日蓮正宗のススメ

凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。

広宣流布に総別の二義あり:王仏冥合私論

剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし。ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給ふべし。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩、虚空にして二仏うなづき合ひ、定めさせ給ひしは別の事には非ず。唯ひとへに末法の令法久住の故なり。既に多宝仏は半座を分かちて釈迦如来に奉り給ひし時、妙法蓮華経の旛をさし顕はし、釈迦・多宝の二仏大将としてさだめ給ひし事あにいつはりなるべきや。併ら我等衆生を仏になさんとの御談合なり。 

日蓮は其の座には住し候はねども、経文を見候に少しもくもりなし。又其の座にもやありけん、凡夫なれば過去をしらず、現在は見へて法華経の行者なり、又未来は決定として当詣道場なるべし。過去をも是を以て推するに虚空会にもやありつらん、三世各別あるべからず。此くの如く思ひつヾけて候へば流人なれども喜悦はかりなし。うれしきにもなみだ、つらきにもなみだなり。涙は善悪に通ずるものなり。彼の千人の阿羅漢、仏の事を思ひいでて涙をながし、ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者はなきながら如是我聞と答へ給ふ。余の九百九十九人はなく涙を硯の水として、又如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり。日蓮もかくの如し。かヽる身となるも妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり。釈迦仏・多宝仏、未来日本国の一切衆生のためにとヾめをき給ふ処の妙法蓮華経なりと、かくの如く我も聞きし故ぞかし。現在の大難を思ひつヾくるにもなみだ、未来の成仏を思ひて喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、日蓮はなかねどもなみだひまなし。此のなみだ世間の事には非ず、但偏に法華経の故なり。若ししからば甘露の涙とも云ひつべし。涅槃経には父母・兄弟・妻子・眷属にわかれて流すところのなみだは四大海の水よりもをヽしといへども、仏法のためには一滴をもこぼさずと見えたり。法華経の行者となる事は過去の宿習なり、同じ草木なれども仏とつくらるヽは宿縁なるべし、仏なりとも権仏となるは又宿業なるべし。『諸法実相抄』667㌻

日蓮大聖人様は国民国家出現の600年前に、日本という概念をお持ちでした。 

今、日蓮は賢人にもあらず、まして聖人はおもひもよらず。天下第一の僻人にて候が、但経文計りにはあひて候やうなれば、大難来たり候へば、父母のいきかへらせ給ひて候よりも、にくきものゝことにあふよりもうれしく候なり。愚者にて而も仏に聖人とおもはれまいらせて候はん事こそ、うれしき事にて候へ。智者たる上、二百五十戒かたくたもちて、万人には諸天の帝釈をうやまふよりもうやまはれて、釈迦仏、法華経に不思議なり提婆がごとしとおもはれまいらせなば、人目はよきやうなれども後生はおそろしおそろし。
さるにては、殿は法華経の行者ににさせ給へりとうけ給はれば、もってのほかに人のしたしきも、うときも、日蓮房を信じてはよもまどいなん、上の御気色もあしくなりなんと、かたうどなるやうにて御けうくむ候なれば、賢人までも人のたばかりはをそろしき事なれば、一定法華経すて給ひなん。なかなか色みへてありせばよかりなん。大魔のつきたる者どもは、一人をけうくんしをとしつれば、それをひっかけにして多くの人をせめをとすなり。日蓮が弟子にせう房と申し、のと房といゐ、なごえの尼なんど申せし物どもは、よくふかく、心をくびゃうに、愚痴にして而も智者となのりしやつばらなりしかば、事のをこりし時、たよりをえておほくの人をおとせしなり。殿もせめをとされさせ給ふならば、するがにせうせう信ずるやうなる者も、又、信ぜんとおもふらん人々も、皆法華経をすつべし。さればこの甲斐国にも少々信ぜんと申す人々候へども、おぼろげならでは入れまいらせ候はぬにて候。なかなかしき人の信ずるやうにてなめりて候へば、人の信心をもやぶりて候なり。
たゞをかせ給へ。梵天・帝釈等の御計らひとして、日本国一時に信ずる事あるべし。爾の時我も本より信じたり我も本より信じたりと申す人こそ、をゝくをはせずらんめとおぼえ候(上野殿御返事1123㌻)

