀れに思う心が、大聖人様の慈悲の御心に叶う心であります。しかし、折伏は慈悲の上から現われた行でありますから、人の非行は、そのまま許すのではなく、よく教訓しなけれぱなりません。
又、物質の面においても、有福なる人が世間的の援助の目的で、生活に困っている人に対して少しの援助をなすことも結構なことであります、
【062】
一、諸国の末寺へ本寺より下向の僧の事、本寺の上人の状を所持せざる者、縦い彼の寺の住僧なれども許容せられざるなり、況や風渡(ふと)来らん僧に於てをや、又末寺の坊主の状なからん者、在家出家共に本寺に於て許容なきなり云云。
下向とは、都より田舎へ下る意味でここでは本山から末寺へ出ることをいいます、風渡来らんとは、おもいがけず来るの意で、今でいう風来坊のこと。本宗の全国末寺へ本山から住職として任命されるか、あるいは御用で出向く僧については、本山の法主上人の任命状(現在は管長の任命状)を持参Lなければ、承認してはいけません、又たとい、その末寺の在籍の憎であっても、本山へ在勤している間は、法主上人の証明書なくして寺へ帰って来ても、承認してはいけません。
いわんや風来坊の僧のごときを、入寺させてはいけません、信心不明な僧あるいは行体の不確実な僧を、みだりに寺に入れると、その寺の内部が乱れるからであります。又、本山においても末寺の添書(証明書)がなければ、僧であれ、信徒であれ、入山、参詣は許しません。
(注、現今でも、信徒の登山参詣は、所用寺院、所属信徒団体の添書を必要としております)
【063】
一、諸国の末寺より登山せずんば、袈裟をかけ又有職を名乗り日文字などを名乗る可からず、本寺の上人の免許に依って之れ有るべし、坊号又此くの如し云云。
袈裟をかけたり、阿闍梨号や日号を称するのは、必らず本山へ登山して、法主上人よりそれぞれ免許を受けなげればなりません。坊号(教師)になることも、これに準ずるのであります。
【064】
一、法華宗は天台の六即の位に配当すれば名字即、始中終の中には名字の初心聞名の分に当る故に、寺は坊号まで、官は有職までなり、仏教の最初なる故なリ云云。
本宗の信心を、天台の六即の位に当てはめれば、名字即の位に当たります。名字即を始とし、観行即、相似即を中とし、分真即究境即を終とすれば、その始の名字即で、名字の内の聞法下種に当るのでありますから、寺の名前を附けるにも、官位の名称の寺号を避けて、位の低い坊号だけとし、又僧の称号も、官名の僧正、僧都、律師等を避けて、阿閣梨までとするのであります。
即ち仏教の内で、初心の信に成仏の根本を置く宗門でありますから。
(注、現今は世間法に従い寺は主として寺号を用い、僧も階級十三等分に分っておりますが、これは他宗他派に対抗のためであります)
【065】
一、他宗他門より納る所の絵像、木像等を他宗に所望すれども出ださず、又は代を以ってかうとも売るべからず、一乗より三乗に出で又一乗に帰る姿なるが故に無沙汰にすべからず云云。
無沙汰とは、捨て置く、かえりみない等の意であります。本宗の折伏を受けて入信して、従来拝んでおった絵像、木像は、謗法の物として寺に納めるのでありますが、後になって名画であるとか、彫刻がよいとか、有名な人の作だなどといって、他宗の人が欲しがっても与えてはいけません。又、高価で買うといっても売ってはいけません。それは謗法の像を再び拝ませることになりますから。
これらの権仏の像が、正法の寺に納まるのは、一乗の正法から方便のために、声聞、縁覚、菩薩の三乗法にと分別せられて説かれた迹仏でありますから、いよいよ末法適時の正法が顕われた時は、その一乗の正法へ会人したのですから、再び外へ出してはいけないのです。
納められた所の寺においては、僧がかってに人に与えたり、売ったりあるいは捨て置いてはならないので、その本絵の像(神札もこれに準ずる)は、垂迹堂に納めるのであります。
【066】
一、六人上主の門徒の事、上首帰伏の時は、元より六門徒なるが故に門徒を改めず同心すべし、さて門徒の先達未だ帰伏せざれば衆僧檀那に於ては門徒を改むべし等云云。
六門徒とは六老僧の系脈並び信徒のこと、先達とは、信仰上の先輩のこと、あるいは長老に通ず。宗祖滅後、六老僧それぞれの弟子及び信徒は、その門徒を作っておりますが、わが日興上人の富士門徒の正義に、他の五門徒の首領が帰入するならば、元来が宗祖の御弟子の六老僧の系脈のことですから、その門徒の名のままで合同してよろしいが、それらの門徒の首領が、いまだ帰伏しないその門徒の僧や、信徒が、当宗へ帰入する時は、先の門徒名を捨てて、富士門徒の名に改めなければなりません。
【067】
一、事の即身成仏の法華宗を建立の時は信謗を堅く分ちて身口意の三業に少しも他宗に同ずべからず云云、身業謗法に同ぜざる姿は、法華宗の僧は、必ず十徳の上に五帖のけさをかくべきなり、是れ即ち誹謗法華の人に軈て法華宗と見えて結縁せしめん為なり、若し又十徳計りにて真俗の差異なき時は身業が謗法に同ずるにて有るべきなり、念仏無間、禅天魔、真言亡国等の折伏を少しも油断すれば口業が謗法に同ずる姿なり、彼の折伏を心中に油断すれば心業に同ずるなり云云。
