日蓮正宗のススメ

広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし、ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし

創価学会、顕正会の皆さん。明日は本山でお会いしましょう。

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戒壇の大御本尊様がお待ちくださってます。

明日は約1年半ぶりの登山参詣です。

日蓮正宗では総本山大石寺への参詣を登山と呼んでおります。

実際に富士山に登ることではありません(笑)。

1 富士大石寺までのアクセス方法

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大石寺近郊の略図です

2 まずは本山塔中坊で御授戒(ごじゅかい)・勧誡式(かんかいしき)を

戒壇の大御本尊様への御開扉を賜るためには、日蓮正宗信徒になり、所属寺院から御開扉を申請していただかなくてはなりません。

創価学会顕正会の会員さんの多くが、本山塔中坊の信徒となり、御授戒(ごじゅかい)・勧誡式(かんかいしき)を受けられて後、すぐに事の戒壇様を拝されております。

御授戒とは、一切の謗法を捨てて日蓮大聖人の正法を信仰することを御本尊に誓う儀式です。その際は、日蓮正宗の数珠と経本を用い、人生の新たな出発にふさわしい心がまえで臨みます。勧誡式とは、一度は日蓮正宗に入信しながら、創価学会などの邪義に惑わされて正しい信心を見失った人が、日蓮正宗の信徒として再出発するために行われる儀式です。 ここでは、再入信に当たって、二度と謗法を犯すことなく、信行に精進することを御本尊にお誓いします。

私のお勧めは、トチロ~さんのいる報恩坊様ですね。

kenshokai-hashaku.com

明日、すぐに御開扉が叶うかどうかはわかりませんが、報恩坊のトチロ~さんに相談してみてください。親切で優しい方ですので、丁寧に教えてくださいます。私のネット上での教化親さんでもあります。

3 戒壇(かいだん)とは何か?戒って?

防非止悪を意味する戒律の「戒」とは
2005-11-21 | 手引書⑦
 戒定慧の三学にあるのが「戒」です。仏法全般においてあるものです。仏法の中でも最高の三学が三大秘法の御本尊様です。
 世の中に多く知られているのが小乗の戒律が知られています。この戒律では成仏できません。自分自身を害するだけです。インドでは未だに小乗の戒律を持ち、熱心に修行している人がいます。比丘の二百五十戒比丘尼の五百戒などがあります。現実に私達が行うとなると不可能です。生活を犠牲にしなければいけません。
 権大乗経の「戒」には、「十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)」「四十八軽戒(よんじゅうはちきょうかい)」「十無尽戒(じゅうむじんかい)」があります。小乗の「戒」よりも高度な戒律です。 
 今、末法時代は無戒です。「戒」を実際に持ち修行することは、ある一定の人は出来ても全ての人が行うとなると問題が生じます。そのため無戒であります。無戒という言葉の戒律を日蓮正宗では「金剛宝器戒(こんごうほうきかい)」といいます。日蓮正宗の「戒」であり最高の戒律です。具体的に事細かい「戒」ではありません。現実に即した戒律です。そのために日蓮正宗では、「信心即生活」といわれる由縁があります。生活や仕事場に支障がないように出来ています。それが信心です。「戒」といわれても広い意味があることを知ることです。
 「戒」を持つという本来の意味は、「防非止悪」といわれる非を防ぎ悪を止めるという意味があります。悪いことをしないようにするためのものが「戒」です。世間でも悪いことをしないように法律を設けて、悪いことをすれば罰則を受けたり、刑務所に入ることにもなります。
 仏法におけるところの「戒」は、私達の心の「法律」が「戒」であります。心の「戒」を実行すれば、世間法である法律を犯すことが無くなります。
 日蓮大聖人は「立正安国」を御指南されますが、「戒」を持ち実行することで法律を犯すことが無くなり、「立正安国」の実現に繋がります。日蓮正宗の寺院において、御授戒を受け御本尊様を持つことが「金剛宝器戒」である「戒」を持つことになります。そして信心をし勤行唱題と折伏をすることで「戒」を実行することが出来、心の悪を止めることにもなります。
 日蓮正宗においての「戒」は「本門の戒壇」で、三大秘法の一つです。つまり、御本尊様を御安置するところが戒壇であり、「戒」を持つところになります。世界で清浄で最高な「戒壇」は、富士大石寺に在す本門戒壇の大御本尊様が御安置されるところです。この大御本尊様の意義を具えた、御本尊様を持ち信心するところに「戒壇」という「戒」の意義が自然と具わります。本門戒壇の大御本尊様を忘れては、日蓮大聖人が仰せになる「戒」の意味はありません。
 『三大秘法抄』に、
 「戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王(うとくおう)・覚徳比丘(かくとくびく)の其の乃往(むかし)を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みぎょうしょ)を申し下して、霊山浄土(りょうぜんじょうど)に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり」(御書1595)
末法に一番相応しい「戒壇」を御教示であります。『日蓮一期弘法付囑書』に、
 「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり」(御書1675)
と仰せであります。日蓮正宗を信心する人は、日蓮大聖人の御指南を心に染めることが大事です。日蓮正宗の戒律は、易しい戒律で生活には一切支障がありません。反対に日蓮正宗の戒を持つことで生活が安定します。

防非止悪を意味する戒律の「戒」とは - 正林寺法華講員手引書

信徒になれば御本尊様を下付され、自宅で勤行唱題の修行をします。

寺院には立派な御本尊様が御安置されています。

それでも、総本山へ足を運ぶのはなぜか?

戒壇の大御本尊様の御前は、末法事の戒壇であるからです。

猊下様(僧宝)を導師として、一大秘法の大御本尊様に唱え奉る題目は、正真正銘の本門事の題目となります。事の戒定恵がそのまま具わる瞬間は、御開扉の時しか存在しません。 

かつての創価学会員が本山に大挙して押し寄せていたのは、その功徳の実感が大きかったからなのですが、凡夫は忘れてしまうのも早いのです。破門後の創価学会員さんは、当然知らないまま成人されている方も多いはずです。

功徳と書けば、自己中心的な三毒の欲望満足と誤解されそうですが、禅定を頂戴できることをいいます。

私も以前、法華講の方に御開扉後、人相(如是相)が変わったことを指摘されたことがありますが、御開扉直後は一切の罪障が消滅していますから、六根清浄の功徳を感じることができます。

特に、初めて御戒壇様を拝したときは、大勢の方が涙を流します。命の底から感涙があふれ出してくるからです。

表層意識ではピンと来なくても、深層の無意識は浄化されて最高の喜びを感じているのです。

4 一人でも多く、一日でも早く

最後までお読みくださりありがとうございました。

思い立ったが吉日と申しますが、信心に関してはまちがいなく諺のとおりであると思います。

このブログをお読みくださり、思い立ってくださる創価学会員さんや顕正会員さんと一緒に、あすの御開扉を賜ることができますように。

私は敬台寺支部のメンバーとして参詣しております。

ピエール瀧さんにそっくりですので、一目で分かると思います。

おい!お前がポリ銀か?と声をかけてくださいね。

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ポリ銀です