日蓮正宗のススメ

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず

「令和」最初の一般参賀に思う。

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本日行われた皇居での一般参賀に14万人が集まったそうな。

現時点では、皇統断絶の危機を迎えつつある皇室。

主徳を喪失して、はや幾星霜。

大聖人様の御書を拝すれば、天皇が主徳を喪失したのは承久の乱である。

然れば則ち謗法は無量の五逆に過ぎたり、是を以て国家を祈らんに天下将に泰平なるべしや、諸法は現量に如かず承久の兵乱の時・関東には其の用意もなし国主として調伏を企て四十一人の貴僧に仰せて十五壇の秘法を行はる、其の中に守護経の法を紫宸殿にして御室始めて行わる七日に満ぜし日・京方負け畢んぬ亡国の現証に非ずや、是は僅に今生の小事なり権教・邪法に依つて悪道に堕ちん事浅猨かるべし。(真言見聞)

今現証あるべし日本国と蒙古との合戦に一切の真言師の調伏を行ひ候へば日本かちて候ならば真言はいみじかりけりとおもひ候なん、但し承久の合戦にそこばくの真言師のいのり候しが調伏せられ給し権の大夫殿はかたせ給い、後鳥羽院隠岐の国へ御子の天子は佐渡の嶋嶋へ調伏しやりまいらせ候いぬ、結句は野干のなきの身にをうなるやうに還著於本人の経文にすこしもたがはず叡山の三千人かまくらにせめられて一同にしたがいはてぬ(撰時抄)

去る承久の合戦に隠岐法皇の御前にして京の二位殿なんどと申せし何もしらぬ女房等の集りて王を勧め奉り戦を起して義時に責められ・あはて給いしが如し、今今御覧ぜよ法華経誹謗の科と云ひ日蓮をいやしみし罰と申し経と仏と僧との三宝誹謗の大科によつて現生には此の国に修羅道を移し後生には無間地獄へ行き給うべし、此れ又偏に弘法・慈覚・智証等の三大師の法華経誹謗の科と達磨・善導・律僧等の一乗誹謗の科と此れ等の人人を結構せさせ給う国主の科と、国を思ひ生処を忍びて兼て勘へ告げ示すを用いずして還つて怨をなす大科、先例を思へば呉王・夫差の伍子胥が諫を用いずして越王・勾践にほろぼされ、殷の紂王が比干が言をあなづりて周の武王に責められしが如し。(光日上人御返事)

又承久の合戦の御時は天台の座主・慈円仁和寺の御室・三井等の高僧等を相催して・日本国にわたれる所の大法秘法残りなく行われ給う、所謂承久三年辛巳四月十九日に十五壇の法を行わる、天台の座主は一字金輪法等・五月二日は仁和寺の御室・如法愛染明王法を紫宸殿にて行い給う、又六月八日御室・守護経法を行い給う、已上四十一人の高僧・十五壇の大法・此の法を行う事は日本に第二度なり、権の大夫殿は此の事を知り給う事なければ御調伏も行い給はず、又いかに行い給うとも彼の法法・彼の人人にはすぐべからず、仏法の御力と申し王法の威力と申し・彼は国主なり・三界の諸王守護し給う、此れは日本国の民なり・わづかに小鬼ぞまほりけん代代の所従・重重の家人なり、譬へば王威を用いて民をせめば鷹の雉をとり・貓のねずみを食い・蛇のかへるをのみ・師子王の兎を殺すにてこそ有るべけれ、なにしにか・かろがろしく天神・地祇には申すべき、仏・菩薩をばをどろかし奉るべき、師子王が兎をとらむには精進すべきか、たかがきじを食んにはいのり有るべしや、いかにいのらずとも大王の身として民を失わんには大水の小火をけし・大風の小雲を巻くにてこそ有るべけれ、其の上大火に枯木を加うるがごとく・大河に大雨を下すがごとく・王法の力に大法を行い合せて頼朝と義時との本命と元神とをば梵王と帝釈等に抜き取らせ給う、譬へば古酒に酔る者のごとし・蛇の蝦の魂を奪うがごとし・頼朝と義時との御魂・御名・御姓をば・かきつけて諸尊・諸神等の御足の下にふませまいせていのりしかばいかにもこらうべしともみへざりしに・いかにとして一年・一月も延びずして・わづか二日一日にはほろび給いけるやらむ、仏法を流布の国主とならむ人人は能く能く御案ありて後生をも定め御いのりも有るべきか。(神国王御書) 

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承久の乱は、鎌倉時代の承久3年(1221年)に起きた。末法御本仏、日蓮大聖人様の御生誕前年である。

ということは、2年後が800年目ということ。

この国の王法は800年も、武士や民衆に収奪されたままであるということになる。

歴史の符合とは不思議なもので、乱の翌年に主師親の三徳兼備の仏がこの国にお生まれになっているので、皇室が失った主徳は日蓮大聖人様から血脈を通じて、歴代猊下様の御許に具わっていらっしゃることになる。