本宗の即身成仏は、天台宗の理の即身成仏にたいして、名字聞法下種の事の即身成仏で、信を本とするのでありますから、僧にも、信徒にも、信を旨として謗法を厳誡しなくてはなりません。それ故、身口意の三業にわたって、少しでも他宗とまぎらわしいことがあってはなりません。
身に謗法でない姿は、本宗の僧は必ず外出には十徳を着て、五条の袈裟を掛けるべきであります。このことは謗法の人々に、あれが富士門徒の僧かと気をつかしめて、やがて、それが、正宗への結縁とならしめるためであります。しかし、ただ十徳だけならば、他宗の僧のみならず俗人も着るから、信謗が明らかでないので、結局、謗法に同ずるということになります。
口に謗法でないことは、念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊と確乎と断言することで、少しでも油断すれば、口業が謗法に同ずるということになります。意に謗法でないことは、常に謗法を折伏する念慮を確乎と保つことで、もし心中に油断しておれば、意業が謗法に同ずるということになります。
【068】
一、仏の行躰をなす人には師範たりとも礼儀を致すべし本寺住持の前に於ては我が取り立ての弟子たりとも等輩の様に申し振舞うなり、信は公物なるが故なり云云。
我が取り立ての弟子とは、自分の子前からの、あるいは手塩にかけた弟子の意。公物とは、私有物でない公用の物の意。本仏の内証、南無妙法蓮華経を、身口意三業に相応する信を致す人には、たといその人の師匠であっても、その人を敬うべきであります。特に本山の法主上人の前では自分の弟子であっても、自分と同輩、同僚のような行動をすべきであります。それは信心の上からは、平等でありますから。
【069】
一、法華宗の僧は天下の師範たるべき望み有るが故に、我が弟子門徒の中にて公家の振る舞いに身を持つなり、夫れとは盃を別にし、しきのさかなの躰にする事も有り、又はなげしの上下の如く敷居をへだてて座席を構うる事も有り、此くの如く振舞うは我が門徒にての心得なり、他宗他門に向って努努(ゆめゆめ)有るべからざる事なり云云。
本宗の僧一時に法主を指す一は広宣流布の暁には、国主、宰相の師範となるので青ますから、自分の弟子や信徒の中では公卿と同様な起居動作をなすのであります。
それには・例えば盃には隷を用い献酬せず、肴の配列も儀式の管にして、座席も敷居に長押をつけた一段と高い座敷を造り、それに坐して弟子や信徒に面会することもあります。
一往・古い本宗の寺の本堂の左右のいずれかの側に、警長押を打つだ一段高い嚢が今でも見受けられます一このような起居動作は・本宗内の僧俗の中にての心得事で膏ます。もし他宗他門の人が同席の時は、世間体の交際にすぎないから、決してこのような儀式をしてはいけません。
【070】
一、法華宗は何なる名筆たりとも、観音妙音等の諸仏諸菩薩を本尊と為すべからず、只十界所図の日蓮聖人の遊ばされたる所の所図の本尊を用うべきなり、是れ則ち法華経なり、今の時の諸人は愚迷なるが故にあまた事を雙べては信心が取り難き故に只法華経計りに限りて本尊とするなり云云。
十界所図の日蓮聖人の遊ばされたる所の所図の本尊とは宗祖大聖人所顕十界互具正像末未曽有の大混茶羅のことであります。本宗の本尊については、すでに日興上人が門徒存知事において、本尊の事として、「聖人御立ての法門に於ては、絵像木像の仏菩薩を以て本尊となさず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊となすべし即ち自筆の本尊是なり」と明確に御示しになっております。
日有上人はこの意を弟子や信徒に再確認せしめておられるのであります。本宗においては、いかに有名な画家の書いた観音菩薩、妙音菩薩その他の種々の仏菩薩の絵図でも、決して本尊とはいたしません。只宗祖大聖人御所顕の十界互具の大曼陀羅を、本尊とするのであリます。
この御本尊は釈尊の法華経であります。今末法の人々は根性が愚迷でありますから、種々の仏菩薩をならべては、信が二つにも三つにもなって真の信が立たなくなります。故に釈尊の御心の法華経であり、末法には宗祖の御魂となる南無妙法蓮華経の大曼陀羅のみを本尊とするのであります。
【071】
一、他宗初めて法華経を持つ時、御酒を持たせ酒直等を持参する時、未だ法華経を持たざる己前なるが故に世事にして仁義に用うるなり、仍って此の方よりも紙扇のさたあり云云。
他宗の人が本宗へ入信する時、その記として、酒やあるいは酒肴料を持ってきた時は、その人はこれから信者になるので未だ信者でないから、その酒肴料は御供養にして受納するのではないので、世間的な義における速修(入門の時に修める礼物)のごとき贈物でありますから、当方からも半紙なり、あるいは扇子なりをお返しとすべきであります。
【072】
一、他宗の法華宗に成る時、本所持の絵像木造並に神座其の外他宗の守なんどを法華堂に納むるなり、其の故は一切の法は法華経より出でたるが故に此経を持つ時又本の如く妙法蓮華経の内証に事納まる姿なりり、総じて一生涯の間大小権実の仏法に於て成す所の所作、皆妙法蓮華経を持つとき、妙法蓮華経の功徳と成るなり、此の時実の功徳なり云々。