事相の事の本門戒壇建立に関する、唯一の御指南である三大秘法抄では、

末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり。戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して、王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。三国並びに一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等の来下して踏み給ふべき戒壇なり。此の戒法立ちて後、延暦寺戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山の座主始まって第三・第四の慈覚・智証、存外に本師伝教・義真に背きて、理同事勝の狂言を本として、我が山の戒法をあなづり、戯論と謗ぜし故に、思ひの外に延暦寺の戒、清浄無染の中道の妙戒なりしが、徒に土泥となりぬる事云ひても余りあり、歎きても何かはせん。彼の摩黎山の瓦礫となり、栴檀林の棘となるにも過ぎたるなるべし。夫一代聖教の邪正偏円を弁へたらん学者の人をして、今の延暦寺戒壇を踏ましむべきや。此の法門は理を案じて義をつまびらかにせよ。此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり。日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。(三大秘法稟承事1595㌻)

と、事相の変遷と法体建立の大事が示されています。

夫以れば日本国を亦水穂の国と云ひ、亦野馬台、又秋津島、又扶桑等云云。六十六国・二島、已上六十八箇国。東西三千余里、南北は不定なり。此の国に五畿七道あり。五畿と申すは山城・大和・河内・和泉・摂津等なり。七道と申すは東海道十五箇国・東山道八箇国・北陸道七箇国・山陰道八箇国・山陽道□□国・南海道六箇国、西海道十一箇国、亦鎮西と云ひ、又太宰府云云。已上此は国なり。
国主をたづぬれば神世十二代、天神七代地神五代なり。天神七代の第一は国常立尊、乃至第七は伊奘諾尊男なり、伊奘冊尊妻なり。地神五代の第一は天照大神伊勢大神日の神是なりいざなぎ・いざなみの御女なり。乃至第五は彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊此の神は第四のひこほの御子なり。母は竜女なり。 

已上地神五代。已上十二代は神世なり。人王は大体百代なるべきか。其の第一の王は神武天皇、此はひこなぎさの御子なり。乃至第十四は仲哀天皇八幡御父なり、第十五は神功皇后八幡御母なり、第十六は応神天皇、仲哀と神功の御子にして今の八幡大菩薩なり。乃至第二十九代は宣化天皇なり。此の時までは月氏漢土には仏法ありしかども、日本国にはいまだわたらず。(神国王御書1296㌻)

日本国の国主については、明確に天照大神八幡大菩薩の血脈を受け継ぐ天皇陛下であるとお示しです。

事相はその時になってみなければ、その詳細は明晰には判明いたしません。

しかし、御仏智におかれましては、唯我与我の日興上人様の御指南から拝察すべきであると思っています。

 伝教等の秘し給へる正義、生死一大事の秘法を書き顕はし奉る事は、且つは恐れ有り且つは憚り有り。広宣流布の日、公亭に於て応に之を披覧し奉るべし。会通を加ふる事は且つは広宣流布の為、且つは未代浅学の為なり。又天台・伝教の釈等も予が真実の本意に非ざれども、未来嬰児の弟子等、彼を本懐かと思ふべき者か。去る文永免許の日、爾前迹門の謗法を対治し、本門の正義を立てらるれば、不日に豊年ならむと申せしかば、聞く人毎に舌を振るひ耳を塞ぐ。其の時方人一人も無く、唯我日蓮と与我日興計りなり。
  問うて云はく、寿量品文底大事と云ふ秘法如何。答へて云はく、唯密の正法なり。秘すべし秘すべし。一代応仏のいきをひかえたる方は、理の上の法相なれば、一部共に理の一念三千、迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を、脱益の文の上と申すなり。文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり。権実は理今日の本迹の理なり、本迹は事久遠本迹の事なり。又権実は智に約し教に約す一代応仏の本迹。 本迹は久遠の本迹身に約し名字の身位に約す名字即の位。 又雖脱在現具騰本種と云へり。釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、末法今時の日蓮が名字即の身に移せり。「理は造作に非ざる故に天真と曰ふ。証智円明の故に独朗と云ふ」の行儀、本門立行の血脈之を注す。秘すべし秘すべし。
    又日文字の口伝、産湯の口決の二箇は両大師の玄旨にあつ。本尊七箇の口伝は、七面の決に之を表す。教化弘経の七箇の伝は弘通者の大要なり。又此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の稟承唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし。
  法華本門宗血脈相承事
   弘安五年太歳壬午十月十一日       日蓮花押  (1684㌻)  

