日蓮正宗のススメ

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日蓮正宗 法華講員の体験談 「アメリカ同時多発テロ被災地のニューヨークから」

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この日から世界はテロの時代に

衝撃的な同時多発テロから早くもひと月が経った。ニューヨーク・妙説寺の信徒の中には、世界貿易センタービルがあったマンハッタンに住んでいたり、勤務地であった方もいたが、幸いにも皆、無事であった。御本尊様の御加護をいただいたことへの感謝と、妙法世界広布へのさらなる決意のことばを寄せていただいたので御紹介する。
アメリ同時多発テロ被災地のニューヨークから

皆様の御心配に感謝 広布への決意固く
  妙説寺講頭 デ 二ス・ハガティー
 もし誰かから、「あなたは九月十一日にどこにいたいですか?」と質問されたら、そして私が今回の悲劇を知っていたならば、「お寺」と答えたでしょう。それは、寺院を御僧侶とともに守るのが、私たち法華講の責務だからです。
 妙説寺は、私の住むマンハッタン地区中心部から約一時間の所にあり、あの朝、もし私が、世界貿易センタービルで展開された事件を完全に掌握してからお寺へ向かおうとしていたら、それは不可能でした。なぜなら、事件後すぐに公共交通機関か停止されたからです。つまり、お寺へ到着するためには、世界貿易センタービルが全壊する前に家を出なければならず、実はこの日、私は家を出ていました。
 これには理由があります。数カ月前、某団体とおぼしき者たちが、彼らの運動の一環として、御住職や御家族に妨害を与えることを企てました。彼等は火事が無いにも関わらず、消防署に誤報の電話をし、消防士と数台の消防車を妙説寺まで駆け付けさせました。長坂御住職と私は、その出来事を警察署へ報告し、悪質な嫌がらせとして苦情を申請しました。しかし、捜査しても、その電話がどこからかけられたか、っきとめられませんでした。
 しばらくして、今度は警察署、環境保護局にニセの緊急通報がありました。テロ事件前日も類似の嫌がらせがもとで、救急車が妙説寺に駆け付けました。皆さんは、世界貿易センターびルで、たくさんの警察官・消防士・救助隊の人たちが、自分の命をもいとわぬ勇敢な必死の救助活動によって命を落としたことをご存じでしょう。この嫌がらせが、いかに反社会的で非良心的なものかが伺えると思います。
 そして問題の九月十一日、私は長坂御住職と共に、最近のありとあらゆる嫌がらせを地元警察に再度報告するため、お寺の近くの警察署で御住職とお会いすることになっていました。ですから私は、警察署でテロ事件を知ったのです。警察署は、暴動を警戒して直ちに閉鎖され、私は御住職とお寺ヘ急いで戻りました。この日は嫌がらせもなく、また、ニューヨーク法華講員とその家族の全員が無事であったという報告を受けました。
 今回の事件は、すべてのニューヨーク法華講員に対し、私たちの住んでいる都市、国、乃至世界に向け、広宣流布の大願成就へのさらなる強い決意を与えたものと思います。
 私たちは今年の十二月一日に行われる宗旨建立七百五十年記念総会に向け、八月二十三日から、一日三千遍・百日唱題行を開始してまいりました。今後さらに僧俗和合して取り組んでいきます。そして来年、本門戒壇の大御本尊様おわします総本山にて、御法主日顕上人猊下とともに、日蓮正宗宗史上大変意義深い宗旨建立七百五十年を慶祝させていただくため、私たちニューヨークの法華講員が参詣登山をさせていただく時を心から楽しみにしております。
 最後に、このたび皆様には種々の御配慮、御心配をいただきまして、まことにありがとうございました。妙説寺講頭として、御礼を申し上げます。
妙法受持が最高の道  確信は一段と深く
  ジョン・デクレフ・ピ口ーネ
 九月十一日の朝、私は、その辺りに勤めるたくさんの人間の一人として、世界貿易センタービル1の北方二ブロックの所にある本社前の歩道にいました。そして数十分後、世界貿易センタービル2、ビル1は順に崩壊し歴史の物となりました。
 私は路上で同僚から、二機の航空機がビルに激突し、数人がビルの高い階より飛び出すのを目撃したと聞きました。
 数分後、私の勤める法律事務所の秘書が「所長の指示で弁護士は全員帰宅することになった」と告げに来ました。
 事故現場から数マイル離れた自宅アパートヘ近づいたとき、世界貿易センタービルが二つとも全壊したことを知って、私は、テレビをつけるため急いで階段を上がりました。駆け上がりながら、もし事故現場を離れずにいたら、予想だにしないその後の両ビル崩壊により巻き起こった破片と埃の竜巻きの中に飲み込まれていただろうことを思い、初めて守られたことに気づきました。
坂田御尊師の話

 しかし、もっと私を驚かせたことがあります。それは、最近、妙説寺に在勤された坂田道紹御尊師と、九月十一日の火曜日に世界貿易センタービルの展望台からニューヨークの景色を楽しむ約束をしていたことを思い出したのです。約束は、二週間ほど前にしていましたが、あいにく、その週は非常に忙しく、予定を変更せざるをえませんでした。まだあります。