神座とは、位牌のこと。大小権実の仏法において成す所の所作とは、法華経に帰入する前に、爾前権教において積んだ善根のこと。他宗の人が本宗に帰入した時は、今まで礼拝所持しておった、他宗の絵像、木像、並びに位牌及守り、あるいはお札等は皆、本宗の寺に納めてしまいなさい。
その理由は、一切の諸法は法華経より出た(法華経を方便の為に分別して諸法を説いた教であります)のでありますから、また、本の妙法蓮華経の体内に諸仏が納まる有様を示しているのであります。又信者の面から申すと、これまで一生涯を通じて爾前の諸教に精進して積んで来た善根は、今、妙法蓮華経を信受することによって、皆妙法蓮華経の善根に開会されて初めて、真実の功徳となるのであります。妙法蓮華経に帰入せず爾前教だけの善根は、権の善根となって、何らの成仏の功徳とはなりません。
【073】
一、法華宗は能所共に一文不通の愚人の上に建立有るが故に、地蔵、観音、弥陀、薬師等の諸仏菩薩を各拝する時は信があまたになりて法華経の信が取られざる故に諸仏菩薩を信ずる事を堅く誡めて、妙法蓮華経の一法を即身成仏の法ぞと信を一定に取らせらるるなり信を一法に取リ定る時は諸仏所師所以法也と訳して、妙法蓮華経は諸仏如来の師匠なる故に受持の人は自ら諸仏如来の内証に相叶うなり、されば四巻宝塔品には我即歓喜諸仏必然と説けり云云。
本宗は師も弟子も法も行者も、愚鈍の者を標準として建立している宗門でありますから、地蔵菩薩、観音菩薩、阿弥陀如来、薬師仏等の菩薩方や仏様方を拝むと、信心が数多になって、正しく法華経を信ずることが出来ません。法華経の信心は、不受余径一偈でなければなりませんから、それ故に、他の諸仏菩薩を信ずる事を堅く禁止し、ただ即身成仏は妙法蓮華経の他にないから、この妙法蓮華経を一心に信心せしめるのであります。
信を純一無雑にして妙法蓮華経を信ずる時は、諸仏の師とする所はいわゆる法也と涅槃経に説かれていますが、これを解釈すれば、妙法蓮華経は、仏様方の師匠となりますので、妙法蓮華経を余念なく信愛する人は、自然と仏様方の心の内と一致するのであります。故に法華経の宝塔品第十一に、「此の経は持ち難し、若し暫くも持っ者は、我(釈迦仏)は即ち歓喜す、諸の仏も同様であります」と説かれてある通りであります。
【074】
一、本寺直の弘通所にて経を持つ真俗の衆は数代を経れども本寺の直弟たるべし、其の所の代官の私の弟子には有るべからず、既に代官と云う故に初従此仏菩薩結縁の道理爾らざる故なり云云。
本山の直轄の寺において入信して、妙法蓮華経を受け持った僧や信徒は、その子孫になっても本山の直弟子、直檀となるのであって、その寺の本山法主上人の御代理人たる住職の自分の弟子や信徒ではありません。
その住職は初めから御代理といっているのですから、あたかも、天台大師の文句に訳せられる初此仏菩薩に従って結縁すの道理のごとく、最初本山の法主上人の結縁によって入信したのであるから、後々の子孫もまた、本山の法主によって導かれるのであります。
【075】
一、他宗の神社に参詣し一礼もなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を、栖と思し召さん垂迹の、謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還って諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する失あり云云。
他宗の神社とは、このころは寺と神社が一所に共立しておって、主として寺が神社を守護経営しておったが故に、このように申されたのであります。
勧請とは、神を分霊して祀ること。他宗謗法の神社に参詣して拝礼をなし、賽銭(散供とは当時は銭が僅少であったので米を散じて供えたので散供という)を献ずる時は、謗法の人の祀る行事に参与することになるから、謗法の人となります。
まして神は正直の頭を栖とすると八幡の御神託にあるごとく正しき垂迹の神は謗法の人の祀る神社に栖まれることはありません。謗法は神々の本意に背くから、天上に還られているのであります。但し、見物遊覧のため神社を見て廻っても、それを禁止する必要はありません。
(注、日興上人は、遺戒置文に「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ずべけんや」と厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている。これは未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をもって制したのであり、日有上人の時は、すでに一宗が確立したから、見物ぐらいで信徒の心がぐらつかなくなっているからであります)
しかし信心の心で詣って礼拝しては、謗法の人に同ずることになって与同罪をこうむるのであります。
【076】