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皇居は広宣流布の際には、大石寺の南西に遷移されるのです。

一、本門寺を建つべき在所の事。
   彼の天台・伝教は在生に之を用ひらるゝの間、直ちに寺塔を立てたまふ、所謂大唐の天台山、本朝の比叡山是なり。而るに此の本門寺に於ては、先師何れの国何れの所とも之を定め置かれず。

爰に日興云はく、凡そ勝地を撰んで伽藍を建立するは仏法の通例なり。然れば駿河富士山は是日本第一の名山なり、最も此の砌に於て本門寺を建立すべき由奏聞し畢んぬ。仍って広宣流布の時至り国王此の法門を用ひらるゝの時は、必ず富士山に立てらるべきなり。
 一、王城の事。
   右王城に於ては殊に勝地を撰ぶべきなり。就中仏法と王法と本源体一なり。居処随って相離るべからざるか。仍って南都の七大寺・北京の比叡山、先蹤之同じ後代改まらず。然れば駿河国富士山は広博の地なり。一には扶桑国なり、二には四神相応の勝地なり。尤も本門寺と王城と一所なるべき由、且つは往古の佳例なり、且つは日蓮大聖の本願を祈る所なり云云。(富士一跡門徒存知事1873㌻)

以上のことから拝察いたしますと、広宣流布とは一天四海本因妙広宣流布ですが、別しては日本国広宣流布であり、天皇陛下の法体受持からの臣民一同の帰依になるかと思われるのです。

そして何より血脈というお言葉の重みなのです。

天皇陛下万世一系の血統を2600年保持されている、世界で唯一の王法血脈を保持されている国體にてあらせられます。

本源体一の仏法と王法が事相に一体となる姿、すなわち日蓮正宗に帰依された天皇陛下(または譲位された上皇様)が、太上法皇法皇)として御法主上人猊下様の血脈を受け継がれ、玉體となられることが本当の王仏冥合ではないかと想像しているのです。

天皇陛下は紫宸殿にて国事行為を行いながら、神道式の祭祀を日蓮正宗の化儀に則った法要に移行されるでしょう。天皇陛下のお役目は政治の執行ではありません。紫宸殿に奉掲されるという伝承のある、御本尊様も存在します。現在では紫宸殿御本尊とはお呼びいたしませんが。また、客殿には今も勅使門が開かずの門として設置されています。

帝王は国家を基として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。而るに他方の賊来たりて其の国を侵逼し、自界叛逆して其の地を掠領せば、豈驚かざらんや豈騒がざらんや。国を失ひ家を滅せば何れの所にか世を遁れん。汝須く一身の安堵を思はゞ先ず四表の静謐を祈るべきものか。就中人の世に在るや各後生を恐る。是を以て或は邪教を信じ、或は謗法を貴ぶ。各是非に迷ふことを悪むと雖も而も猶仏法に帰することを哀しむ。何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を崇めんや。若し執心飜らず、亦曲意猶存せば、早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん。(立正安国論249㌻)

天皇陛下とは四表の静謐を祈るべき存在なのです。

国立戒壇でも勅命戒壇でもありません。本門事の戒壇であります。

日蓮正宗総本山の本堂にて公開される、本門寺本堂の戒壇の大御本尊様に向かって、国王が祈るのです。政治体制がどうあろうと、日本の国主は現時点では天皇陛下であるのです。政治主権在民とは別けて考えなくてはいけません。

四十九院申状

且去る文応年中・師匠日蓮聖人・仏法の廃れたるを見・未来の災を鑒み諸経の文を勘え一巻の書を造る立正安国論と号す、異国の来難果して以て符合し畢んぬ未萠を知るを聖と謂つ可きか、大覚世尊・霊山・虚空・二処・三会・二門・八年の間・三重の秘法を説き窮むと雖も仏滅後二千二百二十余年の間・月氏の迦葉・阿難・竜樹・天親等の大論師・漢土の天台・妙楽・日本の伝教大師等・内には之を知ると雖も外に之を伝えず第三の秘法今に残す所なり、是偏に末法闘諍の始・他国来難の刻・一閻浮提の中の大合戦起らんの時・国主此の法を用いて兵乱に勝つ可きの秘術なり、経文赫赫たり所説明明たり、彼れと云い此れと云い国の為・世の為・尤も尋ね聞し食さるべき者なり、仍て款状を勒して各言上件の如し。 承 賢
 賢 秀
 弘安元年三月 日 日 持
 日 興

