日蓮正宗のススメ

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嘘と自信に満ちている

 

道徳感情はなぜ人を誤らせるのか ~冤罪、虐殺、正しい心

道徳感情はなぜ人を誤らせるのか ~冤罪、虐殺、正しい心

 

サイコパスは平気で嘘をつきます。なんのためらいもないので、人々は簡単に騙されます。サイコパスの専門家さえ何度でも騙されるのです。

普通の人が嘘を云う場合、バレたらどうしようという心理的圧迫にさらされますから、どうしても表情や態度におかしなところが出てきます。サイコパスは恐怖心がないので、バレたら困るなんて微塵も考えませんから、まったくの平常心で嘘が云えるのです。

科学的な細かい話をしますと、危険を察知したときに扁桃体はアドレナリンなどのストレスホルモンを分泌させる指令を発し、血圧や心拍数を上げて筋肉を活性化させ敵と闘ったり逃げたりしやすくします。

また、顔面神経にも信号を送って恐怖の表情を作ります。そのために、心理的圧迫を受けると顔や全身の筋肉の動きに変化が生じるわけです。一方、サイコパス扁桃体が正常に働かないので身体の変化が起きません。

彼らは恐怖心がないためリスクに対する感覚が極めて鈍いので、すぐにバレるようなことも気にせずどんどんしゃべります。だから、その場は騙せても、あとからおかしいなと気づかれて大体は失敗することになります。

しかし、とにかくサイコパスは恐怖心がないので不安を一切感じず、言葉も態度も自信に満ちあふれています。

普通の人は嘘を云うときだけではなく、大切な場面や大勢の人の前でしゃべったりするときは失敗したらどうしようと思って、多少はおどおどしたぎこちない態度になってしまいますが、サイコパスはつねに堂々としています。

その姿がカリスマ性を醸し出し、人々は簡単に惹きつけられてしまうのです。

ですから、云ってることに少々おかしなところがあっても、一度心を奪われた人は自分のほうが間違っているのではないかと勝手に考えて、騙されていることになかなか気づきません。ほんとうの破滅に巻き込まれてから、ようやく我に返るということになってしまうわけです。

「退屈」が暴走を引き起こす
ところで、人間は数百万年間の狩猟採集時代の性質が身に染みついていて、たかだか1万年も経っていない農耕や文明社会にはまだ適応できていません。

狩猟採集では危険を避けているだけなら獲物を捕ることができず飢え死にするんですから、恐怖を感じるぎりぎりのところまでは危険を冒すことが生存のための必須条件でした。これはよほど強力な本能で、いまだに人間の精神に根深く残っています。

そのため、現代人も恐怖が足りないと退屈し、わざわざホラー映画を観たり絶叫マシンに乗ったりするのです。報酬を得るため嫌々恐怖に耐えるのではなく、こっちから金を払って無意味に適度な恐怖を体験して喜んでいるようなわけなのです。

正常な人でもこんな具合なのに、サイコパスは元から恐怖心がありませんから、どんなときでも我慢できないほど退屈しています。

それで、自分のほうから危険に突っ込んでいくのです。サイコパスと云えども自分の利益にならないことはしないだろうなんて、常識的な考えで行動を予測していると大変なことになります。

ブレーキが壊れた状態でアクセルを踏む本能だけが暴走するサイコパスの、最大のアクセルは退屈なのです。これは極めて耐え難いもので、解消するためなら死をも恐れません。

サイコパスひとりで死んでくれるのならそれでいいのですが、ときに大勢の人々を巻き添えにすることになります。

こういうリスク感覚が根本的に欠落している人間は、早い段階で失敗を犯して大体は消え去るもんなんですが、千人や万人にひとりは確率的に偶然成功してしまい、政治家や経営者として力を持つようにもなります。

とくに親から莫大な財産や人脈を受け継いでいたりすると少々の失敗では致命傷にならず、また復活して時には国家の頂点に立ったりもするのです。

そういう輩が経済界や国家のトップに立ってもまだ退屈に堪え切れずにさらなる危険に突っ込んでいくと、社会全体を巻き込んで破滅させてしまうことにもなってしまいます。

 

道徳感情論 (講談社学術文庫)

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