一、謗法の人の所に勧請の神社に垂迹有るべからず、と云う義は爾なり、我が正法の人として正法に神社を修造せん事は如何と云云。是れは道理然かなれども、惣じて、此の国は国王将軍謗法の人にて在す故に、謗法の国には垂迹の義有るべからず、という法門の大綱なるが故に小社などを建立しては法門の大綱混乱する故に謗法ならん間は神社を必ず建立なきなり、此の国正法の国ともならば垂迹を勧請して法華宗参詣せんに子細有るべからず云云。
謗法の人の建立した神社に神を勧請しても、善神は仏の垂迹として下天して来ることはありません、ということは、その通りであります。しかし私ども正法の人として正法の神社を建立して、善神を勧請した時は、如何でしょうか?。
そのことは仰せの通りでありますが、概して、我が国は為政者である国王も将軍(この時代は足利将軍)も謗法の人でありますから、その人によって治められる国は謗法の国であります。謗法の国には善神が天下に住せられると云うことはありません、ということが本宗の法門の建て前でありますから、本宗で、たとい小さな社でも建立するということは宗旨の大綱を乱すことになります。
よって、現今のように国土が謗法である間は、神社は建立いたしません。もし広宣流布して、我が国が天下万民一同に妙法蓮華経を唱える時となれば神社を建て勧請すれば、本仏の垂迹である善神来往する故に、初めてその社に参詣して、さしつかえありません。
(注、この神社参詣は広宣流布にことよせて許してあるが、どこまでも謗法厳誡の趣旨を徹底しなけれぱならないのであります)
【077】
一、末寺に於て弟子檀那を持つ人は守りをば書くべし、但し判形は有るべからず本寺住持の所作に限るべし云々。
本山を遠く離れた末寺においては、新しい弟子や信徒は、なかなかお守りの本尊を受けられないので、その末寺の住職がかりに守りを書写して渡してよろしい。しかし書き判はしてはいけません書き判は本山法主上人のなされるだけであります。
(注、当時は交通が不便であり、戦乱相次ぐ時代である故、日有上人が一時的に末寺住職に許されたことで、形木の意であります。書き判がないから決定的でないことを表わしている。現今は絶対に許されないことであります。)
【078】
一、曼陀羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし判形をば為すべからず云云、即身成仏の信心一定の道俗には判形を成さるる事も之有り、希なる義なリ云云。
常住本尊も、かりに末寺住職が書写して自分の弟子や信徒に与えてよろしいが書き判は絶対になしてはいけません。常住本尊は本山の法主上人が、本宗の宗規に背かず信心強盛の僧や信徒にかぎり特に書き判をして授与しますが、やたらにはありません。
(注、現在は、常住本尊も守り本尊も信心強盛なる僧や、信徒に、法主上人より下附になるので一般は御形木本尊で信心修行するのであります)
【079】
一、日蓮聖人の御書を披見申す事、他門徒などの御書をも書写しこい取りつつなどして見るべからず、本寺の免許を蒙るべし、其の故は当家は信の上の智解なるが故なり云云。
宗祖大聖人の御書を拝見するに当って、当時は今日のように一般に出版されていないので、主として書写本であるから御書を拝見することは、なかなか困難であリました。それ故、他宗においては、その宗のために偽書などもあり、また書写の誤りもあったのであります。
そこで本宗の人が御書を拝見するに、他門徒の御書を書写したり、または買い取ってはいけないと、誡められたのであります。どうしても、それを見たく、また買い取り度い時は、本山の許可を得なさいと云うのであります。そのわけは、本宗は前の第三十六条にも有る通り信を根本として、その上の智解をもつ宗旨でありますから。
(注、宗祖大聖人の御書の最初の編纂者は、第二祖日興上人であることを忘れてはいけません)
【080】
一、田舎より児(ちご)にて登山して本寺に出家するは、本寺のをいたちに同ずるなり、田舎にて児なれども田舎にて出家すれば爾るべからざるなり云云。
児は稚児にて、本山において剃髪得度する以前に、当分、俗の童児のまま修学している時代をいう。(注、大聖人は十二歳にて得度、故に本宗では以前は十二歳でなければ得度できない規定であった。昭和十六年ごろより七歳にて得度を許可する規定としたが現在では十二歳にて得度することになっています)
をいたちとは生れ育つことであるがここでは稚児であったことをいう。地方の末寺で稚児であった者が、本山へ登山して法主上人の弟子として出家得度する時は、本山において稚児であって得度した者と同等に取り扱われます。末寺で稚児であって、そのまま、その寺で得度した者は、位階昇進その他の取り扱いにおいて幾分の違いがあるのであります。
一、居住の憎僧も、遠国の僧も、何れも信力志は同じかるぺき故に、無縁の慈悲たる仏の御代官を申しながら、遠近偏頗有るべからず、善悪に付て門徒中の事をば俗の一子を思うが如くかえりみん事然る可きなり。但し機類不同なるが故に、仏法の義理をひずみ、又は本寺のうらみを含まん族有りとも尚此くの如くひずむ族の科を不便に思わん事、仏聖人の御内証に相叶ふぺきか、但し折伏も慈悲なるが故に、人の失をも免ずべからず、能く能く教訓有るべき事なり、不思議に有り合ふも、世事の扶持をも、事の闕けん人を、本と為Lて少扶持をも成さん事尤も然るべし云云。