 その坂田御尊師ですが、お独りで世界貿易センタービル展望台へ行き、デジタルカメラで風景を撮るため、朝七時からの出張所での勤行後、すぐに出発するはずでした。
 しかし、前日に突然気分が優れなくなり、さらに事件当日の勤行後より風邪のような症状があらわれたために、運命的にも、世界貿易センタービル行きをあきらめたのです。
 よく、御本尊様の御加護によって災難が免れた種々の体験を聞きます。このたびの体験で、正法を信心する者には考えの及ばない御加護があるととが断言できます。
 妙法の原因結果と自らの繋がりは、非常に明確でありますが、正法修行による御加護が、どのようなものであるか 、を理解するのは明白ではありません。ですから何よりもまず、不退の信心を基盤とした修行によるということを理解すべきなのです。
 十一年以上前、私が最終的に入信を決意したとき、どのようなことが起ころうとも、日々の信心修行に励み、人生の欠かすととのできないものとして自身を正法に委ねることを決断したのでした。
 十一年後の今、私は、あの時の決意を守ってこれたと言えます。そして、今回の体験より、今まで以上に、大聖人様の正法の素晴らしさに感謝の念でいっぱいであります。

娘と私の命  御本尊様に守っていただいて
    カリマ・ボラパ-
 私はカリマ・ボラパーと申します。一九八五年に入信し現在に至っています。
 九月十一日、何十億人という世界中の人々と同じように私の人生も変わってしまったと言えます。
 私は世界貿易センターから五ブロックしか離れていないマンションの十八階に住んでいて、言葉では言い尽くせない体験をしました事件の前の晩は一晩中眠れず、朝も不安な出来事が起こるかのような気持ちで起床しました。主人が仕事に出かけた後、私は無性に感情的になり泣きたくなりましたが、寝不足が原因でこうなっているのだと思い、朝の勤行をしました。終わったのが八時頃でいつもとの時聞になると、ニ人の娘が起きてきて、私は朝御飯を作ってあげます。
 その日は、ロックフェラー公園に行ってブランコ・砂場や水遊びをする予定でした。この公園は、世界貿易センターから二ブロック後方にあり、公園に行くには世界貿易センタービル南方のビルのロビーを通りエレベーターに乗って最下階まで降りていかねばなりません。
 しかし、この日に限って予定が遅れて、八時四十五分になっていました。突然大きな音が聞こえ、マンションが揺れました。
 私はすぐに娘のサブリーナの部屋に行って娘を両手ではさみ、「お母さんから離れてはだめよ」と言い聞かせました。
 しばらくして、救急車・消防車等のたくさんの緊急車両がサイレンを鳴らしながらすぐ下の道を通り、世界貿易センタービルへと向かっていました。
 私はすぐに仏壇の前へ行って、何が起こったのかわからないまま泣きながら御題目を唱えました。しばらくして、再び大きな音が聞こえ、マンションが揺れました。私は混乱し、怖くなりました。そこへ電話が鳴りました。法華講の友人であるブ口ンデル・クーパーさんからで、彼女は「すぐにテレビをつけなさい」と言いました。言われるままテレビをつけてみると、画面には炎に包まれた世界貿易センタービルが映っていました。
 次に玄関のベルが鳴りました。近所の方で、彼女は何も言わず、私の手を取りベランダの方に連れて行きました。世界貿易センタービルが燃えていました。それは、もうひどいものでした。紙が宙に散乱し、人々がビルから飛び下り、黒い煙りが空をおおい、見ているすべてが信じられない光景でした。
 午前十時頃、私たちは、最初のビルが崩れていくのを見ました。その後、間もなく二つ目のビルも崩れ去りました。瓦礫が散乱し、煙りと灰などがそこら中に舞い上がりました。人々は四方八方に逃げ始め、私は娘と一緒にマンションに戻り御題目を唱え始めました。おそらく五時間ぐらいでしょうか、休まず唱えたのではと思います。私は二歳になる娘を瓦礫が散乱し、煙りや灰などが立ち込める外には出したくないという気持ちでした。
 このとき、マンハッタン南部地区は完全に閉ざされてしまい、主人とは電話で話しましたが主人は家に帰る手段がありませんでした。また、この日の午後五時頃、マンションの水道・電気・電話はもちろんの事、エレベーターも機能が停止しました。
 ようやく主人が帰宅できて、私たちはニュージャージー州に避難しました。翌週から私は不眠症で悩み、毎日泣いては唱題しながら、なぜこのようなことが起こったのか理解しようとしました。私はなぜこんなひどい事ができるか判りませんでした。
 しかしだんだんに、これらの出来事すべてに原因結果があるのだということが判ってきました。そしてまた、私と娘は御本尊様にお守りいただいたのだということも判り、感謝の気持ちでいっぱいになりました。もし朝早く出かけていたら、おそらく時間的に言えば、あの破壊されたビルの中枢に、大勢の死者と共にいたことでしょう。娘と一緒に今日こうして生きていられるのも、すべて御本尊様のおかげであると深く感謝しています。
 これから一層の決意で、この仏法を、できる限り多くの人々に弘めていきたいと思っています。
大白法H13.10.16号より転載

 

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