一閻浮提の中の大合戦起らんの時が近づきつつあるように思う昨今。

外交も内政もともに混乱と迷走が続いております。

三大秘法の「時」と「国」を知る 【依義判文抄】二二

 


 第三に時を知る
とは、今末法に入り一切の仏法悉く皆めつじんす。故に大集経に「ごの五百歳白法びゃくほう隠没おんもつと云うなり。正にの時に当たりて三大秘法広宣流布す、故に薬王品に「ごの五百歳広宣流布」と説くなり、宗祖云わくごの五百歳に一切の仏法滅する時、上行菩薩妙法蓮華経の五字を持たしめ、謗法一闡提いっせんだいやから癩病びゃくらいびょうの良薬と為す」云云。つぶさには撰時抄の如し。此くの如く知るを則ちこれ時を知ると謂うなり。

第四に国を知るとは、通じて之を論ずれば法華有縁うえんの国なり、別して之を論ずれば本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。
 日本の名に
しばらく三意有り。
 一には
しょの法を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日は是れのう本は是れしょ法譬倶ほっぴともに挙げて日本と名づくるなり。経(薬王品)に云わく「又にっ天子てんしもろもろの闇を除くが如し」云云。

宗祖云わく日蓮云わく、日は本門にたとうるなり」云云。日は文底独一本門に譬うるなり、四条抄に「名の目出度めでたきは日本第一」と云う是れなり云云。

二にのうの人を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日蓮の本国の故なり。

故に顕仏未来記に云わく「天竺てんじく・漢土に亦法華経の行者之有るか如何。答えて云わく、四天下てんげの中に全く二の日無し、四海の内あに両主有らんや」云云。故に知んぬ、此の国は日蓮の本国なり云云。

三には本門流布るふの根本を表して日本と名づくるなり。謂わく、日はすなわち文底独一の本門三大秘法なり、本は即ち此の秘法広宣流布の根本なり、故に日本と云うなり。まさに知るべし、月は西より東に向う、日は東より西に入る、之を思い合わすべし。しかれば則ち日本国は本因妙の教主日蓮大聖の本国にして本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。

問う、しからば蓮祖出世の後、まさに日本と名づくべし、何ぞ開闢かいびゃく已来いらい日本国と名づくるや。

答う、是れれいずい感通かんつう嘉名かめい早く立つる故なり、例せば不害国の名の如し。記の一末に云わく「摩訶提まかだ此に不害と云う。こうしょより已来いらい刑殺無き故なり、阿闍世に至りて指をるを刑とす、後自ら指を痛し、また此の刑をむ。仏まさに其の地に生まるべき故に吉兆きっちょうあらかじあらわる、所以ゆえに先ず不害国の名を置く」等云云。
 今
また是くの如し。蓮祖当に此の国に生まれ独一本門の妙法を弘通ぐつうすべき故に吉兆預め彰わる。所以に先より日本国の名を置くなり彼此ひし異なりと雖も其のおもむき是れ同じきなり、あに之を信ぜざるべけんや。此くの如く知るをすなわこれ国を知るとうなり。

日本の近隣国は全て反日国家であります。

中国・北朝鮮・韓国・ロシアは、互いに利害得失の競合関係にあるでしょうが、不思議にも反日では一致団結しております。

私は、日本の広宣流布から目をそらして、世界全体の広宣流布を論じることは、牽強付会ではないかと思っています。

そして、自界叛逆の亜種、下剋上の政治理論である民主主義をもとに、国民に広まった宗教が国王たる天皇の宗教になるという考えにも、同意しかねるのです。

天皇陛下日蓮正宗の信仰に帰依し、本来の威徳に復せば大きな変化が社会に起きるのではないでしょうか。

論語にも、

 