無縁の慈悲とは自分と何らの縁のない者にむ及ぼす慈悲、仏の真の慈悲であります。機類とは、機根、性類のこと、即ち人の根性、ひずみとは、まがりねじけること。扶持とは、たすけもつことで、今の給料又は扶助等の意であります、昔わが本山では、一人扶持は月に白米一斗五升とされておりました。
有り合ふとは、有福のこと金持ちのことであり、事の闕けるとは、生活に困ること貧乏のことであります。本山に居住されておられる僧も、地方末寺の僧も、信心や仏様に事(つか)える志は同じであります。無縁の慈悲を持たれる仏様の御代理をなされる僧たちは、親疎、遠近と偏頗の心を持ってはいけません。末弟において、あるいは信徒において、その行為が善につけ悪につけ、親が子供を見守るように、寛大(おおらか)な気持で見守ることが大切であります。
人はそれぞれ根性が区々でありますから、ある者は本宗の教義を曲解したり、又は感情の行き違いから、本山を怨むような者などがあっても、これらのねじけた心の人々の罪科を哀れに思う心が、大聖人様の慈悲の御心に叶う心であります。しかし、折伏は慈悲の上から現われた行でありますから、人の非行は、そのまま許すのではなく、よく教訓しなけれぱなりません。
又、物質の面においても、有福なる人が世間的の援助の目的で、生活に困っている人に対して少しの援助をなすことも結構なことであります、
【062】
一、諸国の末寺へ本寺より下向の僧の事、本寺の上人の状を所持せざる者、縦い彼の寺の住僧なれども許容せられざるなり、況や風渡(ふと)来らん僧に於てをや、又末寺の坊主の状なからん者、在家出家共に本寺に於て許容なきなり云云。
下向とは、都より田舎へ下る意味でここでは本山から末寺へ出ることをいいます、風渡来らんとは、おもいがけず来るの意で、今でいう風来坊のこと。本宗の全国末寺へ本山から住職として任命されるか、あるいは御用で出向く僧については、本山の法主上人の任命状(現在は管長の任命状)を持参Lなければ、承認してはいけません、又たとい、その末寺の在籍の憎であっても、本山へ在勤している間は、法主上人の証明書なくして寺へ帰って来ても、承認してはいけません。
いわんや風来坊の僧のごときを、入寺させてはいけません、信心不明な僧あるいは行体の不確実な僧を、みだりに寺に入れると、その寺の内部が乱れるからであります。又、本山においても末寺の添書(証明書)がなければ、僧であれ、信徒であれ、入山、参詣は許しません。
(注、現今でも、信徒の登山参詣は、所用寺院、所属信徒団体の添書を必要としております)
【063】
一、諸国の末寺より登山せずんば、袈裟をかけ又有職を名乗り日文字などを名乗る可からず、本寺の上人の免許に依って之れ有るべし、坊号又此くの如し云云。
袈裟をかけたり、阿闍梨号や日号を称するのは、必らず本山へ登山して、法主上人よりそれぞれ免許を受けなげればなりません。坊号(教師)になることも、これに準ずるのであります。
【064】
一、法華宗は天台の六即の位に配当すれば名字即、始中終の中には名字の初心聞名の分に当る故に、寺は坊号まで、官は有職までなり、仏教の最初なる故なリ云云。
本宗の信心を、天台の六即の位に当てはめれば、名字即の位に当たります。名字即を始とし、観行即、相似即を中とし、分真即究境即を終とすれば、その始の名字即で、名字の内の聞法下種に当るのでありますから、寺の名前を附けるにも、官位の名称の寺号を避けて、位の低い坊号だけとし、又僧の称号も、官名の僧正、僧都、律師等を避けて、阿閣梨までとするのであります。
即ち仏教の内で、初心の信に成仏の根本を置く宗門でありますから。
(注、現今は世間法に従い寺は主として寺号を用い、僧も階級十三等分に分っておりますが、これは他宗他派に対抗のためであります)
【065】
一、他宗他門より納る所の絵像、木像等を他宗に所望すれども出ださず、又は代を以ってかうとも売るべからず、一乗より三乗に出で又一乗に帰る姿なるが故に無沙汰にすべからず云云。
無沙汰とは、捨て置く、かえりみない等の意であります。本宗の折伏を受けて入信して、従来拝んでおった絵像、木像は、謗法の物として寺に納めるのでありますが、後になって名画であるとか、彫刻がよいとか、有名な人の作だなどといって、他宗の人が欲しがっても与えてはいけません。又、高価で買うといっても売ってはいけません。それは謗法の像を再び拝ませることになりますから。
これらの権仏の像が、正法の寺に納まるのは、一乗の正法から方便のために、声聞、縁覚、菩薩の三乗法にと分別せられて説かれた迹仏でありますから、いよいよ末法適時の正法が顕われた時は、その一乗の正法へ会人したのですから、再び外へ出してはいけないのです。
納められた所の寺においては、僧がかってに人に与えたり、売ったりあるいは捨て置いてはならないので、その本絵の像(神札もこれに準ずる)は、垂迹堂に納めるのであります。
【066】
一、六人上主の門徒の事、上首帰伏の時は、元より六門徒なるが故に門徒を改めず同心すべし、さて門徒の先達未だ帰伏せざれば衆僧檀那に於ては門徒を改むべし等云云。