天皇陛下様が、日蓮正宗の信徒となられれば、皇室に再び日本国の大王としての徳が具わるのではないか・・・

それこそが本来の日本の国の姿ではないか・・・

そんな風に想像してみた日でありました。

神国王御書

 夫れ以れば日本国を亦水穂の国と云い亦野馬台又秋津島又扶桑等云云、六十六ケ国・二つの島・已上六十八ケ国・東西三千余里・南北は不定なり、此の国に五畿・七道あり・五畿と申すは山城・大和・河内・和泉・摂津等なり、七道と申すは東海道十五箇国・東山道八箇国・北陸道七箇国・山陰道八ケ国・山陽道八ケ国・南海道六ケ国・西海道十一ケ国・亦鎮西と云い又太宰府と云云、已上此れは国なり、国主をたづぬれば神世十二代は天神七代地神五代なり、天神七代の第一は国常立尊乃至・第七は伊奘諾尊男なり、伊奘册尊妻なり、地神五代の第一は天照太神・伊勢太神宮日の神是なりいざなぎいざなみの御女なり、乃至第五は彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊・此の神は第四のひこほの御子なり・母は竜の女なり、已上地神五代・已上十二代は神世なり、人王は大体百代なるべきか・其の第一の王は神武天皇此れはひこなぎさの御子なり、乃至第十四は仲哀天皇八 幡御父なり・第十五は神功皇后八 幡御母なり・第十六は応神天皇にして仲哀と神功の御子今の八幡大菩薩なり、乃至第二十九代は宣化天皇なり、此の時までは月支漢土には仏法ありしかども日本国にはいまだわたらず。

日本 
神代十二代・・・天神・七代 
      ・・地神・五代 
人代百王 
第一神武天皇    之を略す 
第十四仲哀     八幡大神の父なり 
第十五神功皇后   八幡大菩薩の母なり 
第十六応神天皇   今の八幡大菩薩なり 略 
第三十欽明天皇   歴記に云く、欽明天皇の治天下十三年己申歳冬十月一日、百済聖明王より仏像経等始めて日本国に送る。
第三十一敏達天皇 ・・厩戸王子・〈四天王寺を造る〉 
第三十二用明・・・・・聖徳太子は用明の御子也 
            ・・〈上宮太子守屋を切り四十九院を立つ。南岳大師の後身なり。救世観音の垂迹なり〉。
第三十三崇峻 
第三十四推胡    女帝 
第三十五舒明 
第三十六皇極    女帝 
第三十七孝徳 
第三十八斉明    女帝 
第三十九天智 
第四十 天武 
第四十一持統 
第四十二文武 
第四十三元明 
第四十四元正 
       ・・倶舎宗 
       ・・律宗 
       ・・成実宗 
   ・・六宗・・法相宗 
   ・   ・・三論宗 
   ・   ・・華厳宗 
第四十五聖武    亦禅宗有り並に一切経有り 
   ・・・・聖武天皇東大寺の大仏を造る 
   ・・・欽明より聖武に至るまで二百四十余年なり。震旦国より鑑真和尚渡り律宗を亘す。次に天台宗の玄・文・止等を渡す。又東大寺の小乗戒壇を立つ。
第四十六孝謙   聖武の女 
第四十七淡路   廃帝 
第四十八称徳   孝謙又即位也 
第四十九光仁   桓武の父なり 
     ・・〈欽明より二百六十余年に及ぶ〉 
第五十 桓武・・・延暦三年に奈良の都より長岡の京に遷り。延暦十三年、長岡の京より平の京に遷る。延暦二十五年、御崩去。
      延暦四年、叡山を立つ〈伝教大師最澄なり〉。延暦二十年、叡山八講を始め南京の十人を請ず。
      延暦二十一年の正月十九日、高雄に於て南京の十四人と最澄と宗論あり。同二十九日、六宗の十四人謝表を桓武聖王に奉る。
      延暦二十三年、入宋。同二十四年、御帰朝。此の御時始めて伝教大師天台宗を立て、四十余年の文を以て六宗を破り、始めて法華の実義之を顕し、欽明より二百余年の邪義之を改む。
      又六宗の碩徳たる勤操・徳円・長耀等の十四人桓武皇帝に謝表を奉て邪見を翻す。
      弘法大師空海〉は延暦二十三年、御入宋。大同元年、御帰朝。伝教大師山階寺の行表僧正の御弟子。弘法大師は石淵の勤操僧正の御弟子なり。
第五十一平城 
第五十二嵯峨   弘仁十三年六月四日、伝教大師御入滅。同十一日〈慈覚大師〉戒壇を立つ。
第五十三淳和 
衆 
秀句に云く「法華経を賛すと雖も還て法華の心を死す」文。
撰択集に云く〈法然造〉「捨閉閣抛」。
善導礼讃に云く「十即十生百即百生」。又云く「百の時に希に一二を得千の時に希に三五を得」。又云く「千中無一」。
道綽の安楽集に云く〈大集月蔵経を引く〉「我が末法の時の中の億億の衆生行を起し道に臨むも未だ一人の得る者有らず。当今末法は是五濁の悪世なり。唯浄土の一門のみ有て通入すべきの路なり」。
恵心の往生要集に云く「利智精進の人は未だ難しと為さず。予が如き頑魯の者豈敢てせんや」。
     ・・根本大師 
伝教大師・・・山家 
     ・・天台の後身なり 
守護章に「正像稍過ぎ已て末法太だ近きに有り。法華一乗の機今正に是れ其の時なり」。
又云く「一乗の家には都て用ひざれ〈小乗権大乗四十年なり〉。但し開し已て助道に用ひたるを除く」。

 (和漢王代記)

日本国の歴史と不可分だった皇室。

王法の存亡の危機を乗り越えるためには、天皇陛下の御帰依の時を待つしかないのかもしれません。私は主権在民という考えは、自界叛逆の難の現証であると受け止めています。

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天皇陛下は象徴なのか国主なのか