日蓮正宗のススメ

凡そ謗法とは謗仏謗僧なり。三宝一体なる故なり。

御僧侶との対話:仏性を啓く道理のない正義感は、修羅道に堕し身を亡ぼすというお話

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阿修羅像で有名な修羅とは何か?

阿修羅は、天界から人界の下に堕とされた衆生。境界は低いけど、能力は人間以上天界並み。

元々は正義の神だったとか。

堕天使ルシファーも正義の天使であったことと似ているのがおもしろい。

他者に正しさなるものを要求する姿勢は、時に過剰な制裁となり、自身を絶対とする自己中心的な生き方をもたらしてしまう。

儒教でも易経から始まった教典は、論語孟子荀子韓非子と変質し、最も実践的で効用を発揮した韓非子は、秦の始皇帝に中国全土統一の偉業を成就させた。始皇帝の功績は大きく、中国全土の文字・度量衡・軌道幅を統一したことで、その後の中国の在り方を根本から変革させてしまった。中国は東洋のヨーロッパなのだが、朝鮮・東南アジア諸国を除いた、ユーラシア東部にすむ人々に共通の民族的アイデンティティを植え付けている。日本人の多くが中国人同士、出身地域が異なれば会話が成立しないことを知らないのも、秦の始皇帝の為した業だと言えるだろう。

しかし、韓非子という法家思想は統治される側に幸福を齎さなかった。

苛烈な統治理念は、今も15億の民を縛り続けている。かの国は未だ近代国家と成りえていない。

私を慰撫教導してくださった日蓮正宗の御僧侶が教えてくださった、貴重なお話の中に、「仏性を啓く道理のない正義感は、修羅道に堕し身を亡ぼす」という教えがあった。

当時、顕正会から移籍して日の浅かった私は、顕正会の主張の是非を質問することが多かった。

血脈否定に走るまでの浅井昭衛の主張には、首肯せざるをえないものがあるとし、浅井昭衛の教学力も認めつつ、「しかし、戒壇の御本尊様から離れてしまっては、元も子もない」ということを話して下さった。

それは、異流儀全般に言えることで、他門日蓮宗も同じである。

入信初信の者を思えばいいと教えてくださった。

初信者は未だ教学の知識は乏しく、信も拙い。

下手をすると謗法も混じっている場合がある。

それでも、御授戒を受け、素直に教導に従っていれば、それなりの功徳も感じ葬儀によって成仏も遂げる。これが血脈相承・相伝・遣使還告 ( けんしげんごう )の功徳なのだと。

決して日蓮大聖人様の仏法は、料簡の狭い宗教ではない。

御書の消息文を拝読すれば、それは理解できるはずだ。

大聖人様は時々・各々の在家信徒を慰撫教導され、ゆるやかに導かれている。

でも、それには、あくまでも但し書きが付いているのである。

それは、当時の大聖人様が御認めになった御僧侶(死後は歴代上人)の教導を受けながら、今後の信心を修行していきなさいということ。

つまり、消息文だけを取り上げれば、釈迦仏造立を喜ばれている様に見えてしまうということなのだ(御書根本・大聖人直結の誤り)。

大聖人様の本意はそうでなくとも、後々、導いてあげられるとの思いがあるのである。

創価学会顕正会も正信会も、破門や除名にさえならなければ、来世は人として生まれ日蓮正宗の御本尊様に手を合わせることができたのに。。。

「数ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋り或時は平に或時は貪り現じ或時は癡現じ或時は諂曲なり、瞋るは地獄・貪るは餓鬼・癡は畜生・諂曲なるは修羅・喜ぶは天・平かなるは人なり他面の色法に於ては六道共に之れ有り四聖は冥伏して現われざれども委細に之を尋ねば之れ有る可し。」(如来滅後五五百歳始観心本尊抄

一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。(崇峻天皇御書)

人界の仏界は「平かなる」を本懐とする。

功徳を戴いて金持に成ったり、出世したりすることが本懐じゃないんだ。

平かなるとは禅定をいう。

禅定は大御本尊に御題目を唱え、心に静寂が訪れたときの心境をいう。そして、これが人界の住人の環境世界(境)が自分の心(智)に冥合した姿と拝する。いわゆる境智冥合である。

創価学会では、不可思議な生命力に溢れるとか言うが、そんなものは単なるトランス状態によるハイテンションにすぎない。独善の修羅の境に冥合しているのである。

世間でも似非人徳者・企業家に論語愛好者が多い。そういう者たちを指して「論語読みの論語知らず」という言葉がある。それは、いかに偽善者が多いかを表しているのである。

故に、真の人界を生きようと願う人々は、処世の術を身につけようと考えた。

それが、易経老子荘子の系譜である。

荘子は苛烈な古代中国の戦国時代に、仏教伝来以前の実存主義を唱えた人である。

その思想の深さは、「有」の辺・「空」の辺・「中」の辺を包摂している。

信心をしているのに、全く「幸せ」「安穏」を感じないという人は、荘子を読めばよいのではないだろうか。

功徳乞食・現世利益に固執する人に、本当の幸福感は得られないのだから。

まずは、「人」になろう。

 

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