六門徒とは六老僧の系脈並び信徒のこと、先達とは、信仰上の先輩のこと、あるいは長老に通ず。宗祖滅後、六老僧それぞれの弟子及び信徒は、その門徒を作っておりますが、わが日興上人の富士門徒の正義に、他の五門徒の首領が帰入するならば、元来が宗祖の御弟子の六老僧の系脈のことですから、その門徒の名のままで合同してよろしいが、それらの門徒の首領が、いまだ帰伏しないその門徒の僧や、信徒が、当宗へ帰入する時は、先の門徒名を捨てて、富士門徒の名に改めなければなりません。
【067】
一、事の即身成仏の法華宗を建立の時は信謗を堅く分ちて身口意の三業に少しも他宗に同ずべからず云云、身業謗法に同ぜざる姿は、法華宗の僧は、必ず十徳の上に五帖のけさをかくべきなり、是れ即ち誹謗法華の人に軈て法華宗と見えて結縁せしめん為なり、若し又十徳計りにて真俗の差異なき時は身業が謗法に同ずるにて有るべきなり、念仏無間、禅天魔、真言亡国等の折伏を少しも油断すれば口業が謗法に同ずる姿なり、彼の折伏を心中に油断すれば心業に同ずるなり云云。
本宗の即身成仏は、天台宗の理の即身成仏にたいして、名字聞法下種の事の即身成仏で、信を本とするのでありますから、僧にも、信徒にも、信を旨として謗法を厳誡しなくてはなりません。それ故、身口意の三業にわたって、少しでも他宗とまぎらわしいことがあってはなりません。
身に謗法でない姿は、本宗の僧は必ず外出には十徳を着て、五条の袈裟を掛けるべきであります。このことは謗法の人々に、あれが富士門徒の僧かと気をつかしめて、やがて、それが、正宗への結縁とならしめるためであります。しかし、ただ十徳だけならば、他宗の僧のみならず俗人も着るから、信謗が明らかでないので、結局、謗法に同ずるということになります。
口に謗法でないことは、念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊と確乎と断言することで、少しでも油断すれば、口業が謗法に同ずるということになります。意に謗法でないことは、常に謗法を折伏する念慮を確乎と保つことで、もし心中に油断しておれば、意業が謗法に同ずるということになります。
【068】
一、仏の行躰をなす人には師範たりとも礼儀を致すべし本寺住持の前に於ては我が取り立ての弟子たりとも等輩の様に申し振舞うなり、信は公物なるが故なり云云。
我が取り立ての弟子とは、自分の子前からの、あるいは手塩にかけた弟子の意。公物とは、私有物でない公用の物の意。本仏の内証、南無妙法蓮華経を、身口意三業に相応する信を致す人には、たといその人の師匠であっても、その人を敬うべきであります。特に本山の法主上人の前では自分の弟子であっても、自分と同輩、同僚のような行動をすべきであります。それは信心の上からは、平等でありますから。
【069】
一、法華宗の僧は天下の師範たるべき望み有るが故に、我が弟子門徒の中にて公家の振る舞いに身を持つなり、夫れとは盃を別にし、しきのさかなの躰にする事も有り、又はなげしの上下の如く敷居をへだてて座席を構うる事も有り、此くの如く振舞うは我が門徒にての心得なり、他宗他門に向って努努(ゆめゆめ)有るべからざる事なり云云。
本宗の僧一時に法主を指す一は広宣流布の暁には、国主、宰相の師範となるので青ますから、自分の弟子や信徒の中では公卿と同様な起居動作をなすのであります。
それには・例えば盃には隷を用い献酬せず、肴の配列も儀式の管にして、座席も敷居に長押をつけた一段と高い座敷を造り、それに坐して弟子や信徒に面会することもあります。
一往・古い本宗の寺の本堂の左右のいずれかの側に、警長押を打つだ一段高い嚢が今でも見受けられます一このような起居動作は・本宗内の僧俗の中にての心得事で膏ます。もし他宗他門の人が同席の時は、世間体の交際にすぎないから、決してこのような儀式をしてはいけません。
【070】
一、法華宗は何なる名筆たりとも、観音妙音等の諸仏諸菩薩を本尊と為すべからず、只十界所図の日蓮聖人の遊ばされたる所の所図の本尊を用うべきなり、是れ則ち法華経なり、今の時の諸人は愚迷なるが故にあまた事を雙べては信心が取り難き故に只法華経計りに限りて本尊とするなり云云。
十界所図の日蓮聖人の遊ばされたる所の所図の本尊とは宗祖大聖人所顕十界互具正像末未曽有の大混茶羅のことであります。本宗の本尊については、すでに日興上人が門徒存知事において、本尊の事として、「聖人御立ての法門に於ては、絵像木像の仏菩薩を以て本尊となさず、唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊となすべし即ち自筆の本尊是なり」と明確に御示しになっております。
日有上人はこの意を弟子や信徒に再確認せしめておられるのであります。本宗においては、いかに有名な画家の書いた観音菩薩、妙音菩薩その他の種々の仏菩薩の絵図でも、決して本尊とはいたしません。只宗祖大聖人御所顕の十界互具の大曼陀羅を、本尊とするのであリます。
この御本尊は釈尊の法華経であります。今末法の人々は根性が愚迷でありますから、種々の仏菩薩をならべては、信が二つにも三つにもなって真の信が立たなくなります。故に釈尊の御心の法華経であり、末法には宗祖の御魂となる南無妙法蓮華経の大曼陀羅のみを本尊とするのであります。
