日蓮正宗のススメ

万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉らば吹く風枝をならさず雨壤を砕かず

信心は「発心」が大切です

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発心とは一念発起のことです

 「発心」とは、菩提心を起すこと。また一般に、あることをしようと思い立つこと。発意。発起という意味があります。信心は自らの「発心」が無ければ実りませんし、当然成仏もできません。
 「発心」は信心以外にも、世の中のあらゆることに必要な心構えです。発心を忘れて、何かを成し遂げようという横着な人が世の中には見受けられます。発心が有るか無いかで人生も大きく変わってきます。心を発す「発心」は人間生きていく上で大事なことです。この「発心」も善悪を十分心得た上で、心を発さなければ人生を天国と地獄に分けます。善知識と悪知識を理解した上で発心し、気持ちをそのことに集中させることで大成します。
 『一代聖教大意』に、
 「五戒・八戒・乃至三聚浄戒(さんじゅじょうかい)の上に六度・四弘の菩提心を発(お)こすは菩薩なり。仏界の引業なり。蔵通二教には仏性の沙汰無し、但し菩薩の発心を仏性と云ふ」(御書95)
と御教示であります。自ら心を発すことで、仏様の命である仏性が御本尊様の力用により涌現されます。信心でいうところの「発心」は、心を発すことで同時に仏様の命が蘇ります。その信心に則った「発心」を生活のあらゆる場面で活用するところに、経文に説かれる「我此土安穏」があります。
 「我此土安穏」とは『御義口伝』に、
 「我此土安穏(がしどあんのん)とは国土世間なり。衆生所遊楽とは衆生世間なり。宝樹多華菓とは五陰世間(ごおんせけん)なり」(御書1770)
と御教示であります。発心し御本尊様を受持して御題目を唱えれば、住んでいる私達の国土世間が「安穏」になります。つまり仏様が安住する常寂光土に変わります。
 第二十六世日寛上人は「六巻抄」の『文底秘沈抄』に、
「夫れ本尊とは所縁の境なり、境能く智を発し、智亦行を導く。故に境若し正しからざる則んば智行も亦随って正しからず。妙楽大師の謂えること有り『仮使発心真実ならざる者も正境に縁ずれば功徳猶多し、若し正境に非ざれば縦い妄偽なけれども亦種と成らず』等云々。故に須く本尊を簡んで以て信行を励むべし。若し諸宗諸門の本尊は処々の文に散在せり、並びに是れ熟脱の本尊にして末法下種の本尊に非ず。」(六巻抄42)
と御本尊様について御指南されています。更に「発心」にも触れられ、「仮使発心真実ならざる者も正境に縁ずれば功徳猶多し」と中国の妙楽大師の言葉を引用され、はじめは発心が真実でなくても正境である御本尊様に縁すれば、功徳を頂いて発心が本物に変わり成仏していくと仰せです。
 日蓮正宗の御本尊様は、末法下種の御本尊様で、今の時代に相応しい御本尊様です。この御本尊様に縁し御題目を唱えることで、志したことがあらゆる障魔を乗り越えて成功していきます。何事に於いても「発心」という心を発すことが大事です。信心をし御本尊様を受持するところ「発心」が本物になります。 

信心は「発心」が大切です - 正林寺法華講員手引書

 

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