顔淵第十二

【書き下し】
季康子政を孔子に問いて曰く、如し無道を殺して、以て有道を就さば、如何、と。孔子対えて曰く、子政を為すに、焉んぞ殺を用いん。子善を欲すれば、民善なり。君子の徳は風なり。小人の徳は草なり。草之に風を上うれば、必ず偃す、と。

【現代語訳】
季康殿が政治について孔先生にこう質問した。「もし〔見せしめのためも含めて〕無道な連中はみな殺しに〔するなど、きれいに始末〕してしまって、世の中の正しい規律を完成するというのは、どうだろうか」と。孔先生はお答え申し上げた。「貴台は、為政者でありますならば、〔たとい無道な連中とはいえ〕どうして殺すなどいたしますのか。貴台が良き生きかたをと願われますならば、人々もそうなりまする。為政者の品位(身分)は風のようなもの、民衆の品位(身分)は草のようなものです。草に風が吹きますれば、〔靡いて〕倒れます」と。

子張第十九

【書き下し】

子貢が曰わく、君子の過(あやま)ちや、日月の蝕(しょく)するが如し。過つや人皆なこれを見る、更(あらた)むるや人皆なこれを仰ぐ。

【現代語訳】

子貢が言った、「君子のあやまちというものは日食や月食のようなものだ。あやまちをするとはっきりしているので誰もが皆それを見るし、改めると誰もが皆それを仰ぐ。

とあります。

日本国は又弘法・慈覚・智証、此の謗法を習ひ伝へて自身も知ろしめさず、人は又をもいもよらず。且くは法華宗の人々諍論有りしかども、終には天台宗やうやく衰へて五十五代の座主明雲、人王八十一代の安徳天皇より已来は叡山一向に真言宗となりぬ。第六十一代の座主顕真権僧正天台座主の名を得て真言宗に遷るのみならず、然る後法華真言をすてゝ一向謗法の法然が弟子となりぬ。承久調伏の上衆、慈円僧正は第六十二代并びに五・九・七十一代の四代の座主、隠岐法皇御師なり。此等の人々は善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵・慈覚・智証等の真言をば器はかわれども一の智水なり。其の上天台宗の座主の名を盗みて法華経の御領を知行して三千の頭となり、一国の法の師と仰がれて、大日経を本として七重くだれる真言を用ひて八重勝れりとをもへるは、天を地とをもい、民を王とあやまち、石を珠とあやまつのみならず、珠を石という人なり。教主釈尊・多宝仏・十方の諸仏の御怨敵たるのみならず、一切衆生の眼目を奪ひ取り、三善道の門を閉ぢ、三悪道の道を開く。梵・釈・日月・四天等の諸天善神いかでか此の人を罰せさせ給はざらむ。いかでか此の人を仰ぐ檀那をば守護し給ふべき。天照太神の内待所も八幡大菩薩の百王守護の御ちかいも、いかでか叶はせ給ふべき。
  余此の由を且つ知りしより已来、一分の慈悲に催されて粗随分の弟子にあらあら申せし程に、次第に増長して国主まで聞こえぬ。国主は理を親とし非を敵とすべき人にてをはすべきが、いかんがしたりけん、諸人の讒言ををさめて一人の余をすて給ふ。彼の天台大師は南北の諸人あだみしかども、陳隋二代の帝、重んじ給ひしかば諸人の怨もうすかりき。此の伝教大師南都七大寺讒言せしかども、桓武・平城・嵯峨の三皇用ひ給ひしかば、怨敵もをかしがたし。今日蓮は日本国十七万一千三十七所の諸僧等のあだするのみならず、国主用ひ給はざれば、万民あだをなす事父母の敵にも超え、宿世のかたきにもすぐれたり。結句は二度の遠流、一度の頭に及ぶ。彼の大荘厳仏の末法の四比丘并びに六百八十万億那由他の諸人が普事比丘一人をあだみしにも超え、師子音王仏の末の勝意比丘・無量の弟子等が喜根比丘をせめしにも勝れり。覚徳比丘がせめられし、不軽菩薩が杖木をかをほりしも、限りあれば此にはよもすぎじとぞをぼへ候。(神国王御書1305㌻)

天皇陛下や皇室の権威は薄れたと言えども、いまだ皇統の余命潰えずにかろうじて継承されております。

どうか天皇陛下の帰依が一日も早く実現され、この国が安穏となりますように。