【071】
一、他宗初めて法華経を持つ時、御酒を持たせ酒直等を持参する時、未だ法華経を持たざる己前なるが故に世事にして仁義に用うるなり、仍って此の方よりも紙扇のさたあり云云。
他宗の人が本宗へ入信する時、その記として、酒やあるいは酒肴料を持ってきた時は、その人はこれから信者になるので未だ信者でないから、その酒肴料は御供養にして受納するのではないので、世間的な義における速修(入門の時に修める礼物)のごとき贈物でありますから、当方からも半紙なり、あるいは扇子なりをお返しとすべきであります。
【072】
一、他宗の法華宗に成る時、本所持の絵像木造並に神座其の外他宗の守なんどを法華堂に納むるなり、其の故は一切の法は法華経より出でたるが故に此経を持つ時又本の如く妙法蓮華経の内証に事納まる姿なりり、総じて一生涯の間大小権実の仏法に於て成す所の所作、皆妙法蓮華経を持つとき、妙法蓮華経の功徳と成るなり、此の時実の功徳なり云々。
神座とは、位牌のこと。大小権実の仏法において成す所の所作とは、法華経に帰入する前に、爾前権教において積んだ善根のこと。他宗の人が本宗に帰入した時は、今まで礼拝所持しておった、他宗の絵像、木像、並びに位牌及守り、あるいはお札等は皆、本宗の寺に納めてしまいなさい。
その理由は、一切の諸法は法華経より出た(法華経を方便の為に分別して諸法を説いた教であります)のでありますから、また、本の妙法蓮華経の体内に諸仏が納まる有様を示しているのであります。又信者の面から申すと、これまで一生涯を通じて爾前の諸教に精進して積んで来た善根は、今、妙法蓮華経を信受することによって、皆妙法蓮華経の善根に開会されて初めて、真実の功徳となるのであります。妙法蓮華経に帰入せず爾前教だけの善根は、権の善根となって、何らの成仏の功徳とはなりません。
【073】
一、法華宗は能所共に一文不通の愚人の上に建立有るが故に、地蔵、観音、弥陀、薬師等の諸仏菩薩を各拝する時は信があまたになりて法華経の信が取られざる故に諸仏菩薩を信ずる事を堅く誡めて、妙法蓮華経の一法を即身成仏の法ぞと信を一定に取らせらるるなり信を一法に取リ定る時は諸仏所師所以法也と訳して、妙法蓮華経は諸仏如来の師匠なる故に受持の人は自ら諸仏如来の内証に相叶うなり、されば四巻宝塔品には我即歓喜諸仏必然と説けり云云。
本宗は師も弟子も法も行者も、愚鈍の者を標準として建立している宗門でありますから、地蔵菩薩、観音菩薩、阿弥陀如来、薬師仏等の菩薩方や仏様方を拝むと、信心が数多になって、正しく法華経を信ずることが出来ません。法華経の信心は、不受余径一偈でなければなりませんから、それ故に、他の諸仏菩薩を信ずる事を堅く禁止し、ただ即身成仏は妙法蓮華経の他にないから、この妙法蓮華経を一心に信心せしめるのであります。
信を純一無雑にして妙法蓮華経を信ずる時は、諸仏の師とする所はいわゆる法也と涅槃経に説かれていますが、これを解釈すれば、妙法蓮華経は、仏様方の師匠となりますので、妙法蓮華経を余念なく信愛する人は、自然と仏様方の心の内と一致するのであります。故に法華経の宝塔品第十一に、「此の経は持ち難し、若し暫くも持っ者は、我(釈迦仏)は即ち歓喜す、諸の仏も同様であります」と説かれてある通りであります。
【074】
一、本寺直の弘通所にて経を持つ真俗の衆は数代を経れども本寺の直弟たるべし、其の所の代官の私の弟子には有るべからず、既に代官と云う故に初従此仏菩薩結縁の道理爾らざる故なり云云。
本山の直轄の寺において入信して、妙法蓮華経を受け持った僧や信徒は、その子孫になっても本山の直弟子、直檀となるのであって、その寺の本山法主上人の御代理人たる住職の自分の弟子や信徒ではありません。
その住職は初めから御代理といっているのですから、あたかも、天台大師の文句に訳せられる初此仏菩薩に従って結縁すの道理のごとく、最初本山の法主上人の結縁によって入信したのであるから、後々の子孫もまた、本山の法主によって導かれるのであります。
【075】
一、他宗の神社に参詣し一礼もなし散供をも参らする時は、謗法の人の勧請に同ずるが故に謗法の人なり、就中正直の頭を、栖と思し召さん垂迹の、謗法の人の勧請の所には垂迹有るべからず、還って諸神の本意に背くべきなり云云、但し見物遊山なんどには神社へ参せん事禁ずべからず、誠に信を取らば謗法の人に与同する失あり云云。
他宗の神社とは、このころは寺と神社が一所に共立しておって、主として寺が神社を守護経営しておったが故に、このように申されたのであります。
勧請とは、神を分霊して祀ること。他宗謗法の神社に参詣して拝礼をなし、賽銭(散供とは当時は銭が僅少であったので米を散じて供えたので散供という)を献ずる時は、謗法の人の祀る行事に参与することになるから、謗法の人となります。
まして神は正直の頭を栖とすると八幡の御神託にあるごとく正しき垂迹の神は謗法の人の祀る神社に栖まれることはありません。謗法は神々の本意に背くから、天上に還られているのであります。但し、見物遊覧のため神社を見て廻っても、それを禁止する必要はありません。
