法華経32
天台の難信難解に二有り、一には教門の難信難解、二には観門の難信難解なり。其の教門の難信難解とは、一仏の所説に於て爾前の諸経には、二乗・闡提は未来に永く成仏せず、教主釈尊は始めて正覚を成じ、法華経迹本二門に来至して彼の二説を壊る。一仏二言水火なり、誰人か之を信ぜん。此は教門の難信難解なり。(観心本尊抄645㌻)
二乗(にじょう)とは、 声聞乗(しょうもんじょう、Śrāvakayāna)と縁覚乗(えんがくじょう、Pratyekayāna)の二つ。
一闡提(Skt:Icchantika、イッチャンティカの音写、いちせんだい、いっせんだい、略して闡提=せんだいと呼称する)。 一闡底迦、一闡底柯とも書く。 信不具足、つまり仏法を信じず誹謗する者をいう。