(注、日興上人は、遺戒置文に「一見と称して謗法を致せる悪鬼乱入の寺社に詣ずべけんや」と厳重に謗法の寺や、神社を見物することすら止められている。これは未だ宗派の草創時代であったから、他との異を明らかに一線をもって制したのであり、日有上人の時は、すでに一宗が確立したから、見物ぐらいで信徒の心がぐらつかなくなっているからであります)
しかし信心の心で詣って礼拝しては、謗法の人に同ずることになって与同罪をこうむるのであります。
【076】
一、謗法の人の所に勧請の神社に垂迹有るべからず、と云う義は爾なり、我が正法の人として正法に神社を修造せん事は如何と云云。是れは道理然かなれども、惣じて、此の国は国王将軍謗法の人にて在す故に、謗法の国には垂迹の義有るべからず、という法門の大綱なるが故に小社などを建立しては法門の大綱混乱する故に謗法ならん間は神社を必ず建立なきなり、此の国正法の国ともならば垂迹を勧請して法華宗参詣せんに子細有るべからず云云。
謗法の人の建立した神社に神を勧請しても、善神は仏の垂迹として下天して来ることはありません、ということは、その通りであります。しかし私ども正法の人として正法の神社を建立して、善神を勧請した時は、如何でしょうか?。
そのことは仰せの通りでありますが、概して、我が国は為政者である国王も将軍(この時代は足利将軍)も謗法の人でありますから、その人によって治められる国は謗法の国であります。謗法の国には善神が天下に住せられると云うことはありません、ということが本宗の法門の建て前でありますから、本宗で、たとい小さな社でも建立するということは宗旨の大綱を乱すことになります。
よって、現今のように国土が謗法である間は、神社は建立いたしません。もし広宣流布して、我が国が天下万民一同に妙法蓮華経を唱える時となれば神社を建て勧請すれば、本仏の垂迹である善神来往する故に、初めてその社に参詣して、さしつかえありません。
(注、この神社参詣は広宣流布にことよせて許してあるが、どこまでも謗法厳誡の趣旨を徹底しなけれぱならないのであります)
【077】
一、末寺に於て弟子檀那を持つ人は守りをば書くべし、但し判形は有るべからず本寺住持の所作に限るべし云々。
本山を遠く離れた末寺においては、新しい弟子や信徒は、なかなかお守りの本尊を受けられないので、その末寺の住職がかりに守りを書写して渡してよろしい。しかし書き判はしてはいけません書き判は本山法主上人のなされるだけであります。
(注、当時は交通が不便であり、戦乱相次ぐ時代である故、日有上人が一時的に末寺住職に許されたことで、形木の意であります。書き判がないから決定的でないことを表わしている。現今は絶対に許されないことであります。)
【078】
一、曼陀羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし判形をば為すべからず云云、即身成仏の信心一定の道俗には判形を成さるる事も之有り、希なる義なリ云云。
常住本尊も、かりに末寺住職が書写して自分の弟子や信徒に与えてよろしいが書き判は絶対になしてはいけません。常住本尊は本山の法主上人が、本宗の宗規に背かず信心強盛の僧や信徒にかぎり特に書き判をして授与しますが、やたらにはありません。
(注、現在は、常住本尊も守り本尊も信心強盛なる僧や、信徒に、法主上人より下附になるので一般は御形木本尊で信心修行するのであります)
【079】
一、日蓮聖人の御書を披見申す事、他門徒などの御書をも書写しこい取りつつなどして見るべからず、本寺の免許を蒙るべし、其の故は当家は信の上の智解なるが故なり云云。
宗祖大聖人の御書を拝見するに当って、当時は今日のように一般に出版されていないので、主として書写本であるから御書を拝見することは、なかなか困難であリました。それ故、他宗においては、その宗のために偽書などもあり、また書写の誤りもあったのであります。
そこで本宗の人が御書を拝見するに、他門徒の御書を書写したり、または買い取ってはいけないと、誡められたのであります。どうしても、それを見たく、また買い取り度い時は、本山の許可を得なさいと云うのであります。そのわけは、本宗は前の第三十六条にも有る通り信を根本として、その上の智解をもつ宗旨でありますから。
(注、宗祖大聖人の御書の最初の編纂者は、第二祖日興上人であることを忘れてはいけません)
【080】
一、田舎より児(ちご)にて登山して本寺に出家するは、本寺のをいたちに同ずるなり、田舎にて児なれども田舎にて出家すれば爾るべからざるなり云云。
児は稚児にて、本山において剃髪得度する以前に、当分、俗の童児のまま修学している時代をいう。(注、大聖人は十二歳にて得度、故に本宗では以前は十二歳でなければ得度できない規定であった。昭和十六年ごろより七歳にて得度を許可する規定としたが現在では十二歳にて得度することになっています)
をいたちとは生れ育つことであるがここでは稚児であったことをいう。地方の末寺で稚児であった者が、本山へ登山して法主上人の弟子として出家得度する時は、本山において稚児であって得度した者と同等に取り扱われます。末寺で稚児であって、そのまま、その寺で得度した者は、位階昇進その他の取り扱いにおいて幾分の違いがあるのであります。